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『銀色のトレジャーボックス』#5 生と死

 後2日で仕事納めという日、会社でできた友人達が、お別れ会のような飲み会(?)を開いてくれた。一年の間に、営業所が変わったりして久しぶりに会ったメンバーもいて、楽しいながら、この先の事を結構心配してくれる人もいた。
 私は、今抱えている楽しい仕事について話した。みんな、安心したようで、乾杯の音もはずんで聞こえた。
 誰かの「さぁカラオケでプロの歌を聞くぞ!」と言う一言で、居酒屋を後にする事になった。

 ひとしきり歌って盛り上がった後、騒がしい中で私は、はじめの頃、たくさん助けてもらった人と話し始めた。彼は、前に私と同じように緊急便をバイクで運んでいた。
「この前ね、始めて採血されてるところ見ちゃった。おばあさんだったんだけど、腕から採れなくってさ、寝間着の前を先生が開いてたけど、とても見てらんなかった。・・・なんか、それ見てるうちに、私がこの一年で運んだ血の持ち主の中には、もう亡くなっちゃっている人もいるかもしれないんだって思ったら、たまらなくなっちゃった。」
「俺なんかさ、検体受けとって運んでる途中に連絡が入って、その検体の検査中止してくれって言うんだよ。」
「それって・・・!?」
「うん、運んでる最中に亡くなっちゃったんだよね。キツかったなぁ・・・。」

 この一年間に、彼のような事はなかったが、本当に生死に関わる仕事だったんだ。私たちは、本当に当たり前のように生きている。しかし、いつ何時病気や事故で自分の血液が、緊急の検体として運ばれるか分からないのだ。毎日運んでいた、検体のバックは多くて十数本で、軽いものだった。でも別の意味では、本当に重いバックだったのだと、今更ながら思う。

 人は、この世に生まれてきて、必ず死を向かえる。まるで、死ぬために生まれてくるようなものだ。では、何故生まれてくる必要があるのだろう・・。学生の頃、哲学入門のような講義で、人間はその矛盾を埋めるために、宗教を作ったと聞いた。輪廻や天国・極楽の存在は、凡人が死を考える時に、矛盾解消の役に立つ。確かにそうかもしれない。
 私が死について意識したのは、幼稚園の頃だった。何しろ、その頃の私は同じ夢で目覚める事が多かった。それは、私がおばあさんで布団に寝ており、まさに死を向かえようとしているのだ。数人の人達に、見取られながら・・・。もしかして、幼稚園に通っている自分というのは、おばあさんの見ている夢なのではないかとさえ思った事もあった。また、その夢は、私が前に生きていた時の記憶で、生まれ変わるんだなぁと、ぼんやりと感じたりもした。輪廻などという言葉は知らなかったが、輪廻のような決まり事の存在を心に描いていたのは、記憶にある。

 死に関するいろいろな思想がある中、中国の思想は「現世、つまり生について分かっていないのに死について考えるのは、ばかげている」という所に始まっていると、聞いた事がある。
 その頃、精神的に不安定だった私は、これで行こうと決めた。親しかった叔父が、ガンで亡くなったり、親戚が自殺したり・・・そんな事が続いた頃の事だ。生きる事は、かなり苦しい事もあるけれど、生きていなければ味わえない感動もたくさんある事を、信じる事に決めたのだ。

 一年間、いろいろな事に悩んで、落ち込んで過ごした日々も、たくさんあった。でも、生きるために悩んでいた。もっと大好きな自分になるために、悩んで乗り越えようと、もがいたり、泣いたりしてきた。

 今、新しい場所を歩き始めた私。本当に、重たい一年をありがとう!!
たっくさんの、感謝を込めて。
 お世話になったスタッフの皆様、本当に感謝してます。
ありがとうございました!!

*これは、すんごく昔・・私が母子家庭で息子二人を育ててた頃の話です。

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