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【私が一生忘れられない二つの風景】#エッセイ


誰にでも一生忘れられない風景って一つはありますよね。


私には絶対忘れられない風景が二つあるんです。

プロフィールにも書いてますが、
私は阪神淡路大震災で被災してやんごとなき事情と色んなタイミングも重なり福岡県に移住してきました。

あまっ子純情アカウントプロフィールより


移住してからは仕事も色々転々として、
(何しても長続きしなかった💦)

3回目の仕事に変わった頃には、
心身共に憔悴し疲弊してしまっていて、
うつ病一歩手前だったような気がします。


今考えるとまだ幼い子供を抱え私を信じてついてきてくれた嫁さんと大切な家族を守る為に頑張らなければと色々と無理してきたからだろうなとは思います(泣)

その3回目の仕事というのが仕出し弁当の配達でした。


初めの頃は簡単なルート配送で決まった所を毎日配達する仕事でした。


うつ病一歩手前の私は会社の人と積極的に打ち解ける気もなく、
日々の仕事を淡々とこなすだけというそんな毎日でした。


そして、1年位経った頃に、、、


真面目に仕事をこなす人と思われてた事と、
慣れてきたという事もあり配送コースを変更されてしまいました。

団体旅行のお客様への仕出し弁当配達です。

だから毎日違う所に行って、違うお客様に、違う時間に配達するという変化はあるけど
遅れたり出来ない、緊張しなければならない
仕事内容でした。


今迄のように淡々と仕事こなす心のリハビリしているような楽な感じが全く無くなり、


毎日緊張して仕事しなければならなくなってしまい、うつ病間際の私にはかなりキツくなるような毎日に、、💦


「また辞めてしまうのか❓️」と不安を抱えながら何とか一日をやり過ごす日々が続いていました、、、


そんなある日の事です。


その日は修学旅行の350人の団体のお客様に弁当配達するという仕事の担当になってました。

場所は長崎県島原港フェリー乗り場。
時間は12時30分。



福岡県から高速道路に乗っても2時間半は掛かります。

しかも修学旅行の団体だからフェリーに乗る時間に間に合うように行かなければなりません。


絶対に遅れられない間違われない「緊張の極致」のような仕事です。

もしかしたら、うつ病完全発症するかも知れない危険な仕事内容です(笑)
(今だから笑い話に出来るけどその頃は苦しいのみでした)

弁当の数を何回も確認し、緊張しまくりながら配達時間の4時間前には会社を出発しました。
(何事もなく無事仕事が終わる事だけを願いなから、、)


そして高速道路を無事に降りて、
目的の島原港フェリー乗り場に向かう下道を快調にトラック走らせ(時間的には1時間以上余裕のあるペースで)ていた、


その時でした❗️



突然、その景色が現れたのは。

長崎雲仙普賢岳です。


「あ、大火砕流が起きて何回もテレビで見たあの山や」とすぐさま気付きました。


噴火して大きな被害を出した雲仙普賢岳の大火砕流。


私はハザードを点けて、路肩にトラックを停めてその景色を眺めました。


圧倒的でした。

私に迫ってくるような凄い迫力でした。

目の前にした本物の長崎雲仙普賢岳は。



そして眺めている内に、自分でもびっくりすることが起きたんです。


感動して涙が溢れて止まらなくなってしまい、子供のように声をあげて泣いてしまってたんです(泣)。



そしてその涙が止まる頃には、、、


私の心に阪神淡路大震災を経験して福岡に移住して来てから今迄ずっ〜と淀んだ澱のように重く固まってしまっていた塊のような物がゆっくりと溶けて無くなり軽くなった気がしたんです。


自然の持つ圧倒的な力強さは、、、


人間のちっぽけな悩みや苦しみを軽く凌駕して心に染み入り溶かして、、、


そして最後には癒やしまで与えてくれるという事を初めて知りました。


勿論、大火砕流で被害に遭われた方々にとって雲仙普賢岳は見るのも辛い風景だとは思いますが、、、

被害遭われた方々に先に謝罪させて頂き、
不謹慎だと承知の上で言わせ下さい。


雲仙普賢岳が持つ自然の圧倒的な力が、


「阪神淡路大震災」という自然の圧倒的な力によって言葉を失うほどの凄まじい体験をしたあの時以来、、


ずっ〜と、目を背けていたけど、心の奥底で燻ぶり続けていた哀しみや苦しみから私を解放してくれたんです(泣)。


今、再訪して雲仙普賢岳を見てもたぶん涙を流すことはもう無いと思います。

あの時、あのタイミングで、
心が壊れる限界で圧倒的な自然の風景を見たからだと、今ならはっきりわかります。

もし、そんな心の状態の方がこの記事読んでいる中にいらっしゃるなら、、、


旅行に出て絶景と呼ばれるような自然の風景を見に行くことをお勧めします。


人間として生きている限り何か心を動かされる物があるはずです。


人は自然とずっ〜と共生してきて、
時には理不尽なしっぺ返しをされながらも
共生し続けていく生物なのだから、、、



これが私の一生忘れられない風景の一つ目です。



もつ一つの風景は、、、、

阪神淡路大震災直後に見た風景です。


私は阪神淡路大震災に被災したと言いましたが、その悲惨な被害受けた建物やニュース映像で流れた高速道路が倒れてるようなショッキングな風景ではありません。



それは、、、、、、


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