#30 おかわり自由のおかず。ソウルの厄介で愛おしい「情」
おかず食べ放題の衝撃

韓国に行きはじめた頃、本当に驚いたことがある。
食堂にて、たとえばスンドゥブチゲを頼む・・・と、肝心のチゲとご飯が届く前に小皿がいくつも机いっぱいに並べられるのだ。キムチや海苔はいうに及ばず、カリカリの小魚を甘辛く煮たミョルチボックム、黒豆の煮物(コンジャバン)、ホウレンソウやもやし、そしてミナリ(芹)のナムル、練り物(オデン)炒め、ほくほくのジャガイモ煮、エゴマの葉の醤油漬け、卵焼き、切り干し大根の和え物、 などなど・・・色とりどりでおいしそうなおかずが大量に小皿でおかれ目を奪われる。
野菜たっぷりで、炒める、煮る、和える・・・と料理法も異なるし、何よりご飯との相性が抜群だ。
もやしのナムルをのせて1口、黒豆を間に挟み、オデン炒めでまた1口、そしてチゲの辛さにピリッとした後、卵焼きをほおばり、エゴマの醤油漬けをアツアツご飯にのせクルリと巻いて口に放り込む・・・嗚呼、書いているだけでもお腹が空いてきて、もはや止まらない無限のスパイラルである。
その時はこんなにおかずをタダでいっぱい出して「経営的には大丈夫なのだろうか?」と思ったが もっとすごいのはこのおかず群、おかわり自由なのである。
遠慮がちに、おかわりを頼むと お店のアジュンマ達が満面の笑みで持ってきてくれる。そして小皿が空くたびに「もっと食べる?」「これもおいしいから食べなさい」などまるでオカンのように世話を焼いてくれるのだ。
よって、食べ終えて席を立つ頃には もうお腹ははちきれるほどになりこの後のデザートやトッポギ、チキンなどのオヤツ計画は全く無駄になる。下手すれば夜ご飯もキャンセルしなくちゃ・・・というレベルの満腹度合である。でもアジュンマにお金を払って「とっても美味しかったです。ありがとう」と精一杯の韓国語でお礼を言うと「タシ オセヨ~」(また来てね)の挨拶と共にヌルンジキャンディ(おこげ飴)やミルク味のキャンディを持ちきれないくらい手に握らせてくれて お腹も心も この上ない幸福感に満たされて 店を出るのである。

バンチャンと言う愛おしい世界
このバンチャン、漢字で書くと「飯饌」という字で語源は「飯(パン)」を支える「饌(チャン)」というところからきている。つまりもともと主食であり主役である「ご飯」をおいしく大量に食べるために生まれたものなのだ。
三国時代から高麗時代にかけて、韓国は長い間 仏教が国教だったので殺生を
禁じる教えにより肉食が廃れ、代わりに発達したのが「野菜料理(ナムル)」。 「野に咲く草も、知恵を絞ればご馳走になる」という精神が、今の数えきれないほどのナムルのバリエーションを生みだした。
そして朝鮮時代になると、儒教の教えに基づき、食卓の形式(盤床:バンサン)が厳格に定義され「3帖、5帖、7帖、9帖、12帖」という区分ができ、この数字は「メインディッシュ以外のバンチャンの皿数」を指すものであった。
王様は最高位の12帖(十二楪)。この時代に、多種多様なおかずを並べるスタイルが「最高の贅沢」として完成された。
そしてその後、近代になっても白米は非常に高価な貴重品だったため、お腹を満たすためには、塩辛やキムチ、煮物といったおかずを頬張り、米(あるいは雑穀米)は少ない量で満足する必要があったのだ。
また朝鮮戦争後などの貧しい時代、韓国社会には「せめて自分たちの店に来た人には、お腹いっぱい食べてほしい」という、生存を支え合う「情」や「共助の精神」から「おかわり自由」という文化が、韓国独自のサービススタンダードとして定着した。
そして現代。
家庭におけるバンチャンはどのような存在なのだろうか?
韓国ドラマでよく見る光景は、お母さんが一人暮らしの娘の健康を心配して
山のようなタッパーに入ったバンチャンをもってきて冷蔵庫に置いていこうと合鍵で娘のマンションの部屋に入り、置いてある男物のシャツなど彼氏の
影を発見し、ひと騒動‥・的なパターンが多いがバンチャンと言えば、オモニ(お母さん)の手作り、そしてたくさんのタッパーに入れ冷蔵保存・・・というのが定番であった。
しかし、今は現代のソウルは、共働きが当たり前の超多忙社会。かつてのように10種類近くのおかずを家で作る時間はない。そこで爆発的に普及したのが「バンチャン・サブスク」や、「プレミアム・バンチャン専門店」である。かつてのバンチャンは「お母さん(オンマ)が数日かけて仕込むもの」だったが、現在のソウルでは「いかに賢く、質の高いバンチャンをアウトソーシング(外注)するか」が、働く女性たちの重要なスペックになっている。
中でもMarket Kurly (マーケットカーリー) / Coupang (クーパン)などというバンチャンサブスクはもはやインフラ的な存在となっており、夜11時までにポチれば、翌朝7時には玄関前に真空パックされたナムルやチゲが届くという素晴らしさ。
東遠(ドンウォン)グループが運営する最大手のThe Banchan& (ザ・バンチャン)は数千種類のメニューからAIが好みを分析して献立を提案してくれる。
「低塩分モード」「高タンパク・ダイエットモード」「1人暮らし用少量パック」など、ライフスタイルに合わせた精密なカスタマイズが可能で好評を博している。
また、新世界百貨店(シンセゲ)や現代(ヒョンデ)百貨店など人気デパートの地下食品街・デパチカは、今や「バンチャンの聖地」と言われ 「智異山(チリサン)の山菜」「名人が漬けた3年熟成のキムチ」など、ストーリー性のある高級品が展開されているが、小さなパック一つで10,000〜15,000ウォン(約1,100〜1,700円)することもあり、毎回買って帰るには少し敷居が高い。
よってアプリやデパートが台頭しても、街の惣菜店「バンチャン・カゲ」は依然として圧倒的な人気を誇っている。ドラマ「イルタスキャンダル」の主人公、ヘンソンが、経営していた惣菜店のようなお店である。 ガラス越しにアジュンマが大きなタライでナムルを和えている姿が見える安心感が素晴らしい。さらに「チンソル・バンチャン」や「チャンゴ(Jang-Go)」といった、清潔感のあるカフェのような内装の惣菜チェーンが最近では急増し、24時間営業の無人販売店(キオスク決済)も増えており、夕方になると、退勤途中のオフィスワーカーが、小さなプラスチック容器を
3〜4個選んで帰る姿がソウルの日常の光景としてしばしば目撃される。
手作りから宅配やショップでの購入へ、そして容器もオモニのタッパーから真空パックに変わった。けれど、そこには
『たとえ忙しくても、食事は きちんととる』
『お米とたくさんのおかずを並べて三食しっかり食べる』という
執念にも似た食へのこだわりが息づいている。
この執着の正体こそが、韓国人がしばしば放つあのセリフ『パプモゴッソ?』であり
そしてその背景にあるのが『情(ジョン)』の概念である。

無敵のセリフ「パプモゴッソ?」に流れる「情」の概念
「パプモゴッソ?」直訳すれば「ごはん食べた?」だが実に多様な意味を持つ言葉なのである。
「元気?」「大丈夫?元気にしてた?」「体をいたわってね」
「一緒にごはん行こう」
喧嘩のあとは「仲直りしよう」・・という意味さえ持つ。
食堂のおばちゃんや市場のハルモニだけでなく 老いも若きもしばしば言う。
私の推し俳優キム・ソノさんが雨の中、入り待ちしているファンたちに
「パプモゴッソ?」と優しく聞いている姿を動画で見て ほっこりした記憶がある。
老若男女 地位を問わず 韓国人が 「自分を大事にして元気でいてね」
という気持ちを分かち合う暗号それが「パプモゴッソ?」なのだ。
そして その背景にある「情」という概念。
これは 日本語の「愛情」や「人情」とは少し違い、欧米のLOVEとも違う。
あんなに大きくチョコパイにも書いてあるのにwなかなか理解するのが難しい概念であるのだが、日本人の感覚では おせっかいに近いほど 相手に干渉し、「大丈夫?」「一人じゃないよ」「こうしたほうがいいよ」「元気出して」などなど相手のプライベートゾーンに土足で踏み込み
『勝手に忠告して幸せを願う』という、優しい反面、人間関係の境界線を
無視するちょっと厄介な概念でもあるのだ。
無料でおかわり自由の小皿を一見の客に「もっと食べろ、食べろ」とせかすのも失恋後の友人に「ご飯たべた?ちゃんと食事はしてね」と念を押すのも
背景にはこの「情」という感情が横たわっている。
ソウルで暮らす若い子たちにはこの優しさがありがたい反面、距離が近すぎてしんどい時もあるかもしれない。
過干渉や距離の近さが重かったり、かと思うと寂しくて、誰かと話して救われたかったり・・・。とかく人間はわがままなものだ。
でも、ともあれ。
炊き立てのご飯を、キムチやナムル、野菜たっぷりのバンチャンとともに頬張れば、大体のことは解決するのではないか?最近はそう思う。
どうやら 私の頭の中もソウルのアジュンマ達の「パプモゴッソ?」思想にかなり染められてきているようである。
【DATA BOX】
~バンチャンを買って帰りたい人へ
<日本>
韓国広場PLUS 新大久保店(東京)
Address: 東京都新宿区百人町2-1-2 K PLAZA2
Tel: 03-6380-1390
Hours: 10:00〜22:00
Map: https://www.google.com/maps/search/?api=1&query=韓国広場PLUS+新大久保店
Memo: 韓国食材専門店。冷蔵コーナーに各種バンチャンのパック売りあり。
白菜キムチ、カクテキ、もやしナムル、煮干し炒めなど。自宅で
「ソウルの食卓」を再現できる。
<ソウル>
Eマート(이마트)※ソウル市内各所
主要店舗: 往十里店、龍山店、清涼里店など
Map: https://www.google.com/maps/search/?api=1&query=emart+seoul
Memo: 韓国最大手スーパー。バンチャンコーナー(반찬코너)が充実。
パック詰めで衛生的。旅行者はホテル近くの店舗をチェック推奨。
쿠팡(クーパン)※オンライン宅配サービス
Website: https://www.coupang.com
App: iOS / Android対応
Memo: 韓国版Amazon。「주간 반찬 세트(週間バンチャンセット)」が
人気。一人暮らしや共働き世帯向けに、1週間分のバンチャンを
宅配してくれるサービス。韓国在住者・長期滞在者におすすめ。
※営業時間・住所等は2026年夏時点の情報です。
訪問前に最新情報をご確認ください。
