にこにこさえちゃん クソまじめ脱出計画日記(1) 自己紹介(運動音痴だった小学生まで編)
メンタル弱め(2021年にうつ病も経験)クソまじめだと自覚し、ふとした時に生きづらさも少し感じつつ、楽に幸せな自由人になれると心の底では
思って【結局努力そしてしまう💦】僕「にこにこさえちゃん」の成長日記です。
本日は自己紹介を書かせてもらいます。
誰を見ても笑顔だった幼少期
1975年12月11日に神奈川県川崎市の武蔵小杉の病院で誕生。
その後東京都大田区に3歳までいた後、東京都世田谷区へ引越し。
4歳〜22歳まで世田谷区で育ちました。
小さい時の写真を見ても、いつも笑顔でニコニコしてる写真ばかり。
母から聞いた話だと、誰の顔を見てもニコニコしていたそうで、
誘拐犯に迫られてもそのまま付いていくくらい無警戒のだったそうですw
当時の写真がこちら(我ながらかわいいな〜^^)

にこにこ笑顔なのび太くんだった幼稚園時代
世田谷の三軒茶屋にある幼稚園に編入して入園した時に
最初に仲良くなった友だちが同じ「ひでゆき」という名前でした。
(字は違った)
同じ名前だったけど、彼はジャイアンな性格。
僕は彼に言われたら何も断れないのび太みたいな性格。
嫌なことはされた記憶はないけど、他の子と遊びたいなと
思い約束すると「なんで俺と遊ばねえんだよ」と言われ
すぐに言いなりに(苦笑)
今振り返るとなぜ断れなかったのかが、理由はよくわからず・・・
この時もどんな時もにこにこ笑顔は健在だったそうです。
(ちょっと渋いところだと、幼稚園ながらにテレビっ子で
「お笑いスター誕生」が大好きな幼稚園生でしたw)
お笑いスター誕生とは?
クソまじめが出てきた?小学生時代
小学校に上がっても、そのニコニコっぷりは変わらず、運動会の
徒競走でもニコニコしながらマイペースで走っていたので、当然
順位はダントツのビリ。
当時の写真を見ても「合成か?!」というくらい1人だけ後ろに写ってます。
やがて小学3年生から、少年野球チームに入り、毎週日曜日は
野球の練習に参加。6年生までずっと続けるほど楽しかった時間です。
ニコニコさえちゃんは、6年生になっても変わらず、ストイックに
野球を上手くなろうというよりは、参加していることがとても
楽しいと思ってずっとやっていました(もちろんベンチ暖め要員でw)
でもどんなきっかけか忘れたのですが、ある日から家のまえで
素振りを1日100回をする日々になったのです。
それも誰かに言われた訳ではなく、3ヶ月以上毎日毎日。
そうするとニコニコ運動音痴のさえちゃんもさすがに成長し、
野球が上達するようになったんです。
4ヶ月くらいすると、ライトでスタメンで出場できるようになりました。
そんなある日に試合で「九番ライト」という期待のポジションと
打順でスタメン出場w
誰も期待していなかった中、そこそこ強いチームのピッチャーから
満塁ホームランを打ったんです!
この時誰も誰1人も僕が「ホームランを打つなんて」と思っていたので、
少年野球でな珍しいホームインの場面に大人も子供も全ての人が
出迎えにきてくれて、まるで優勝したかの歓迎を受けたのは
今でもはっきり覚えています。
ここできっと「努力・根性は必ず実る!」と思ったんだろうな・・・
今書いていて思いました(毎日の素振り自体も楽しめていたなら
また違った解釈だったのかなw)
努力はとても大切だし必要だと思うのは今も変わらずなのですが、
どんな気持ち(感情)で努力するかで、その後の未来の生き方も
変わってくるのかなって今は感じています。
成長日記だから、「今は」ってことを強調しておきますね。
誰かに何かを教えたいブログでなないので^^
次回は「にこにこが消えた中学生〜明るいふりができた高校生編」です^^
最後まで読んでいただきありがとうございます🍀
