【日本美術史✖️サブカルチャー】シャアは阿修羅だった!?その驚くべき真相に迫る
※本稿は歴史の再定義ではなく、1300年前の仏師が仏像に込めた『人間の重み』を、現代の表現者である富野由悠季の視点から照らし直そうとする試みである。
日本美術史の修士として、一見関係のなさそうな『仏像様式』と『現代アニメ』の根底に流れる共通項を、学術的な知見と独自の感性で結びつけた渾身の記事です。是非お楽しみください。
日本美術史と富野由悠季が描く「大人」への通過儀礼
はじめに.仏像の「肉感」が問いかけるもの
日本美術史において、仏像の様式(スタイル)の変遷を辿ることは、そのまま日本人の「心」の成熟を追うことと同義であると私は考える。飛鳥時代の峻厳な神性から、奈良時代の童顔童形、平安時代の優雅な超越、そして鎌倉時代の圧倒的なリアリズムへ。その変遷の中で、私たちが最も心を揺さぶられるのは、仏像が「肉感的」な実在感を帯びる瞬間である。
この「肉感」とは何か?
それは単なる造形技術の向上ではない。
アニメーション監督・富野由悠季がその初期作風(いわゆる「黒富野」)において描き続けた「少年が大人へと変質する際の痛み」と、仏像の様式変化は驚くほど共鳴しているのではないかと思い至った。
本稿では、仏像の様式変遷と富野作品の作風変遷を重ね合わせ、日本人がいかにして「人間」を発見し、「大人」という残酷なステージへと移行してきたのかを深く考察したい。
1.飛鳥仏の「流麗さ」・白鳳仏の「無垢さ」。そして、富野以前の正義
日本の仏教黎明期、飛鳥時代の仏像(法隆寺金堂釈迦三尊像など)

出典:ウィキメディア・コモンズより
は、左右対称の幾何学的な構成を持ち、その表情には「アルカイック・スマイル(古拙の微笑)」を湛えている。身体は平板で、衣紋は定型的でカクカクとした硬さを感じる。そこにはまだ「生身の人間」の体温は希薄である。
また、時代を下った白鳳仏は童顔童形で子どものあどけなさが魅力的に表現されており、これは富野以前の、あるいは初期の勧善懲悪なヒーロー像に重なる。正義は絶対であり、敵はただ倒されるべき悪である。
「不自由なく、ただ正しいと信じて戦っている」状態だ。
そこにはまだ、後悔による「肉感的」な痛みも、自分の加害性を自覚する大人の苦みも伴わない。
天上の理想をそのまま形にしたような無垢な神性の時代である。この時代の仏像がどこか冷たく、しかし崇高に見えるのは、彼らがまだ「地上の重力(業)」を知らないからに他ならない。
白鳳時代の代表的作品が法隆寺の銅像の観音菩薩立像である。当仏像は夢違観音として著名である。見て分かるとおり、飛鳥仏の流麗さとは異なり、柔らかな表情をたたえ、童子のようなあどけなさを感じさせるデザインとなっている。また、衣紋は流麗な弧線を表している。
飛鳥時代の仏像とは異なり、冷たさはなくなり、人間の無垢性と温かみが表現されている。

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