メデューサの下の席。ガレリア@mx014
海で遊んだ帰りだった。
まりが一軒の店の前で立ち止まった。
「ここだよ。」
店の名前は、ガレリア。
ビーチ沿いのメインストリートの端にある、イタリア人夫婦が営む画廊兼カフェレストランだった。
さすが画家が作った店だけあって、建物そのものがこの通りに置かれた一つの作品のようだった。
道から一段上がった場所にはオープンテラスがあり、いくつかのテーブルが並んでいる。
そこへ座ると、通りを行き交う人たちを少し高い位置から眺めることができた。
夜、この席に座って人の流れを眺めているだけでも楽しそうだった。
道側はジャバラ式に大きく開き、店の中と外の境目はほとんどない。
正面には大きな木の扉。
中へ入ると天井は高く、その上では大きなプロペラのような羽がゆっくりと回っていた。
店へ入って最初に目へ飛び込んできたのは、左側の壁いっぱいに描かれたメデューサだった。
赤と黒を基調に描かれた、畳六畳ほどもある巨大な作品。
平面の絵なのに、今にも壁から飛び出してきそうなほど立体的に見えた。
その表情からは、描き上げるまでの苦悩と、それを押し返すような力強さが伝わってくる。
私はしばらく、その場から動くことができなかった。
店の壁には、ほかにも何枚もの作品が飾られていた。
どれも、この店の主人が描いた作品だった。
店を切り盛りしていたのはイタリア人の奥さん。
旦那さんはほとんど接客をせず、店の奥、右側にあるアトリエで静かに絵を描いていた。
たまにイタリア人の友人が訪れると、小さなカップに入ったエスプレッソを飲みながら話をしている姿を見ることがあった。
日に焼けた人の多いプエルト・エスコンディードの中で、彼だけはあまり日に当たっていないような、どこかこの土地には馴染んでいない雰囲気を感じた。
その頃の私は、彼のことを何も知らなかった。
まりはメデューサの絵の下にある席へ座った。
私たちがガレリアへ来る時は、いつもその席だった。
「ここのカルボナーラ、おいしいよ。」
まりに勧められ、私もカルボナーラを注文した。
海へ行った帰りにガレリアへ寄り、メデューサの下で食事をする。
それが、いつの間にか私たちの日課になっていった。
三十年以上たった今でも、この店で見たメデューサの赤と黒は、私の脳に深く刻まれている。
考えてみれば、自分の中にあるものを作品として表現するということを意識し始めたのは、あの絵と出会った頃からだったのかもしれない。
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