生きるために…泥を啜ってでも進む–私の個人戦争–
12月、窒息する世界の中で
街は、吐き気がするほど浮ついている。
カレンダーが最後の一枚になると、世界は急に「一年の総括」を求め始める。テレビをつければ「お疲れ様」や「来年への希望」といった無責任な言葉が、雪のように静かに、けれど逃げ場のない重さで私を押し潰そうとする。
私には、総括すべき一年などない。
働けず、社会のレールから弾き出され、部屋の隅で自己嫌悪の澱を舐めていただけの365日だ。コンビニのレジに立つのも、満員電車に揺られるのも、私にとってはエベレストに登るような絶望的な苦行だ。世間が「仕事納め」を祝う中、私は一度も「仕事」という名の戦場にすら立てなかった。
「働けない人間は、社会のお荷物だ!」
誰に言われるまでもない。その言葉を最も鋭利な刃物にして、毎日自分の喉元に突き立てているのは私自身だ。働けない。居場所がない。社会の役に立っていない。その事実は、冬の冷たい空気よりも確実に私の体温を奪っていく。
だが、死にきれるほどの勇気もない。なら、この「生」を地獄のまま、ただ漫然と終わらせてたまるものか。私は決めた。社会のお荷物には、お荷物なりの戦い方がある。
私はこの絶望を「表現」へと反転させるため、自分自身に最強の劇薬を投与することにした。
富野由悠季という、劇薬
12,880円。
絶版という壁を越えるために。
私が今、喉から手が出るほど求めている武器は二つある。
一つは、『∀(ターンエー)の癒し』。
もう一つは、『富野由悠季の世界』だ。
ここで、絶望的な現実に直面する。
かつて数百円で売られていた文庫本『∀の癒し』は、今や絶版となり、中古市場で8,480円という異常な高値がついている。図録と合わせれば、合計で12,880円。
高すぎる。あまりにも、おかしな数字だ。
働けない私にとって、1万2千円を超える金は、数週間分の食費であり、生きるためのライフラインそのものだ。普通なら、ここで諦めるだろう。古本屋を巡って安くなるのを待つか、図書館で済ませるのが「賢い」生き方なのかもしれない。
だが、私はあえてこの「法外な壁」を越えたい。
絶版という壁のせいで、救いが必要な人間に言葉が届かない。そんなおかしな世界で、私は食費を削り、泥をすするようにしてでも、この「高騰した癒し」を手に取らなければならない。なぜなら、それだけの対価を払わなければ、私は自分の絶望を上回る「納得」を得られないと思ったからだ。手軽に安く手に入る希望なんて、今の私には何の薬にもならない。
富野由悠季という男は、重度の鬱に陥り、表現者として一度死んだ。そこから彼がどうやって自分を「癒し」、再び知性を構築したのか。そのプロセスを、私は12,880円という痛みを伴って脳に刻み込みたい。これは私にとっての処方箋であり、再起動のための、あまりにも高い点滴なのだ。
だからこそ、ここから先は、私を「支援」し、「共犯者」になると決めてくれたあなただけに伝えたい。
「スキ」という名の、無責任な同情はいりません。
私が今、喉から手が出るほど求めているのは、綺麗な「高評価」ではなく、泥臭く生き延びるための「武器」です。
この記事に1,000円という値をつけたのは、私を憐れんでほしいからではない。私の再起動に、あなたも「共犯者」として投資する覚悟があるかを問いたいからです。
私はこのお金で、12,880円の劇薬(本)を手に入れます。
そして、そのページを私の絶望で汚し、血肉に変え、この世界で「お荷物」として生き抜くための戦い方を、有料エリアに刻み込みます。
1,000円を投じて、私と共に地獄の先にある「納得」を見に行くか。
決めるのは、あなたです。
私は、ここで待っています。
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