服屋のひとりごと〜日本人はなぜオーバーサイズファッションが好きなのかを考えてみる

前略、

私は職業柄、様々な媒体で「ファッションスナップ」を見る。

有名どころだと、ウェブメディア「WEAR」だったり、ファッション誌であれば「LEON」や「OCEAN」「SAFARI」「MENS FUDGE」等など。

無論、国内のストリートスナップもあれば、海外のものも多い。

そんな中、以前から気になっていた事がある。

それは、
「日本ではオーバーサイズやワイドパンツが人気なのに、海外スナップではあまり見かけない(居なくはない程度)」
ということ。

 特に、洋服の本場であるヨーロッパ圏。
とりわけ、「ファッションの聖地」とまで称されるフランスやイタリアのスナップを見ても、今の日本のようなオーバーサイズコーデをあまり見かけない。

これは一体何なのか?

今回は、
「日本人は何故オーバーサイズが好きなのか」
を考察してみたいと思います。

①オーバーサイズトレンドの歴史

まず、ファッショントレンドの視点で見ると、私が知る限りでは、1990年代後半辺りで、スケーターやヒップホップスタイル等のストリートファッションという文脈で流行したと思う。

元々は特定コミュニティ内での流行だったものを一般に認知させたのは、長瀬智也主演で人気を博した「池袋ウエストゲートパーク(通称IWGP)」ではないかと思われる。

所謂「Y2Kトレンド」と言われるものは、この時代のトレンドが元になっている。

ファッショントレンドは、常にカウンターカルチャーによって、新たなトレンドが生まれる。

実際に、2001年に「Dior HOMME」のディレクターに就任したエディ・スリマンが、2007年に「JAKE」というスキニージーンズを出し、それが世界中で大ヒットとなり、その後はおよそ10年近くに渡って、細身シルエットがトレンドとなった。

当然、このトレンドにもカウンターを提案するブランドが登場する。

2010年代半ば頃、
「VETEMENTS(ヴェトモン)」や「BALENCIAGA(バレンシアガ)」等のブランドがビッグシルエットやワイドパンツを提案した。

どんなトレンドでもそうだが、最新トレンドが一般層に普及する迄には、タイムラグがある。

そしてこのトレンドを定着させる決定的な事件が起きる。

②外出自粛と商習慣の変化

そう、2019年から世界中で猛威を振るった、
「新型コロナウイルス 」
の大流行である。

この未知なる感染症との戦いによって、世界中で外出自粛やロックダウンが起こった。

ロックダウン地域についてはさておきとして、外出自粛と言っても全く外出しない訳ではない。

そして、外出するには着衣を身につける必要に迫られる。

他方、若者や私達の様な人種にとって、ショッピングは娯楽の一つだ。

洋服を買うというのは、実に楽しい。

しかし、外出自粛の中、娯楽への欲求を理由に感染症になった挙げ句、他者へ感染させるなど以ての外。

そこで一気に市民権を得たのが、「ネットショッピング」の普及である。

そしてこの「オーバーサイズトレンド」と「ネットショッピング」というものは、非常に相性が良い。

例えば、初見の細身な服をネットで注文するのは、ある種のギャンブルだ。

何故なら、小さ過ぎたらそもそも着用が出来ず、大きすぎれば覿面に不格好だからだ。

一方、オーバーサイズトレンドであれば、多少小さいと言っても、そもそも大きく作っているのだから、着用出来ないほど不格好になりにくく、逆に大き過ぎたとしても、それもトレンドだとして受け入れやすい。

つまり、
「ネットショッピングで失敗しにくい」
という事だ。

また、感染症拡大によって、商習慣も変化した。

それまで、ある程度のリテラシーを持った人だけか利用していた「ネットショッピング」という文化が、一般層にまで浸透した。

例えば、従来であれば、洋服屋で気に入った商品を見つけたのに色やサイズが無い等といった際、所謂「取り寄せ」をしていた。
しかし、取り寄せには物流によるタイムラグがある為、すぐその場で手に入らないケースが多い。
そのタイムラグをお客様に説明した結果、高まっていた購買意欲は潮が引くように消え去ってしまう。

しかし、ネットショッピングであれば、全国で販売する為に、少なくとも1店舗の在庫量よりも多くの在庫が積んであるので、在庫に起因する失注を最低限に減らす事が出来る。

勿論、オーバーサイズコーデのファッションにおける効果(体型をカバーしやすい等)という側面をあるが、それ以上に大きかったのは、
「オーバーサイズコーデとネットショッピングの親和性」
という要因が大きかったと考えられる。

③現在のトレンド

そして、2025年も間もなく終わりを迎えようとしている中、パンツについてはシルエットの方向性を変化させつつも、引き続きワイドパンツは流行中であり、トップスやアウターについても、一時期の様な過激なビッグシルエットではなくなったものの、今も尚ショルダーラインの落ちたゆったりしたデザインが主流だ。

一方、最先端を走るハイブランドやスーパーメゾンなどの提案は既に変化している。

例えばPRADA等は、スキニーパンツを再提案し始めているし、全体的にはテーラードジャケットや革靴等のクラシックの方向にトレンドは進んでいる。

ファッション系専門の新聞である「繊研新聞」等で掲載される、「パリファッションウィーク(所謂パリコレ)」における、各ブランドのランウェイ写真やその解説を見ても、昨年の時点で既にそうだった。

④日本と欧米のファッション観の違い

ファッション観は、その国のお国柄や文化的背景、人種の違いによって変化する。

例えばアメリカでは、州によって違いはあるが、事更にトレンドやコーディネートを重視することは少ない傾向がある。

理由としては、アメリカ文化においては、エクササイズ文化が盛んであり、失礼な発言かもしれないが、かなりの肥満体型の人すら朝のジョギングをしていたりする。

特に男性に関しては、所謂「マッチョ体型」こそが一番カッコいいという風潮が未だに根強くあり、その鍛えた身体を強調する、若しくは逞しく見える服が多い。

また、全員ではないと思うが、保守系が強い州や地方においては、
「お洒落をする男=同性愛者」
といった、最早LGBTQ差別とも捉えかねない偏見すら一定数あるのだ。

ヨーロッパにおいても特色があり、フランスではワークウェアとドレスウェアのミックスコーデを得意としていたり、イギリスについては、スーツ発祥の地である一方、パンクスやモッズ、スキンヘッズのような、様々なファッション文化を持つ。

また、特にヨーロッパにおいては、父や祖父から受け継いたジャケットやコート、バッグ等を、その子供や孫がファッションに活用する例も多く見られる。

上記の様なファッション文化は、どれも日本においては一般的とは言えない。

ここで誤解のないように説明するが、日本人はダサいと言っているのではない。

全国民の平均点という意味では、日本は世界屈指のお洒落な国民だ。

だが、これは裏を返すと「量産型ファッション」が多いとも言える。

⑤お洒落をする目的意識の違い

「量産型ファッション」が多い原因は、私が思うにファストファッションが多いからではないと考えている。

何故ならば、ZARAはスペインの会社だし、H&Mはスゥエーデン企業、ユニクロだって欧米に大量出店している。

それでも日本の様に「似たようなトレンドコーデ」の人というのは日本程多くない様に見受けられる。

では、何故日本において「量産型ファッション」が多いのか。

ここからは、完全なる私の私見たが、
一つは、
「他人との相違への忌避」
もう一つは、
「何を目的にお洒落という手段を使うのか」
という意識に乏しいのではないかと思う。

⑥「皆と違う」事への恐怖心

日本人はとにかく、
「皆と違う」という事を避けがちで、
「皆と違う=悪」
とでも言わんばかりの人も少なくない。

その最たる例が「制服文t化」たろう。

昨今はだいぶ緩やかになったとはいえ、ホワイトカラーの会社員は、特段クライアントとの面会がない様な部署でも、ビジネスカジュアルやスーツスタイルが正しいとされる。

これは学生においても同様で、特に中学・高校においては、制服着用が義務付けられるケースが殆どで、私服通学を認める学校は、少しずつ増えているとはいえ、依然として圧倒的少数派だ。

少し話が逸れるが、学校制服というのは、正直高価だ。

調べてみた所、公立中高の制服一式の平均金額は、70000円程度だそうだ。

基本的には、子供が身体的に成長する時期に制服を着用する事になるが、余程裕福で、かつ両親のファッションリテラシーが高くない限り、成長に応じて制服を買い替えるなどで言う事は少なく、中学の3年間及び高校の3年間を過ごす。

その為、両親は
「成長しても着用できるように」
と、オーバーサイズの制服を買い与える。
※私自身は制服制度が悪いとは思っていないが、価格はもっと下げるべきだと思っている。

そして、もう一つ日本特有の謎文化と言っても差し支えないと思うのが、
「学生らしい服装」
という概念だ。

私は学生時代に、随分服装を教師や周囲の大人から注意されたが、実際に学生らしい服装とは何かを質問しても、明確かつ論理的に筋の通った説明をした人物を、私は一人たりとも知らない。

にも関わらず、高校3年や大学の就活前になると、急にドレスコード講座的なものが開かれたりする。

そのおかげもあって、成人式帰りの若年男子を見ると、専門家の見地として正しくスーツを着用できている人は驚くほど少ないし、国民の代表とも言える内閣総理大臣ですら、サイズの合っていないヨレヨレのスーツを着て国際会議に出席したりする有り様だ。

誰も説明出来ない概念を子供に押し付けるとは、私から言わせれば、最早狂気の沙汰だ。

また、
「お洒落という手段を何を目的に使うか」
という理解については、元来、日本は洋服文化の国ではなく和服の国である。

「洋服」というのは、ヨーロッパで生まれた。

ここでヨーロッパの服飾史を語れる程の教養を、残念ながら私は持ち合わせていないが、一つだけは断言できる事がある。

それは、
「醜く見える事を目的に生まれたファッションは存在しない」
という事だ。

当然だと思うかもしれないが、説明させて欲しい。

真実とは実に残酷なものだが、
「顔が小さくて身長がある程度高ければ、どんな服装でも様になる」
のである。

事実、東京ガールズコレクションのようなイベントはさておき、ロンドンやパリ、ミラノ、NY等の本当のランウェイを歩く本物のファッションモデルぬなる条件は、顔のきれいさでは無く、ある程度の身長と、顔の小ささなのだ。

何故なら、「8頭身」という言葉があるように、人間はスタイルの良し悪しを頭部の大きさで判断しているからだ。

そして身長か高ければ、相対的に足も長くなるわけだから、多少出鱈目なコーデだとしても、それっぽく見えてしまうのだ。

つまり、お洒落をする理由の基本というのは、
「自分のスタイルをいかによく見せるか」
というのが根本にあるのです。

例えば、コーデした洋服を着て、全身鏡の前に立った時、いつよの見知った自分よりもスタイルが良く見えていたら、それだけで少し気持ちが上がるものですし、スタイルが良ければ、恋愛が始まる取っ掛かり位にはなりえるでしょう。

そして欧米人というのは、日本人と比較して、相対的に顔が小さく、身長も高くて、上半身ががっしりしている反t面、脚も細く腰が高い。

一方日本人は、相対的に顔も欧米人と比較すると大きめで、身長も低く、腰位置も低く脚も太く短い傾向にある。

この比較でわかることは、
「欧米人はオーバーサイズで体型を誤魔化す必要がない一方、日本人は体型難を視覚的に誤魔化す必要があるので、オーバーサイズを好む」
という事だろう。

確かにオーバーサイズコーデというのは、布の要尺が多い分、体の線が出ない為に、体型補正を簡単にしやすい。

しかし、日本の男性でそこまで理論立ててオーバーサイズコーデをしている人が一体どの程度いるのか?となると、恐らくその様な人は少数派だ。

何故なら、本来は大人が教えるべきファッションに対するリテラシーを、「教養」として教えていないからに他ならない。

私達プロから言わせれば、極端に太っていない限りにおいては、オーバーサイズコーデに頼らずとも、スタイルをよく見せる事など難しくはないのです。

そもそも身長・体重が同じでも、骨格や筋肉量、スポーツ歴等によって、体型は全く変わる訳だから、100人いたら100通りのベストコーデがあるはずだ。

トレンドを知る事は良い事だと思うが、
「トレンドじゃない=ダサい」
といえ固定概念を捨てたほうが、絶対ファッション楽しめるし、「量産型」等と言われずに済むと思います。

⑦今後起こりそうな事

先述の通り、トレンドはルーズなストリート系から、クラシック系に変化が始まっており、スキニーも復権の兆しだ。

もし、オーバーサイズが廃れたら、世の中には一時期やたら増えた、
「脚ムチムチスキニーマン」が再び現れるのではないかと思っている。

スキニー大流行の当時の私はあれを見て、
「似合うからスキニー」ではなく、
「流行だからスキニー」を選んだんだろうなと思っていた。

明らかに合ってないアイテムを買ってしまうのには、他にも原因があると推察している。

その原因とは、
「プロの接客のない店での購入」
たと考えている。

スキニー流行中の当時は、アパレルから他業種に転職していた関係上、自らお客様にスキニーを提案したことはないのだが、私がもしスポーツ等で脚が太くなっている方に提案するならば、まずはサイズアップを提案するか、スキニーよりワンランク太いテーパードスリム等を勧めると思う。

プロ目線に立ったアドバイスさえ受けていたら、脚ムチムチスキニーマン(略してムチニーマン)は、恐らく出来上がらないだろう。

しかし、リテラシーの低い人というのは、結局インフルエンサーの通り一遍当な提案だけを聞き、
「流行だから」という思考停止に他ならない動機で服を選んでしまう

オーバーサイズが廃れたら、そんな人が大量に現れるのではないかと推察している。

最後に

誤解のないようにお伝えすると、ファッションに興味がない事自体は決して悪い事ではありません。

人間の魅力というのは、それだけで語られるべきものではありません。

極論を言えば、お洒落などせずとも、人は幸せになれます。

それでも私がファッションについて語るのは、ファッションとは文化であり教養であり、楽しいものだからなのです。

繰り返しになるが、100人いたら100通りのベストコーデがあります。

それを提案するのか我々のお仕事なので、どうか煩わしいなどと思わずに、販売員とコミュニケーションを取ってみて下さい。


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