魚鱗癬と歩んだ家族の物語①〜母はなぜ手を隠したのか〜
まず母についてお話ししたいと思います。
私が小さい頃、小学1年生のはじめくらいまでは、母や兄の肌について特に何も思っていませんでした。
気にならなかったのか、それとも幼かった私には違いが分からなかったのかもしれません。
そんな私が初めて「ん?」と疑問に感じた出来事を覚えています。
幼稚園くらいの頃だったと思います。
母と買い物へ行き、外でお昼ご飯を食べた後のことでした。
会計をしている時、店員さんが母の手を見てこう言いました。
「うわぁ〜、手がすごい荒れてますね」
その瞬間、母は慌てるように手を隠しました。
私はその様子を今でも覚えています。

帰り道だったのか、その後だったのかは覚えていませんが、私は母に聞きました。
「アレテルって何?」
すると母は、
「なんでもない」
そう答えました。
当時の私は意味も分からず、それ以上は聞きませんでした。
現在、私は43歳です。
今振り返ると、母の世代には
「人と違うことは隠す」
「恥ずかしいことは見せない」
という考え方が強かったように思います。
実際、この皮膚が何なのかを母自身もよく分かっていなかったようです。
自分たちが魚鱗癬だと分かったのは、私が皮膚科へ通い始めた平成26年頃でした。
それまでは私も母も兄も、
「アトピーなんだろう」と思い込んでいました。
当時は肌の事と言ったらアトピー!って感じでした。学年に1人.2人いたのを覚えています。
アトピーじゃないにしても全部何か違えば、全部アトピーとひとくくりにしてた気がします。
子どもながらに、私は少しずつ感じるようになりました。
母は肌のことを話されたくないんだ。
触れられたくないんだ。
そう思うようになったのです。
小学2年生くらいだったかな?
自分の肌も周りと違うと思い始めたので、一度だけどうしても気になって聞いたことがあります。
「なんで僕の手はみんなと違うの?」
すると母は少し困ったように、
「そんなこと言わんと」
そう返しました。
その時の母の表情は、今でも何となく覚えています。

きっと母は、この肌のことでたくさん嫌な思いをしてきたんだろう。
子どもながらにそう感じました。
それから私は、この肌について聞くことをやめました。
聞いてはいけないことなんだと思ったのです。
私の中の母は、この肌について
・触れられたくない
・隠しておきたい
・聞かれたくない
・話したくない
そんな印象でした。
ただ、その頃の私はまだ知りませんでした。
母が長年抱えてきた苦しみを。
そして、その皮膚が後に私自身、そして娘の人生にも深く関わってくることを。
次回は
わたしから見た兄の姿です。
