[骨太] 日銀はなぜ「骨太」の梯子を外すのか?——163円の円安と、支持率65%政権の足元で起きていること
こんにちは、葦原翔です。
朝、いつものカフェで頼むモーニングのセット。ふとメニューの隅に目をやると、小さな文字で「一部価格改定のお知らせ」と書かれていることに気づきます。
コーヒーの香ばしい湯気の向こうで、私たちは日々、じわりと迫る値上げの気配を感じています。
さて、6月の消費者物価指数(CPI)が発表されました。生鮮食品を除くコアCPIは前年比1.6%の上昇。5月の1.4%からわずかに加速し、市場の予測通りの数字となりました。
*直近2年で最も値上がりした商品のひとつが珈琲豆、2.2倍になりました。CPIは1%台なのに…値上がりの最大の理由は天候不良、大雨&旱魃&エルニーニョ、円安の影響は僅か
ニュースを開けば「物価上昇で日銀が年内にも追加利上げを検討」「利上げペース加速か」といった見出しが躍っています。
「インフレが起きたのだから、中央銀行が金利を上げて抑え込むのは当然だ」——経済の教科書には確かにそう書かれています。
しかし、もう少し数字の奥を覗いてみると、どうにも首をかしげたくなるような「違和感」が浮かび上がってくるのです。
1. その円安はどこから来たか?——イラン情勢と「外から来る熱風」
まず、今回のインフレの中身(内訳)を冷静に分解してみましょう。
注目すべきは、生鮮食品だけでなくエネルギーまでも除いた、いわゆる「コアコアCPI」です。こちらの数字は前月の1.8%から1.7%へと、むしろ「低下」しているのです。
これが意味することは非常に明確です。日本の国内で需要が弾けて、モノが飛ぶように売れて物価が上がっているわけではない、ということです。
では、全体の物価を押し上げている犯人は誰なのか。言わずもがな、中東情勢の緊張(イランを巡る地政学リスク)による原油高と、1ドル163円台という歴史的な円安です。
*エネルギー価格はイラン情勢の二転三転で直近ではまた上昇、小麦価格はウクライナ情勢が原因でロシアからの輸出が激減予想で高騰
つまり、いま日本を襲っているのは、国内の経済が熱を帯びた「適度なインフレ」ではなく、地球の反対側から吹いてくる「外からの熱風(輸入インフレ)」なのです。
*直近の163〜164円はイラン情勢による原油LNG価格の高騰で有事のドル買いによる円安、対症療法しか対策がない
ここで最初の問いが生まれます。
外部要因で起きている輸入インフレに対して、国内の金利を急ピッチで引き上げる(=国内の経済活動にブレーキをかける)という処方箋は、本当に正しい治療法なのでしょうか?
政府が掲げる「骨太の方針2026」は、長年続いたデフレからの完全脱却と、イノベーション・成長分野への積極投資を強く打ち出しています。
せっかく企業が前向きな投資を始めようとし、賃上げの好循環が回り始めた矢先に、外圧起因の円安を防ぐためだけに金利を上げれば、その成長の芽に冷や水を浴びせることになりかねません。
「アクセルを踏み込もうとしている政府」の足元で、「ブレーキを踏もうとする日銀」。この構図は一見すると支離滅裂に見えます。
2. 小麦の魔法と「ピンポイントの処方箋」
「輸入インフレ対策」と聞くと、誰もが「日銀による利上げ」か「為替介入」という大鉈(おおなた)を想像しがちです。
ですが、実は政府にはもっと身近で、ピンポイントに物価を抑え込める「構造的なレバー」が存在します。その分かりやすい例が「輸入小麦」です。
ガソリンの価格高騰に対して、政府は民間の石油元売り会社へ巨額の補助金を出す「激変緩和事業」を行ってきました。しかし、これは膨大な財政負担を伴う、いわば力ワザの対症療法です。
一方で、小麦はどうでしょうか。日本の輸入小麦は、国(農林水産省)が一括して買い付け、それを国内の製粉会社に売り渡す「国家貿易制度」をとっています。いわば国が巨大な“問屋”になっているわけです。
政府はこの売渡価格を半年に一度改定していますが、2022年のウクライナ危機の際、政府は何をしたか覚えていますか?
算定ルールを一時的に変更し、「過去1年間の平均価格」を用いることで、国際相場の急騰がそのまま直撃しないよう、事実上の価格据え置き措置をとりました。
そう、民間に税金を配らなくても、国が「問屋としての売渡ルールを変える」あるいは「上乗せしている手数料(マークアップ)を削る」だけで、明日のパンやラーメンの価格は制度ひとつでコントロールできるのです。
「だったら、小麦と同じように全体的な輸入インフレをピンポイントで抑えればいいじゃないか」と思いますよね。ですが、ここにも日本特有のジレンマが立ちはだかります。
小麦の売渡手数料(マークアップ)は、実は日本の小麦農家を支える交付金財源になっています。これを削りすぎれば、今度は国内の農業保護という別の重要課題が破綻してしまうのです。
さらに言えば、パンや麺の店頭価格において、小麦の原価が占める割合は1〜2割程度。残りの8割以上は、人件費、お店の電気代、トラックの配送費です。
*電気代、ガス代、ガソリン軽油代に加えて小麦価格にも政府資金投入ということになる。それで景気後退が凌げるのであればその方が良い
結局のところ、原材料を制度で抑えたとしても、エネルギー高と円安がもたらす「物流費や光熱費のコスト増」という本丸を叩かなければ、私たちがカフェで払うモーニングの値段は下がらないのです。
こうして、ピンポイントの個別対策だけでは防ぎきれない波が押し寄せ、最終的に「日銀の政策金利」というマクロな手段に注目が集まることになります。
3. なぜ彼らは「同じ方向」を向かないのか——制度とインセンティブのすれ違い
ここで冒頭の、より根深い問いに行き当たります。
支持率65%という確固たる国民的信認を獲得し、経済成長と賃上げを全力で推進しようとする政権が存在する。にもかかわらず、なぜ財務省、日銀、オールドメディア、野党は、その足元をすくうような動きを見せるのでしょうか。
「彼らが政権に意地悪をしているからだ」とか「国益を損ねようとしている陰謀だ」と結論づけるのは簡単です。しかし、それでは事態の本質を見誤ります。
ここにあるのは悪意ではなく、各組織が追っている「KPI(業績評価指標)の決定的なズレ」という構造的トラップ(合成の誤謬)です。
まず、日銀の立場になってみましょう。
日銀の悲願は、異次元緩和という超異常事態から抜け出し、「金利のある正常な世界」へ戻ることです。政策金利1.0%への引き上げを果たしたいま、為替が163円まで振れ、「日銀は利上げに腰が引けている」と市場になめられることは、彼らの通貨の信任(ブランド価値)に関わります。
次に、財務省です。
彼らの歴史的なインセンティブは「財政規律の維持」と「国債利払い費の爆発防止」です。成長のための財政出動を続ける政権に対し、どこかでブレーキをかけ、税収と支出の均衡を取りたいという強いドグマが働きます。
そして、オールドメディアと野党です。
彼らのビジネスモデルおよび存在価値は、「権力の監視と批判」です。どれほど高い国民支持率を誇る政権であれ、その政策の「リスク」や「副作用(物価高への懸念や金利上昇の脅威)」を強調し、アラートを鳴らし続けることこそが、彼らの組織的なKPIなのです。
つまり、誰もが「自分の組織の正義(KPI)」に忠実に従って行動しているだけなのです。
*国民が受ける利益、つまり国益に対するKPIがなかったので、高市政権の「骨太の方針2026」ではKPI(目標)を設け、結果の検証も行うことになります。
日銀は通貨防衛と正常化のために利上げを示唆し、財務省は財政を絞りたがり、メディアは「物価高で国民が悲鳴」と報じ、野党は「政権の経済失敗だ」と追及する。
個々のプレイヤーが自分の正義を100%全うした結果、全体として「国民の6割超が支持する成長戦略のブレーキを踏み外す」という、奇妙で巨大なバグ(足引っ張り構図)が発生してしまう。
これこそが、私たちが直面している「構造的な不都合な真実」なのです。
*総選挙の各党公約はチームみらい以外はほとんど食品消費税減税推進だったのが、今となってはこぞって反対。一体野党はどこを見ているのか?国民の手取りを増やすことには興味を失った?
4. 1.25%へのカウントダウンと、私たちが払うコスト
日銀は7月末の会合で一旦の据え置きを選択する見通しですが、市場の8割以上は「年内の1.25%への追加利上げ」を織り込み始めています。
中には「年内2回、3回の連続利上げだ」と鼻息を荒くするタカ派の声すら聞こえてきます。
もし、急ピッチな利上げが現実化した場合、私たちの生活や日本経済にはどのような副作用が及ぶのでしょうか。
現在、政策金利は1.0%という31年ぶりの水準にあります。これだけでも、すでに日本の中小企業の約半数が「借入コストの増加によって設備投資をためらっている」というアンケート結果が出ています。
これが1.25%、あるいは1.5%へと引き上げられれば、住宅ローンの変動金利の上昇や、新興企業の資金調達難という形で、じわじわと実体経済を締め付けていきます。
*日本の住宅ローン残高は230兆円超、金利が0.25%上がると住宅ローンを抱えている債務者は合計で年間5800億円ほど利払が増えます。実質増税です。同時に銀行は日銀当座預金に預けておくだけで1兆3000億円ほど受取利息が増えます。併せて2兆円弱の増収です。
「輸入インフレ(外圧)」を抑えるために「国内の金利(ブレーキ)」を強く踏み込んだ結果、本当に冷え込んでしまうのは、ようやく芽生えた日本経済の「自律的な成長力」かもしれないのです。
海外から吹く地政学の暴風に対し、家の中の暖房を消して寒さに耐えるような政策が、果たして本当に望ましい姿なのでしょうか。
結びに:この構造的矛盾の中で、私たちはどう思考すべきか
私たちはニュースを見るとき、どうしても「政府vs日銀」「与党vs野党」といった、分かりやすい対立構図で物事を捉えがちです。
しかし、一歩引いて全体を俯瞰したときに見えてくるのは、複雑な地政学リスクの波と、それぞれの正義で動く組織のインセンティブが絡み合った、ひとつの大きな「構造の歪み」です。
1ドル163円という円安も、6月の1.6%というCPIの数字も、単なる表面的な事象に過ぎません。
大切なのは、「誰が悪いか」という単純な犯人探しに終始することではなく、それぞれの組織がどのようなインセンティブで動き、どのようなレバー(小麦の算定ルールや政策金利など)を持っているのかを正しく見極めることです。
朝のカフェで飲むコーヒーの値上げにため息をつくとき。
その一杯の価格の向こう側には、中東の風、農水省の制度設計、そして日銀と財務省の密かな葛藤が地続きで繋がっています。
さて、この歪んだ構造と、思惑がすれ違う意思決定システムの中で、私たちはこれからどのような未来を選択し、どのような声を上げていくべきでしょうか?
いつものモーニングを食べ終えたあと、そんなことを少しだけ深く考えてみたくなるのです。
追記:私は選挙の結果が民意だと思いますが、日本ではそうではないようです。究極的には多数決で決めるのが民主主義だと信じていますが、それも違うようです。これは民衆主義? 民習主義?
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