第3回|精神性が失われると、社会は荒れる

ニュースを見ていると、
言葉の荒さに、はっとすることがある。

強い言い切り。
誰かを断罪する声。
正しさを振りかざす勢い。

それらは一見、
「主張がはっきりしている」ようでいて、
どこか、息が詰まる。

なぜ、こんなにも
社会はトゲトゲしくなったのだろう。

ここで言う「精神性」は、
宗教の話ではない。

信仰を持つかどうか、
どの宗派に属するか、
そういうこととも違う。

精神性とは、
人が人として在るための、目に見えない土台のようなもの。

たとえば、
自分を律する力

誰かに見られていなくても、
やりすぎない。
奪わない。
嘘をつかない。

ルールがあるからではなく、
「それは違う気がする」と
自分の内側が教えてくれる感覚。

それは、罰よりも前に働く。

たとえば、
他者を想像する力

言葉を投げる前に、
それを受け取る人の
顔を、ほんの一瞬思い浮かべること。

自分とは違う立場、
違う背景、
違う痛みがあるかもしれない、と
想像する余白。

それがあるだけで、
社会の温度は変わる。

そして、
「見えないものを大切にする感覚」

成果や数字、
スピードや効率では測れないもの。

空気の匂い。
沈黙の意味。
言葉にならない違和感。

それらを
「役に立たない」と切り捨てないこと。

見えないものを軽んじ始めると、
やがて、見えるもの同士も
ぶつかり合い始める。

精神性は、
教科書の中には
あまり書かれていない。

テストで測れないし、
通知表にも載りにくい。

だからこそ、
家庭や日常の中で、
静かに受け渡されてきた。

朝の光に
「きれいだね」と立ち止まること。

誰かを傷つけたあと、
すぐに言い訳を探さず、
胸の奥のざわつきを感じること。

そうした、小さな体験の積み重ねが、
人の内側に、
揺るぎにくい軸をつくる。

もし、社会が荒れていると感じるなら、
それは制度や法律だけの問題ではない。

もっと手前で、
もっと静かな場所で、
土台が痩せてきているのかもしれない。

自分を律する感覚。
他者を想像する余白。
見えないものを敬う心。

それらは、
一度失うと、
取り戻すのに時間がかかる。

だから、教育の話は、
知識や技術だけで
終わらせてはいけないのだと思う。

どんな大人になってほしいか、
ではなく。

どんな在り方で、生きてほしいか。

その問いを、
大人が自分自身に向け直すこと。

精神性は、
教えるものではなく、
背中で伝わるものだから。

今日、
あなたは何を大切にしましたか。

誰にも評価されないけれど、
確かに心に残ったものは、
何でしたか。

その感覚こそが、
この社会を支えている、
目に見えない土台なのだと思います。


最後まで読んでくださり、
ありがとうございます。
スキを押してくださるお一人おひとりの存在に、
心から感謝しています✨


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