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[円安バンザイ] ドル高のニューヨーカーが絶望し、円安の私たちがランチを食べられる理由

こんにちは、葦原翔です。

先日、ニューヨークに住む知人から、悲鳴のようなメッセージが届きました。

「昨日、近所のダイナーで普通のチーズバーガーとフライドポテトを食べ、チップを払ったら、日本円で4,500円を超えたよ。もう怖くて外食なんてできない」

彼の給料は米ドルで支払われています。そして現在、米ドルは世界最強の通貨の一つです。

「強い通貨」を持ち、世界から羨ましがられるはずのニューヨーカーが、日々のランチに絶望している。

一方で、連日のようにテレビニュースで「歴史的な円安!日本人の購買力が低下し、国全体が貧しくなっている!」と脅されているはずの私たちはどうでしょう。

東京のオフィス街でも、地方のロードサイドでも、ワンコインから1,000円出せば、美味しくて温かい出来立てのランチがお腹いっぱい食べられます。

「円安=悪」という単純な絵の具で塗られたニュースを見続けていると、この光景は奇妙なミステリーに見えるはずです。

通貨が強くなったはずの国の人々が生活苦に喘ぎ、通貨が暴落しているはずの国の私たちが、世界最高峰のクオリティの食事を安価に楽しんでいる。

一体、私たちの経済で何が起きているのでしょうか。今回は、オールドメディアが絶対に教えてくれない「為替と物価のからくり」を紐解きながら、日本が直面している本当のチャンスについて、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。


第1章:世界が日本の円安を「スルー」している不都合な理由

ニュースの解説者たちはよく、眉間にシワを寄せてこう語ります。「円安は近隣窮乏策だ。他国の雇用を奪う悪質な為替誘導であり、国際社会から孤立するぞ」と。

「近隣窮乏策(Beggar-thy-neighbor policy)」とは、自国の通貨を意図的に安く誘導し、他国より格安で製品を売りつけることで、相手国の産業や雇用を滅ぼしてしまうエゴイストな政策のことです。

*近隣窮乏策は中学や高校で習う経済用語です。

かつて昭和から平成の初期にかけて、日本が自動車や家電を世界中に輸出し、全米の工場を閉鎖に追い込んだ時代なら、確かにその批判は当たっていたでしょう。

しかし、現在の世界を見渡してみてください。主要国(G7)の財務相会議などで、日本が「円安をやめろ!」と激しく叩かれているでしょうか。

驚くほど静かです。アメリカもヨーロッパも、日本の円安を事実上「スルー」しています。なぜでしょうか。

最大の理由は、日本企業が長年の努力によって「現地生産化」を進めてきたからです。今や日本車や日本の電子部品の多くは、アメリカや東南アジアの現地工場で作られています。

日本から安価な製品が大量になだれ込んで現地の雇用を脅かす構造は、すでに過去のものとなっているのです。

さらに言えば、バイデン政権以降のアメリカにとって、自国の激しいインフレを抑え込むための「強いドル」は、むしろ歓迎すべき追い風でした。

加えて、世界的な地政学リスクの高まりがあります。半導体や重要物資の供給網を中国から切り離したい欧米にとって、信頼できる同盟国である日本に製造拠点が戻ってくることは、願ったり叶ったりの展開なのです。

市場原理や日米の金利差によって自然に生じた円安であり、日本政府が不正な介入で作った円安ではない。だからこそ、国際社会は日本の円安を許容しています。

いわば今の日本は、世界から文句を言われることなく「自国通貨安のメリット」を享受できる、千載一遇のゲームの確変モードに入っていると言えます。


第2章:ドル高の国の方が物価が高い、というミステリーの解明

さて、冒頭の疑問に戻りましょう。なぜ、強い通貨を持つアメリカ人が高物価に絶望し、弱い通貨の日本人が平然とランチを食べられているのでしょうか。

オールドメディアの最大の錯覚は、「通貨が高くなれば、国内の物価が安くなるはずだ」という直感的な思い込みにあります。

しかし現実は真逆です。通貨高が直接下げるのは、海外から買い付ける「輸入財の価格」だけだからです。

先進国の国内物価において、輸入財が占める割合はそれほど大きくありません。物価の6割以上を占めているのは、家賃や医療費、外食費といった「国内のサービス価格」です。そしてサービス価格の正体とは、すなわち「人件費」です。

コロナ禍以降、アメリカや欧州では大規模な財政出動が行われ、猛烈な人手不足が発生しました。

企業は従業員を確保するために時給を大幅に引き上げざるを得なくなりました。時給が上がれば、当然、レストランのハンバーガーの価格に上乗せされます。

「給料が上がるから物価が上がる。物価が上がるからさらに高い給料を要求する」という熱狂的なループが回った結果が、今の欧米の姿です。これが「ディマンド・プル(需要牽引型)・インフレ」の正体です。

ドル高によって海外からの輸入肉は安くなっているはずなのに、それ以上に店員の時給や店舗の家賃が暴騰しているため、トータルの物価は跳ね上がってしまうのです。

翻って、日本の状況はどうでしょうか。日本の物価上昇は、欧米のような国内の過熱した需要によるものではありません。

エネルギーや食料品といった原材料の国際価格が上がり、そこに円安が重なったことで起きた「コスト・プッシュ(費用押し上げ型)・インフレ」です。

つまり「外からのコスト」は上がったものの、国内の人件費やサービス価格が欧米のように爆発していないため、絶対的な価格水準としては世界的に見て圧倒的に低いまま保たれているのです。

メディアは「円安で小麦やガソリンが上がって大変だ」と騒ぎます。もちろん生活への影響はゼロではありません。

しかし、世界中の先進国と比較したとき、日本の物価上昇率は依然として極めてマイルドであり、国民が安心して日常を過ごせる水準に踏みとどまっています。

「ドル高だから豊かで、円安だから貧しい」というステレオタイプの比較は、経済のメカニズムを無視した単なる妄想に過ぎないのです。


第3章:「円安の果実」をどう回収し、どう配るかという政策ミックス

では、円安はまったく無傷の楽園なのでしょうか。もちろん、そんな都合の良い話はありません。

円安の本当の課題は、為替そのものの良し悪しではなく、「円安によって生じるメリットとデメリットの非対称性(偏り)」にあります。

円安になると、海外で稼ぐ大企業や輸出企業、あるいは観光客を迎え入れるインバウンド産業は過去最高の利益を叩き出します。自ずと国の法人税収も膨らみます。

一方で、海外から原材料を輸入して国内で販売している中小企業や、給料がすぐに上がらない一般の家計には、物価高という直接的な痛みが走ります。

光が当たる場所と、影ができる場所が極端に分かれてしまうこと。これこそが円安に対する国民の不満の根源です。

この問題に対して、政治やメディアが陥りがちな最悪の不祥事は、「円安で痛んでいる人がいるから、日本銀行は利上げをして無理やり円高に戻せ」という論調です。

これは、熱が出ている患者の病気を治すのではなく、氷水に飛び込ませて熱を下げるような暴論です。

無理な円高誘導を行えば、せっかく息を吹き返した輸出企業や観光業の稼ぐ力を削ぎ落とし、日本経済全体のエンジンを止めてしまいます。デフレという暗闇への逆戻りです。

正解は極めてシンプルです。「マクロの稼ぐ力(円安の享受)」はそのまま維持し、ミクロの痛みに対しては「財政(個別支援)」でピンポイントに手を差し伸べる。

円安によって企業の業績が上がり、国に入ってくる税収が増えるのですから、その増収分を財源にして、エネルギー補助金や低所得世帯への給付金、給食費の無償化などに充てれば良いのです。

「為替という大雑把なブレーキを踏むのではなく、得られた果実(税収)を困っている場所へ正しく再分配する」。この当たり前の政策ミックスを実行することこそが、今求められている政治の役割です。


第4章:コスト・プッシュからデマンド・プルへの「コペルニクス的転換」

さらに一歩進んで、未来の成長戦略に目を向けてみましょう。

円安という環境は、日本経済の構造そのものを根本から作り直すための「最高の追い風」になり得ます。

かつての超円高時代、日本の工場や研究開発拠点は、コストを求めて次々と海外へ流出していきました。国内の空洞化が進み、雇用や投資が失われたのが失われた30年の実態です。

しかし今、世界から見て「日本でモノを作るコスト」は圧倒的に割安になっています。

工場を日本に建て、日本の優秀な技術者を雇い、日本で製品を作って世界に売る方が、海外で作るよりもリーズナブルで高品質な時代が再来したのです。

実際に、最先端の工場やデータセンターが日本国内へ怒涛の勢いで回帰し始めています。

私たちがやるべきことは、貿易相手国から「為替操作だ」と文句を言われないこの猶予期間中に、国内の供給能力(インフラ・設備投資・省人化技術)を徹底的に強化することです。

企業が円安で得た空前の利益を内部留保として金庫に溜め込まないよう、政府は「国内投資」と「継続的な賃上げ」を行う企業への強力な税制優遇(即時償却や大幅な減税)を提示すべきです。

同時に、投資を行わずに現金を溜め込む企業に対しては相応のペナルティを設けるという、アメとムチの政策が必要です。

「国内に投資し、設備を新しくし、働く人の給料を増やす」。

このサイクルが回り始めたとき、日本は長年苦しんできた「外からの原油高に脅えるコスト・プッシュ・インフレ」から脱却します。

そして、「給料が上がり、国内の需要が強まり、適正な価格でモノが売れる」という、欧米のような健全な「デマンド・プル・インフレ」へと進化を遂げるのです。

円安を悲劇のヒロインのように嘆く時代は、もう終わりにしなければなりません。


エピローグ:私たちはこの「確変モード」をどう生きるか

かつて経済学者のジャン・ティンバーゲンは、政策目標を達成するためには目標と同じ数の独立した政策手段が必要である(ティンバーゲンの法則)と説きました。

「物価」と「景気」と「為替」を、金利というたった一つのダイヤルで同時に解決しようとするから無理が生じるのです。

為替は市場の流れに任せ、稼げる部門に思い切り稼いでもらう。

そこで得た税収で、生活者の痛みを一時的に補填する。

そして稼いだ資金を国内の投資と人件費へと大胆に流し込み、経済の体質そのものを強くする。

このステップを踏むことこそが、日本経済のコペルニクス的転換を成功させる唯一の道筋です。

「円安バンザイ」という言葉は、決して現実逃避の能天気な叫びではありません。

それは、世界から与えられた千載一遇のチャンスを理解し、縮小平衡の「円高待望論」を捨て去り、拡大平衡の「稼ぐ日本」へと足を踏み出すための覚悟の言葉なのです。

次に街で「円安で日本が崩壊する」というニュースを見かけたら、ぜひ心の中でくすりと笑ってみてください。

そして、高額なバーガーに絶望しているニューヨーカーに思いを馳せながら、安くて美味しい目の前のランチを、堂々と噛み締めてみようではありませんか。

さて、私たちはこの時代の大きな変化の波を、指をくわえて眺めるのか、それとも波に乗って新しい未来へ進むのか。皆さんはどう考えますか?


補章:数字が明かす「悲観論」の正体

ちなみに、ここで少しだけ現実の数字を足しておきましょう。

仮に現在のドル円相場(1ドル=163円前後)がさらに急落し、173円まで円安が進んだとします。この10円の円安が日本の消費者物価をどれほど押し上げるか、ご存じでしょうか。

経済分析が示すその影響度は、年間の物価上昇率でわずか0.2〜0.3ポイント程度です。

メディアが大騒ぎする「円安による壊滅的な物価高」の正体とは、実のところこの程度のインパクトに過ぎないのです。

このわずかな上昇分であれば、消費者の生活に直結するガソリンや軽油、電気・ガス代へのピンポイントな助成金を出すだけで、十分に相殺・吸収できてしまいます。

「10円の円安」に怯えて経済のエンジンを止めるのか、それとも賢くピンポイントで守りながら外貨を稼ぎまくるのか。冷静なデータを見つめれば、私たちが選ぶべき道はすでに明白ではないでしょうか。

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