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他人を肯定していたら、自己肯定感が上がった話。

  • 自己肯定感が低い

  • ついついネガティブになってしまう

  • 1度言われたことを引きずってしまう

こんな人は多いのではないでしょうか。

私自身、不登校や精神疾患を経験し、
なんやかんやあって社会復帰し、
かなり元気に生きています



不登校は中学の頃の話で、それをきっかけに学校をやめました。やめたというと語弊をうみそうですね。
中高一貫校だったのですが、付属高校には上がらずN高に入学しました。

(長くなるので不登校の理由は書きませんが、中学はとてもいい学校だったし、とてもいい友達に恵まれていました。当時の救いでした)


その後も病みがちなことは変わらず
多方面に迷惑をかけ、メンヘラ太鼓判を押されるような人間でした

そんな私ですが、最近は
明るい
前向き
・体力がある
など、言って貰えることが増えました

体力があることと前向きであることは少し違う気もしますが、どちらも「自分の扱い方を少しずつ覚えた結果」なのかもしれないな、と思っています。

もちろん完璧な人間では無いので、
今でも落ち込む時は落ち込むし、自信満々な人間ではないです。
でも、そんな私がこういうことをしたら元気になったよ、おちこんだときはこうしているよ、を少し書いてみようかとおもいます。


自分を褒めるってむずかしい


  • もっと自分を大切に

  • 自分を褒めよう

  • 自分を認めてあげよう


色んな場面で目にする言葉だと思います。
もちろんそれができるのが理想系だと思いつつ、私はなかなか自分を認めるのが苦手なタイプでした。
こういう言葉をよくかけられる人ほど苦手ですよね

「実際できてないから褒めるところないし…」
「自分を認めるってどうやるの?他人に認められなきゃ意味が無い」
と、周囲の言葉をなかなか聞き入れることができず、自分を認められないままでした


そのまま、大学生になりました
そしてひょんなことから母校のN高でインターンを始めることになります。
この経験が、様々な側面から私の自己肯定感を育むきっかけになりました。

N高のインターンは本当にすごくて、普通の大学生じゃ絶対に経験出来ないような裁量の大きいお仕事を沢山任せて貰えました。

もちろんその「裁量の大きいお仕事に取り組む」ということ自体が自己肯定感(どちらかというと自己効力感)につながっていたとも思うのですが、もうひとつ私が「これだ」と思うものがあります。

それが、「生徒や周囲のインターン生にフィードバックをすること」です。

フィードバックに求められる力


私が行っていたフィードバックは

  • 成果物に対するフィードバック

    • 企画書、広報用クリエイティブ、取引先とのメール文章、当日スライド、そのほか無限

  • 個人に対するフィードバック

    • スキル、マインドの変化をキャッチアップし、振り返りやネクストステップを思案


主にこのふたつに分けられます。

フィードバックというのは本当に難しく、
何が正解!というものがないので、フィードバックする人(≠評価者)の裁量次第でどんな方向にも転がっていってしまう、という責任の重い仕事でした。


フィードバックには様々なスキルが求められます

・観察力
・推察力
・論理的、批判的、水平思考+リフレーミング力
・言語化能力
・計画力
・プレゼン力
etc…



一見すると関係なさそうな能力もありますが、

・観察力(よく見て
・推察力(上長、生徒両方の状況を推察して)
・論理的、批判的、水平思考、リフレーミング力(様々な視点から物事を捉えて)
・言語化能力(適切な言葉に変換して)
・計画力(この言葉を言ったらこうなるだろう、というロードマップを引き)
・プレゼン力(相手に合わせてプレゼンする)

というロジックです。


このサイクルを回し続けた3年半でした。

常に人(生徒、インターン、社員、課長…)と関わり続け、どうしたら最適になるだろう。と、考えを巡らせ続けました。

大抵の場合、誰かにとっての最適は誰かにとっての不幸なので、そんなに上手くいくものではありませんでしたが。

なので、最適というか、おもろ!とか、びっくり!みたいな尺度も自分なりに大事にしていました。

ちょっと話が逸れましたね

良い面だけ、悪い面だけ、を見つけるのはフィードバックではない


フィードバックは、とにかく物事に対しての良いところと悪いところ(もっと伸びそうなところ、の方が近いですが、わかりやすく悪い、と表現します。)を発見しまくります。


大事なのは、当たり前ですが、いい面も悪い面も全部細かく言語化する努力をすることです。

いい面だけのフィードバックは、全肯定botと一緒です。BADが言えない人のGOODには説得力がない、みたいな話ですね。

もちろん、生徒と関わるうえであえてGOODだけを持ち出す瞬間もあります。ときとばです。

悪い面だけをフィードバックするのもNGです。良いところを見つけて継続することもとても大事だからです。たまたまうまくいったのか、根拠や習慣を持ってしてうまくいったのか、では質が全く違います。

そしてただGOODとBADをみつける、と言うよりも、GOODもBADも因数分解しまくり、「〜で、という理由だから、〜!」とこまかーく言語化してみるのが大事です。

言語化、因数分解をせずに
「すごい!天才!」
「これじゃダメ!」
とだけ伝えるのではなく、自分の中ではある程度言語化し尽くした状態で、プレゼンで何を伝えるか取捨選択します。

そう言われることで説明に納得感が生まれます。

人にかけた言葉は、自分にも当てはまるものである


発見▶︎言語化▶︎プレゼン、を何度も続けていると、自然と「フィードバックするぞ!」という意識を持たなくとも、物事のいい面と悪い面が見えてきて、言語化できるようになりました。

  • この人は、まだ言葉にするのが苦手だけど、考えていること自体はすごく面白いな〜

  • この人は、自信はないけど、その分作業がすごく丁寧だな。

  • この人は、すぐに文句を言うけど、それだけ本気で取り組んでるんだな


そうすると、少しずつ自分のことも、同じ目線で見られるようになっていきました。

私は落ち込みやすいし、
自分の発言も、誰かの発言も、何日、何年と引きずって後悔と傷心を繰り返すし、
考えなくていいところまで考えてしまうし、
全力でやりすぎて、終わった後に燃え尽きがちです。

でも、もし「生徒」からこれと同じ悩みを相談されたら、私はこう答えます。

「落ち込みやすいのは、それだけ物事を真剣に考えているから。
発言を引きずるのは、それだけ言葉を大事にするから。
考えすぎるのは、想像力があるから。
終わった後燃え尽きてしまうのは、責任感があるから。

だけど全てそのままでいいと言うわけではなくて、休み方を覚えたり、言葉や情報を意図的に遮断できる訓練をすることが大事なんじゃないかな?そのために、どうしたら良いと思う?」

この言葉を自分にかけると思うと(と言うかnoteで大公開すると思うと)かなり恥ずかしくはあるのですが、こういうことなのです。笑

人を丁寧に見ることで、自分を丁寧にみる練習になります。
誰かにかけた言葉が、まわりまわって自分にも返ってくることがある。


だから私は、「自分を褒められないなら、誰かを褒めるところからスタートしよう」と考えています。

おわりに:自分を褒められないなら、誰かを褒めるところから

自分を褒めるのが苦手な人がたくさんいることを知っています。私もそうです。
いきなり自分に向き合うのが難しいなら、まずは周りにいる誰かを、少しだけ丁寧に見てみる。
その人の良いところを探して、なぜ良いと思ったのかを考えて、言葉にしてみる。
そしていつか、矢印が自分に向くのを気長に待ってみても良いんじゃないでしょうか。


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