魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑥〜隠し続けた手と、自分で選んだ友達〜
小学6年生くらいから、よく言われる言葉がありました。
「お前の手って、おじいちゃんみたいよね」
です。
中学生になっても。
高校生になっても。
同じようなことを言われた記憶があります。
正直、
「まぁ、確かにそう見えるよな」
と思う部分もありました。
特にクリームを塗り忘れた日などは、乾燥がひどくなります。
そういう時によく言われていました。

小学生高学年くらいからこんな感じです
これみたら確かにおじいちゃんみたいとは
言われますよね 笑

見た目がだいぶ変わります
私の場合、乾燥すると余計に目立つので、何度も手を洗いに行っていました。
洗うというより、水につけると言った方が正しいかもしれません。
水につけると少しだけ手の状態が良くなるのです。
悪気なく言う同級生もいました。
そういう時はまだ良いのです。
でも、中には違いました。
わざと傷つけようとして言う人もいました。
そういう時は本当に腹が立ちました。
どこの学校にもいるんですよね。
そういう人。
中学生になると自転車通学が始まりました。
小学生の頃は学校まで40分近く歩いていました。
だから自転車通学は本当に楽でした。
しかし、新たな問題もありました。
雨の日です。
特に梅雨の時期は嫌でした。
当時は傘を差しながら自転車で通学するのが当たり前でした。
カッパを着ている人の方が少なかったように思います。
するとハンドルを握る手が濡れてしまいます。
学校へ着く頃には手が白くなっていました。
タオルを巻いたり。
いろいろ工夫もしました。
でも片手運転になるので上手くいきません。
結局、手は白くなってしまうのです。

今思えばニトリル手袋のようなものを使えば良かったのかもしれません。
ただ、蒸れて結局白くなったかもしれませんね(笑)
プールも相変わらずでした。
前回の記事でも書いたように、プールの後は手が白くなります。
今なら、
「無理して入らなくてもいいんじゃない?」
と思います。
でも当時はそういう考えはありませんでした。
見学する人なんてほとんどいませんでしたから。
そして意外だったのは部活でした。
私はバスケットボール部でした。
水を使うわけではありません。
だから大丈夫だと思っていました。
しかし、そうではありませんでした。
真夏の体育館。
大量の汗。
自分の汗で手が白くなるのです。
これには驚きました。
本当に嫌でした。
でも、
バスケが好きすぎました(笑)
だから辞めようとは思いませんでした。
スリーメンやファイブメンの待ち時間になると、手を後ろに回していました。
少しでも見られないように。
隠しているつもりでした。
今思えば全然隠せていなかったと思います(笑)

以前の記事にも書きましたが、私は兄のようにはなりたくないと強く思っていました。
だから人との付き合い方には気を付けていました。
自分が思う
「ちゃんとした人」
と仲良くする。
そういう友達をたくさん作るようにしていました。
逆に、人を傷つけるようなことを平気で言う人とは距離を置いていました。
心にもないことを言う人。
誰かを見下す人。
そういう人とはその瞬間に関わらなくなりました。
魚鱗癬によって嫌な思いはたくさんしました。
手を隠したこともありました。
人の視線が気になったこともありました。
でも、その経験があったからこそ、人を見る目も少しずつ養われたのかもしれません。
自分を傷つける人とは関わらない。
自分が尊敬できる人と付き合う。
それは今でも変わらない私の考え方です。
次回は、
高校時代。
アルバイト時代。
そして社会人になってから経験したことについて書きたいと思います。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました🙇
