「憧れの人」を追った自分は、日本一の男の凄さを知った。【King of wand】
次はどんな話を読んでもらおうかな、って、フラフラウフフしながら考えていた2024年後半でした。
いつも、飛び上がりたくなるような嬉しいコメントをくれて、その次の月曜日には秀悦な紹介文でぶっ飛ばしてくれる。この人のお話です。日本一「なんのはなしかわからない話を読んだ男」コニシ木の子
本田すのうさんの呼びかけで、「#なんのはなしですか」を電子書籍化するプロジェクトが動いています。
その素晴らしいのは、過去に何度投稿したとか、どれだけ「なんのはなしですか」とかかわりが深いかとか、一切関係なく、書籍用の作品を寄稿すれば参加させてくれる、間口の広さです。
私は、その目的とミッションに強く感銘を受けて参加表明をしたのですが、本当に私が表明していいものか迷いました。コニシさんと#なんのはなしですかにすっかりのめりこんでいるけど、知ったのは完全に流行ってからだからです。そこで、もっと現状を知るためにこの記事を全部読むことにしました。
クリエイターの数 177人
作品数 318本
Saeh調べ
実際やってみて、色々な感情に遭遇しました。こんなの31回もやったの?人間の成せる技じゃなくない?と思いました。ご周知の通り、彼は記事1本1本を丁寧に読み込んでコメントし、通信として記事を紹介し、キュレーションしています。1週間でです!!!!!!
書き手の方は、目次を優しく置いておきますので、路地裏伝統芸能今年最後の「読むフリして跳べ」で、気兼ねなくご自分のところへお進みください。読み手の方は、私の一週間。一番福から始まり、一番守で終わる純然たる「なんのはなしですか」を一緒にご堪能ください。
なんて書いてあるので、コニシ木の子を感じるために上から下まで舐めるように読んでみようと思いました。間違いでした。後悔しました。いままで読むふりして跳んできてごめんね。
たった一週間で、この全記事を読み、編集し、謝罪し、スタエフ出演までしたこの週、この人の一日は本当に24時間だったのか疑いました。私は半月かかったのですから。
100記事目くらいから半べそ気味でいました。
200記事目くらいで辛くなってきました。
250記事目くらい読んだときには「もうこの辺で。。。」とも思いました。
しかし、コニシさんのコメントまで追っていると、「全部読むと決めたんだから最後まで!」と奮起せざるを得なかったのです。だって、後半にかけて辛そうなのも文字から伝わって来たんだもん。それでも冷静に、そして愛をこめて読み込んでコメントを残しているコニシさんのやっていることを蔑ろにするようで。。。途中で辞めることはできなかった。
何が辛いって、全記事漏れなくおもしろいんです。
本当にくだらなかったら、早々にリタイアしたでしょう。しかしながら、#なんのはなしですか は、一人一人の人間模様を描く、紛れもない文学ジャンルだったのです!!!!!
それぞれのニュアンスの「なんのはなしかわからない話」は、まるで夜空に光る星屑の様。答えも正解も、おなじものも何一つとない素晴らしい作品たちでした。
「なんのはなしですか」という一つの言葉をジャンルとして流行させることが出来るなら、どこか「おかしな」人達が集まり、何か分からない思想や想いを読めるのではないかと考えました。この「なんのはなしですか」という言葉は、人の日常や日々思うこと、創作も含め、普段言えない、書けない悩み、そしてどのジャンルの作品にでも使え、喜怒哀楽を表現出来て、どこまで本当か嘘かもハッキリしなくてもいい「魔法の言葉」だ
もう一つ辛かったのは、面白かったという感想を書いたくせに何を読んだのかすっかり$${\tiny{忘れてしまったことです}}$$ 。たしか$${\huge{魔術}}$$の指南書があったような$${\tiny{なかったような}}$$

それくらいとてつもない数の記事を読んだのですが、とにかくこれはチャレンジでした。当たり前のように受けている恩恵は誰かが削った命の上に成り立っていると思い知らされます。「日本一」は一日にしてならず。私には到底できないと悟りました。
この通信には否定の文字がありません。踊るのは「素敵」の二文字。彼はいっぽん一本の作品を肯定的に受け止め、「素敵探し」をして紹介します。必ず素敵な作品として大切に紹介されるのです。
それでいて、そこでできた繋がりの「輪」からは一歩引いているのです。そうしていつからでもどんな作品も受け入れる体制を作っているのです。
「努めて冷静に」「なるべく私情を挟むな」「自分がのめり込むな」「強制するな」「全て受け入れろ」「タグ以外の人様の記事には触れるな」そして「書いてくれた人に対して徹底的になれ」
この週は、書籍化プロジェクトに関してちょっとざわざわすることがあり、事の真相と経緯を語ってくれたのでした。だいたいね、謝罪、謝罪って騒いだけど、実際は「懐を広げて見せた」だけなんですよね。それがたまたま女性に対してだったから、「女性好きが溢れてしまった」というオチをつけて冗談にしただけでした。
かっこいいな、と思いました。34の歳で言うのも恥ずかしいですけど、「こんな大人になりたい」って思いました。くだらないっていっているそれが救いになっている人のどれだけ多い事か!私が想像するよりずっとずっとみんな、「#なんのはなしですか」に救われていたんだと知りました。
自分達なりのエンターテイメント人生を全うすると彼は言います。懺悔します。このチャレンジを辛くしたのは自分の疑念「これやってなんの意味があるんだろう」って考えでした。しかし、自分のやることにすべて意味を持たす必要もない、と教えてくれたのがこのチャレンジです。一人一人の考える#なんのはなしですか をただ読みたかった。それ以上に何もなくてよかった。「意味のないチャレンジ」は結果的に、いろんな人の文章をたくさん読みたい私の長年の欲求を叶えてくれました。選り好みしていたら出会えない作品にたくさん出会いました。
#なんのはなしですか は確かに魔法の言葉でした。
そう、魔法にしてくれたのは、コニシ木の子の懐の深さです。
誰もがどんな些細なことでも、楽しく、自由に、表現出来るようにする。
そのためには、すべての表現を受け入れる。
こうしてコニシ木の子を追いかけた年末年始でした。
結論、通信記事を一回読了したくらいじゃ何もわかることはありませんでした。

ただ、彼の愛と信念と、苦労と、強さがすこーしだけわかったくらい。文字の向こうでどんな人生を歩んできたのか、歩んでいるのか、歩んでいくのか。そこまで知りたくなるほど好きにはなりました。また、#なんのはなしですか 書こう。また読んでもらいたいから。そうして彼のことを想う時間が増えた年末年始でした。
ということでいまから書籍用の#なんのはなしですかを書いていきます。間に合うかな。下ネタにする事だけは決まってるんだけど。

彼の#かなえたい夢 も応援したい。できる事ないかな、て探しています。もうすっかり#推し事。
なんのはなしです花 咲きますように。
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