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[予算] 94兆円の税収と、消えた「第二の財布」――2026年「骨太の方針」が国庫のルールを100年ぶりに変えた日

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導入:3月末の道路工事と、国家の「妙なクセ」

こんにちは、葦原翔です。

毎年3月になると、全国の道路で一斉に穴が掘られ、アスファルトが塗り替えられる風景を見かけます。

「なぜわざわざ年度末に?」と首をかしげた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

あの見慣れた光景の裏には、日本の国家財政が100年以上も大切に守り続けてきた恐るべき絶対ルールが存在します。

それが「単年度主義」です。

「今年渡されたお小遣いは、3月31日までにすべて使い切れ。余らせて国に返したら、来年のお小遣いを減らすぞ」という強迫観念。

これが行政の現場に染み付いた、国家の妙なクセの正体でした。

しかし、2026年7月に閣議決定された「骨太の方針2026」において、この明治時代から続く国庫のルールが、ついに根底から書き換えられようとしています。

一見するとお堅い行政用語のマイナーチェンジに思える「単年度主義から複数年会計への移行」。

実はこれ、私たちが納めた税金の行き先と、日本の未来の姿を激変させる超巨大な地殻変動なのです。

さて、私たちはこの静かな歴史的転換点から、一体何を読み解くべきでしょうか。

第1章:「単年度主義」という名のギロチンと、半導体時代の摩擦

そもそも、なぜ国はこれほどまでに「1年」という単位に固執してきたのでしょうか。

歴史をさかのぼれば、大日本帝国憲法の時代から「予算の使い込みや不正を防ぎ、国会が毎年厳しくチェックする」ための智恵でした。

「1年ごとに財布をリセットし、使い残しは没収する」。

このルールは、道路を直したり学校を建てたりする時代には、行政の緊張感を保つ見事なギロチンとして機能していたのです。

しかし、時代は変わりました。

現代の国家間競争の主戦場は、AIの巨大モデル開発、最先端半導体工場の誘致、そして2050年に向けた脱炭素(GX)技術です。

これらのプロジェクトに共通するのは、「成果が出るまでに5年、10年という歳月と数兆円の資金がかかる」という点です。

ここで従来の「単年度主義のギロチン」が猛威を振るいます。

海外の巨額投資家や研究者に対して「来年度の予算がつくかどうかは、年末の国会審議までわかりません」と提示せざるを得ない。

これでは「そんなギャンブルのような国に誰が10年計画の投資をするんだ」と呆れられて当然です。

世界が超高速で10年単位の国家投資を進める中、日本だけが「毎年3月に財布を空っぽにするルール」に縛られ、スタートラインで足踏みを続けていたわけです。

第2章:魔法の言葉「基金」と「割引率1.2%」――国家が手に入れた『第二の財布』

そこで2026年の骨太の方針が打ち出した手が、単年度主義の呪縛をすり抜ける新時代のツール群です。

その筆頭が「基金(ファンド)」の抜本的拡充とルール変更です。

仕組みは実にスマートで、少々ズル賢くもあります。

まず、国の一般会計から「独立行政法人」などの別組織の口座へ、一括で数千億円から数兆円のお金をドカンと振り込みます。

国の決算上は「今年度中に支出完了!」とマークされ、単年度主義のルールを無事にクリアします。

そして受け取った側の基金は、その資金をプールし、民間企業や大学に対して5年〜10年というスパンで途切れなく資金を供給し続けるのです。

まさに、国庫の隣に作られた合法的な「第二の財布」と言えるでしょう。

さらに、もう一つ見逃せない地味ながら強力な改定が「社会的割引率(1.2%前後)」への引き下げです。

少し専門的になりますが、公共事業や政府投資を行う際、「将来生まれる価値」を現在の価値に引き直して計算するハードル(割引率)が存在します。

これが従来は「年4%」という、金利がほぼゼロだった日本においては嫌がらせのように厳格な基準に設定されていました。

割引率が4%だと、10年後や20年後に莫大な利益を生む先端技術であっても、「今の価値に換算すると不合格!」と切り捨てられていたのです。

これを1%〜2%台(実質1.2%前後)にまで引き下げることで、長期的なプロジェクトの費用対効果(B/C)が魔法のように跳ね上がります。

これまで不合格の烙印を押されていた未来への投資に、次々と「Goサイン」が出る環境が整ったわけです。

そして概算要求における「『強く豊かな日本』投資枠」という名の“青天井”ルールが追い風を吹かせます。

各省庁が成長分野の予算を請求する際、一律の上限(シーリング)を設けず、自由に要求を出してよいという夢のような特別枠です。

「複数年使える基金」「ハードルが下がった評価基準」「上限のない要求枠」。
こうして国家は、100年ぶりの「お金をダイナミックに使うための無敵の装備」を手に入れました。

第3章:数字のミステリー――税収「94兆円」なのに、一般会計は「過去最高をちょっと更新」の謎

ここで、数字に鋭い読者なら誰もが抱く「ある素朴な疑問」にぶつかります。

ニュースを開けば、「名目GDPの成長や物価高、好調な企業業績を背景に、国の税収は94兆円規模へ達する見通し」と報じられています。

税収がそこまで記録的に伸びているなら、国の借金(国債)を激的に減らせるはずではないか?

あるいは、一般会計の予算も130兆円、140兆円と、かつてない規模へ爆発的に膨れ上がっているのではないか?

しかし、専門家や財務省の試算を覗き込むと、来年度の一般会計当初予算は「115兆円〜120兆円前後」。

これまでの過去最高(115.5兆円前後)を「ほんの少し上回る程度」に落ち着くと予測されているのです。

税収は94兆円まで大伸びしているのに、なぜ支出の数字は「過去最高をちょっと超える程度」で静かに収まるのでしょうか?

ここには、財務省が仕掛けた見事な「数字の手品」と、日本財政の切実な構造が隠されています。

第一の理由は、増えた税収の大部分が「勝手に膨らむ2大怪物」に呑み込まれているからです。

一つ目の怪物は、超高齢化に伴い毎年自動的に数千億円ずつ増え続ける「社会保障費」。

二つ目の怪物は、日銀の金利引き上げに伴って膨れ上がる「国債の利払い費(想定金利の上昇)」です。

いくら税収が94兆円まで伸びたとしても、入ってきた先からこの2大怪物の胃袋へと消えていくため、政策に自由に使えるお金はほとんど残りません。

そして第二の理由こそが、本稿のテーマである「第二の財布(複数年会計と基金)」の存在です。

政府が本気で推進したい半導体やAI、脱炭素などの巨大投資は、もはや「単年度の一般会計予算」という表舞台の数字には載ってきません。

それらの多くは「基金」や「特別会計(GX移行債など)」という“一般会計の外側”へと事前に逃がされ、別ルートで執行されているのです。

つまり、表側の一般会計の数字(115〜120兆円)だけを見ていると、「予算は過去最高を少し超えた程度で、財政は規律を保っているな」と見えます。

しかしその裏側では、複数年にわたる巨額の成長投資資金が「基金」という別の財布の中にプールされ、着々と動いている。

これこそが、税収94兆円時代の国家予算に隠された、知られざるミステリーの正体です。

第4章:不都合な真実への盾――「明確なKPI」と「PDCAサイクル」は機能するか

「長期的で柔軟な投資ができるなら、複数年会計も基金も素晴らしいことじゃないか」。

そう思われたかもしれませんし、実際に日本の産業界にとっては長年待ち望んだ画期的な改革です。

しかし、思考のコインには必ず裏面が存在します。

単年度主義の縛りを外した瞬間に生じる最大の懸念、それは「国会や国民の目からお金の動きが見えなくなり、埋蔵金化したり無駄使いが放置されたりするリスク」でした。

一度「基金」という第二の財布に丸ごと振り込まれてしまうと、そのお金は数年間にわたって国会の毎年の予算審議(チェック)の網から外れがちだからです。

この批判に対し、政府も手ぶらで複数年化を進めているわけではありません。

今回の改革とセットで強力に打ち出されたのが、「基金に対する明確なKPI(重要業績評価指標)の設定」と「PDCAサイクルの厳格な回転」です。

単に「10年分の予算を渡すから好きに使っていいよ」という甘やかしではなく、「3年目までにこの数値を達成せよ。できなければ事業を凍結し、残金を国庫へ強制返納させる」という条件を突きつけるわけです。

いわば、単年度の「予算消化プレッシャー」を奪う代わりに、数値目標という「結果へのプレッシャー」を極限まで高めるという新ルールです。

しかし、ここで新たな問いが生まれます。

その「KPI」は本当に機能するのでしょうか?

行政の現場では、往々にして「達成しやすいぬるい目標」がKPIに設定されたり、成果が出なかった理由を「世界情勢の変化」のせいにしてPDCAが形骸化したりする歴史が繰り返されてきました。

「1年ごとの支出チェック」という昔ながらの網を捨てた以上、この「KPIとPDCA」という新たな監視装置が本物として機能しなければ、税収94兆円という国民の貴重な血税は、単に「見えない財布の中で眠る巨大な金庫」へと化けてしまうのです。

結び:私たちは「未来への投資」をどう見張るべきか

明治時代から100年以上続いた「単年度主義」という名の思考停止。

3月末の無駄な道路工事に象徴されていた「とにかく1年で使い切る」という浅はかなルールから、日本が脱却しようとしていること自体は、大きな一歩です。

それは、目先の1年の数字に一喜一憂する国から、「10年先の未来」へ視線を据える成熟した国へと生まれ変わるための挑戦でもあります。

しかし、ルールが変われば、私たち国民(主権者)に求められる「監視の目」も変わらなければなりません。

これまでは「今年度の予算案が何兆円に膨らんだか」「税収に対して国債をいくら発行したか」という、単年度の表面的な数字ばかりがニュースで騒がれていました。

これからの時代、その視点だけでは国家の本当の姿を見誤ります。

私たちが真に目を光らせるべきは、表の一般会計(115〜120兆円)の数字ではありません。

「第二の財布(基金)」に放り込まれた何兆円ものお金に対し、設定されたKPIが妥当であるか、そしてPDCAサイクルによって「ダメな事業」が正しく打ち切られているか否かです。

3月末の道路工事が街角から消えていく代わりに、私たちは「10年後に花開く本物の成長投資」を目撃できるのか、あるいは「厳しいKPIから逃げ出した資金の無駄遣い」に溜息をつくことになるのか。

国庫のルールが100年ぶりに変わった今、試されているのは政策の裏側にある「真の成果」を見抜く、私たちの知的な眼光なのです。


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