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水無月を一切れ、半年の埃を落とすように

 六月の最後の日は、朝から雨だった。梅雨の雨は音を立てない。窓を伝うのではなく、空気そのものがしっとりと水を含んで、肌にまとわりついてくる。シャツの背中がいつのまにか湿って、首筋に生ぬるい風が触れる。こういう日は、体の芯に半年ぶんの疲れが溜まっているのを、いやでも感じる。気づけば一年の折り返し、夏越の祓の日だ。
 高岡の町なかに、古い和菓子屋が一軒ある。間口は狭く、格子戸は雨に濡れて黒く艶めいている。引き戸を開けると、ちりん、と低い鈴が鳴って、店の奥から餡を炊く甘い匂いが流れてくる。小豆と砂糖を長い時間かけて煮詰めた、あの濃くてやわらかい匂いだ。雨の匂いをまとって入った体に、その甘さがふわりと巻きついて、肩の力がほどけていく。
 硝子のケースの前に立つ。中はひんやりと冷えていて、近づくと頬に冷気が触れる。並んでいるのは、この季節だけの上生菓子だ。透き通った葛のなかに沈む紅い餡。寒天で象られた、薄青いあじさいの一片。露を置いたような錦玉羹。どれも見ているだけで、指先が涼しくなる。けれど今日は、迷わず水無月をと決めていた。
 水無月は、ういろうの白い土台に、甘く煮た小豆を散らし、三角に切ったものだ。氷室の氷を模した、素朴で力強い菓子。京の習わしだけれど、北陸のこの町でも、六月の終わりには店先に並ぶ。白い羊羹色の地肌に、小豆の粒が点々と沈んでいる。木の菓子皿にのせてもらうと、ほんのわずか、ひやりとした重みが手のひらに伝わってくる。
 白い割烹着の女将が、菓子を奥から出してくれる。「もう水無月の季節やちゃ」と、富山の言葉でぽつりと言う。竹皮を模した包み紙で手早く包み、輪ゴムをかける指先には、長年餡に触れてきた人の、乾いた厚みがある。代金を渡すと、釣り銭の硬貨が、ひんやりと手のひらに落ちてくる。店を出るとき、もう一度、ちりんと鈴が鳴った。雨に煙る格子戸のむこうで、女将が小さく頭を下げてくれるのが、硝子越しに滲んで見えた。
 傘をさして歩く帰り道、ビニール越しに雨音がぱらぱらと響く。足元の水たまりに、灰色の空と、店の暖簾の朱色が、ゆらゆらと映りこんでいる。手にした菓子折りの、わずかな冷たさと重みだけが、確かなものとして手のひらに残っている。
 家に持ち帰り、黒文字を入れる。すっと刃が沈んで、ういろうのもっちりした弾力が指先まで返ってくる。一切れを口に運ぶと、まず舌の上にひんやりとした感触。次にういろうのむっちりとした歯ごたえ、そして上の小豆の、ほっくりとした甘さがほどけていく。甘すぎない。素朴で、どこか懐かしい。冷たい麦茶を一口ふくむと、口のなかがすっと整って、また一切れ手が伸びる。
 三角の形には、暑気を払う氷のかけらの意味があるのだと、昔、祖母が言っていた。冷蔵庫もない時代、夏の氷は何より貴重で、庶民は氷に見立てた菓子を食べて、夏を無事に越せるよう願ったのだと。その話を聞いたのは、たしか私がまだ小学生の頃で、祖母の手は皺だらけで、けれど菓子を切る手つきは驚くほど丁寧だった。あの台所の、夏の匂いを、いまでも覚えている。
 窓の外では、相変わらず雨が降っている。軒先から落ちる雫が、敷石を打って小さな音を立てる。半年というのは、過ぎてしまえばあっという間で、その間に積もった小さな悔いや、言えなかった言葉や、うまくいかなかった日々の埃が、胸のどこかに薄く溜まっている。水無月を食べるというのは、たぶんそれを一度、そっと払い落とすことなのだと思う。神社の茅の輪をくぐらなくても、この一切れで、半年の自分をいったん許してやれる気がする。
 残り半年も、きっといろいろあるだろう。けれど、こうして雨の日に、冷たい和菓子の甘さを舌の上でほどいていると、それも悪くないと思えてくる。北陸の町の、名もない和菓子屋の硝子ケースには、季節がいつも、誰より早く届いている。
 あなたは今年の半分を、どんな味で締めくくるだろうか。
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*Minazuki — Brushing Off Half a Year's Dust, One Cool Slice at a Time*
The last day of June arrived with soundless rain. Rainy-season rain doesn't fall so much as hang in the air, damp against the skin. It is also the day of Nagoshi no Harae — the rite that marks the turning point of the year. On days like this I walk to an old wagashi shop in Takaoka, its lattice door dark and glossy with rain. A low bell rings, and the sweet smell of red beans simmering drifts from the back of the shop. The glass case breathes cold against my cheek: translucent kudzu sweets, a pale-blue hydrangea shaped from agar, jellies glistening like dew. But today I want only minazuki — a white slab of chewy uiro topped with sweet adzuki, cut into a triangle to mimic a shard of ice. Back home, the wooden pick sinks in with a soft resistance; the first bite is cool, then chewy, then the gentle, not-too-sweet warmth of the beans. My grandmother once told me people ate this ice-shaped sweet to wish themselves safely through the summer. Eating it now, I feel half a year's small regrets quietly brushed away. In this town's nameless little shops, the season always arrives first.
What flavor will you use to close out your own first half of the year?

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