魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑦〜社会に出て気付いたこと〜
前回の記事でも書きましたが、中学生くらいから友達はしっかり選ぶようになりました。
人を傷つける人。
相手の気持ちを考えない人。
そういう人とは距離を置くようにしていました。
逆に、自分が尊敬できる人や、一緒にいて楽しい
と思える人と関わるようにしていました。
そうしているうちに、不思議と周りには私の肌のことをからかったり、嫌なことを言ったりする人はいなくなりました。
部活中は相変わらず肌を見られたくありませんでした。
中学生の頃も。
高校生になってからも。
できるだけ手を隠すようなことをしていました。
でも、不思議なことに部活の仲間から肌のことで何か言われた記憶はほとんどありません。
友達に恵まれていたのだと思います。
高校生になるとアルバイトも始めました。
働いていたのは飲食店でした。
当然ですが、お皿洗いもしなければなりません。
魚鱗癬の私にとって、水仕事は少し厄介でした。
長時間水を扱うと手が白くなってしまうのです。
ある日、何気なく、
「水を扱いすぎると手が白くなってしまうんです」
と話したことがありました。
すると社員のおばちゃんが、
「それ、面接の時に言った?」
と聞いてきました。
その瞬間、
「あっ、やばい」
と思いました。
こういうことはあまり言わない方が良かったのかな。
そう感じました。
でも、その後に続いた言葉は違いました。
「ナイロン手袋つけながら洗ったらいいよ」
そう教えてくれたのです。
私は正直びっくりしました。
濡れずに皿洗いができるんだ。
そんなことも知らなかったのです(笑)

今思えば、おばちゃんは心配してくれていたのでしょう。
本当にありがたかったです。
以前、『俺の生き様シリーズ』でも書きましたが、
私は部活を途中で抜けてアルバイトへ向かっていました。
真夏の体育館で大量の汗をかく。
すると水に濡れた時と同じように手が白くなります。
バイト先へ行くまでに乾くだろうと思っていました。
でも真夏はなかなか乾きません。
だから手が落ち着くまでは、できるだけ厨房で作業をしていました。
今からご飯を食べるお客さんに、
こんな手を見せたら不快に思うかもしれない。
そんなことを考えていました。
今振り返ると、小学生の頃に比べてずいぶん対処できるようになっていました。
隠し方。
付き合い方。
工夫の仕方。
少しずつ覚えていったのだと思います。
だから、自分自身が気にすることはあっても、人から何か言われることは少なくなっていました。
どう思われていたかは分かりませんけどね(笑)
社会人になってからも同じでした。
意外と水を使わない仕事でも、夏になると汗で白くなってしまいます。
魚鱗癬とはそういうものなのだと思います。
もちろん社会に出てからも、時々心ないことを言う人はいました。
不快そうな目で見る人もいました。
でも昔とは違いました。
少しイラッとはします。
でも傷つくというより、
「大人になってもそんな風に思うったい」
「気持ち悪っ」
そう思うようになっていました。

小学生の頃は傷ついていました。
中学生の頃は隠していました。
高校生になると対処する方法を
覚えました。
そして社会に出る頃には、
自分がおかしいのではない。
相手が勝手に思ってるだけ
そう思えるようになっていました。
そんな中で、ふと考えることがありました。
もし結婚して子供ができたら。
その子も同じ思いをするのだろうか。
そんなことを考えるようになっていました。
次回は、
私が初めて「魚鱗癬」という病名を知った時のこと。
そして皮膚科へ行くきっかけについて書きたいと思います。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました🙇
