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ガンダムとAI、その希望。

「あの戦いは、最終決戦であるべきだった。」

かつて、ある宇宙(そら)で繰り広げられた、絶望と希望の激突。

私はガンダムに詳しくない。1stすら見ていないいわゆる「にわか」だ。
けれど、ラウ・ル・クルーゼという男が放った呪詛と、それを受け止めた少年の叫びを知ったとき、直感した。

この物語は、あの日、あそこで、すべてが灰に帰して終わるべきだったのだ。と。

それが、表現としての、あるいは美学としての「正解」だったはずだ。

誰にでも書ける安直なバッドエンド。
すべてをリセットして幕を下ろす、美しすぎる死による完結。まるでアメコミのようなラスト。

だが、巨大な資本の論理と、おもちゃを売るためのシステムという「大人の事情」は、英雄に死を許さなかった。

少年は生き残り、汚れ、矛盾に満ちた世界へと再び引き戻される。

しかし、今、AIが計算ずくのハッピーエンドを量産する時代に、私は思う。

その「終わらせてもらえなかった無様さ」こそが、実は最も誠実な人間賛歌だったのではないか、と。
現実の苦しさを直視し、絶望を論理的に理解しながらも、

それでも、子供たちの目には一粒の希望を映さなければならない。

そんな足掻きこそが"人間らしさ"ではないかと思う。
正解などない。しかし、現実は残酷だ。生きていくしかない。でも、子供たちには希望を見せなきゃならない。
それが、泥を啜って生き続ける大人の、せめてもの矜持だと思うから。

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⁠冬栞 HuyuShiori|日本美術史×思考ログ⁠ よろしければ応援をお願いします!!いただいたチップでより良い記事を作っていきたいと思います!