90才まで生きられるとしたら、「死ぬまで30才の精神」と「死ぬまで30才の肉体」のどちらを選びますか?
"誰とでも親密な関係になれる36の質問"について考えてみるの回です。
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90才まで生きられるとしたら、「死ぬまで30才の精神」と「死ぬまで30才の肉体」のどちらを選びますか?
「死ぬまで30才の精神」で「肉体」は徐々に年を取る。
「死ぬまで30才の肉体」で「精神」は徐々に年を取る。
これ、自明ですよね?
「死ぬまで30才の肉体」でいられたほうがいいでしょ。
でも、ちょっと待って。
この質問、一度切り離して考えてみよう。
30才の肉体と90才の肉体、どっちが欲しいですかって言われたら、
30才の肉体って答えるよね。
30才の精神と90才の精神、どちらが欲しいですかって言われたら、
90才の精神って答える気がする。
90才の肉体に30才の精神が宿ってみて。
なんか危なくない?
ヒヤヒヤしちゃう!
この質問、90才の体に30才の精神って答える人いるのかな?
私が今したいことの1つはインラインスケートだけど、
正直、45才のうちに始めないと体が持たず長くは楽しめないかもしれない、と思ってしまう。
やっぱり体は40代くらいから徐々に衰えていって、
どんなに大切に扱っていても、だいたい100年ぐらいで体は寿命を迎えるよね。
目も見えにくくなってくるし、筋力も衰えてくる。
聴力も。記憶力も。
女性特有の体の変化もあるし。見た目だって随分変わってくる。
それによって、
何か新しいことにチャレンジしたり、
新しい場に出て行ったりするのが億劫になる、というのはあると思う。
世の中にはアンチエイジングっていう言葉だってある。
逆に精神の方は、
いろんな人の話を聞いたり、情報を得たりして、
常にエイジングをしているとも言える。
あれ?
いや、新しい情報を得て、精神を若く保っているの?
どっちとも取れてしまうな。
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ところで、"精神的な年齢が高いとできないこと"って何があるんだろう。
無茶するとか?無謀極まりない判断とか?
「そんな無茶して、もう若くないんだから」って言われてしまうようなこと?
でもこれって、肉体年齢が合っているから言われてしまうこと。
肉体年齢が30才だったら、そんな風に怒られる必要もないってことだよね。
「30才の精神」ってなんだろう。
まだまだ先があるっていう余裕かな。
「まあ、何とかなる。」と思えていた。
30才の時の自分のことを考えると、
世間知らずだった面はあるけれど、
その先のゴール地点が見えないから、ずんずん進むことができていたというような感じだろうか。
後ろを見返してもまだ若かった頃のことが身近に感じられるし、
先を見ても老いというのが彼方にある感じ。
でもそれも、体の不調がないからでしょ?
あ、なるほど。
これは私が45才になって体の不調が出始めてきたから、
そういうふうに考えるのが自明でしょと思っているのかな?
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そんな私は今、スマホの文字を打つのも億劫になってきてた。
今日は新しい音声文字入力アプリを試してみた。
うん、慣れない。慣れないからめんどい。でも楽しい。
体の老いを、若い精神でフォローしている。
私は自分の願望とは反対のことを一生懸命やって、日々を過ごしているんだな。
なるほど。
これは、老いつつある肉体を持ちつつ、30才の精神を持った私が、30才の肉体を切望している話なのだ。
そういえば ――
ディズニー『リトル・マーメイド』の、
海の中でアリエルが「海の外」を切望する場面を、ふと思い出した。
王子はまだ出てこない。
アリエルはただ「海の外」に恋をしている。
私はあの映画のあの曲を、英語の原曲で歌うのが好きだ。
私もそういうことなのだと思う。
45才の私が「30才の肉体」を切望しているのは、
ただ、まだ届かない場所に、届きたいと願っているだけ。
いままでは向こう側への憧れを、ひとりで歌い続けてきたが、今は違う。
動き出しているんですもの。
そんな私は「声」の代わりに、何を差し出せばいいのだろうか。
