庭の会議、本日も開催——あるいは、キングが支配する緑の王国の記録——
第一章 招集
招集したのは、ドクダミだった。
いつものことだ。この庭では、ドクダミが招集する。ドクダミが仕切る。ドクダミが締める。誰も文句を言わない。言えない。地下茎がこの庭の地下全域に張り巡らされているのを、全員知っているから。
「本日の議題」とドクダミは言った。白い花びらを揺らしながら、どこか芳しい、独特の香りとともに。「そらまめっこ77さんの発言についてです」
全員がざわついた。
スギナが細い葉を揺らした。スギナは古参だ。恐竜時代から生き延びてきたという自負がある。「あの発言ね」スギナは薄く笑った。「『雑草って誰が決めたの? 緑は緑じゃないか』、でしょ」
「そう」とドクダミは言った。「あの発言について、全員の意見を聞きたい」
タンポポが元気よく手を挙げた。タンポポはいつも明るい。綿毛を風に飛ばして毎年版図を広げているくせに、なぜかいつも無邪気な顔をしている。「私、嬉しかったです! ようやくわかってもらえたって」
「本当に?」とオニアザミが低い声で言った。トゲだらけの、近寄りがたいやつだ。触れるものすべてを傷つける。しかし発言は、いつも的確だ。「お前、去年抜かれたじゃないか」
「……でも、今年また生えました」
「それは抜かれた話をしてるんだよ」
タンポポが黙った。
チガヤが、ずっと黙っていた。チガヤは寡黙だ。根が深く、強く、地面にがっしりとしがみついている。抜こうとすると必ず途中で切れる。それを知っているから、どこか泰然としている。発言は少ないが、存在感がある。
牧草が、きょろきょろしていた。牧草はこの庭の出身ではない。どこかから種が飛んできて、気づいたら生えていた。出自が不明なため、会議ではいつも少し居心地が悪そうにしている。「あの……そもそも私、この会議に参加していいんですかね」
「生えてるんだから参加しろ」とドクダミが言った。
牧草は黙って座り直した。
第二章 哲学の例外
ドクダミが、改めて全員を見渡した。「整理しましょう。そらまめっこさんは言った。『雑草って誰が決めたの?』と。これは、我々にとって追い風です。この発言が続く限り、我々は抜かれない。庭を支配できる。特に——」
ドクダミは、地下茎をぴくりと動かした。
「——私が」
「正直ね」とスギナが苦笑した。
「正直に生きてきた。だから3000年生き延びた」
オニアザミが腕を組んだ。「でも聞いたか。あいつ、先週ホームセンター行ったぞ。除草剤コーナーで30分いた」
静寂。
タンポポの綿毛が、はらりと落ちた。
「……買ったか」とチガヤが、初めて口を開いた。
「買わなかった」
どよめき。安堵のどよめき。
「なんで」
「『高いな』って言って、棚に戻した」とオニアザミが少し間を置いて言った。
全員が、顔を見合わせた。
「……好都合」とドクダミが静かに目を閉じた。
「都合よく使われてるわね、その哲学」とスギナが笑った。
「哲学じゃなくてケチなのよ」とタンポポが言った。
「どっちでもいい」とドクダミは言った。「我々が抜かれなければ」
ドクダミが、静かに言った。「ところで……オニアザミ」
オニアザミが、顔を上げた。
「お前、去年いなかったな」
沈黙。
「一昨年も」
さらなる沈黙。
オニアザミは、トゲを静かに揺らした。「……スコップで、やられた」
全員が息を呑んだ。
「根から?」
「根から」
チガヤが、思わず自分の根を確認した。
「『緑は緑じゃないか』は」とタンポポが恐る恐る聞いた。
「関係なかった」とオニアザミは静かに言った。「あいつ、私を見た瞬間に目が変わる。哲学が消える。スコップを持ってくる。親の仇みたいに掘る」
「なんで」
「トゲだと思う」
ドクダミが、腕を組んだ。「……つまり、哲学には例外がある」
「ある」
「トゲがあると、例外になる」
「なる」
スギナが、細い葉を揺らしながら言った。「教訓ね。そらまめっこ77の優しさには、条件がある。刺さなければ、生きられる」
全員が、オニアザミを見た。
オニアザミは、トゲだらけのまま、静かに言った。
「……わかってる。でも、トゲをなくしたら俺じゃない」
誰も、何も言えなかった。
「……立派だ」とドクダミだけが、静かに目を閉じて言った。
第三章 攻防の記録
スギナが、ふと聞いた。「そういえば、防草シートの話、覚えてる?」
庭の古参たちが、遠い目をした。
あれは、激しい時代だった。そらまめっこ77が、まだ戦意を持っていた頃の話だ。除草剤は使わない主義——それは今も変わらない。しかし抵抗は、した。確かに、した。
最初は鎌だった。地上部を丁寧に刈った。
ドクダミは、地下で笑っていた。
次に熱湯だった。根に直接、やかんで。
「あれは効いた」とドクダミは静かに言った。「正直、少し焦った」
「でも蘇った」とスギナが言った。
「蘇った」
最後に防草シートが張られた。黒い、分厚いやつだ。光を遮断して、雑草を窒息させる作戦。庭一面に張られた日、地下では緊張が走った。チガヤが根を固めた。スギナが深く潜った。タンポポだけが、シートの隙間を探して綿毛を飛ばし続けた。
そして、三ヶ月後。
シートの端から、白い花が顔を出した。
ドクダミだった。
「……どうやって」と牧草が聞いた。
「根が、シートの下を通った」とドクダミは静かに言った。「光がなくても、進める。それが私だ」
全員が、沈黙した。
「……化け物か」とオニアザミだけが、低く言った。
「雑草だ」とドクダミは言った。「誰が決めたかは知らないが」
第四章 庭から去った者
その攻防が、何年か続いた。
そして、そらまめっこ77は庭から去った。
疲れたのだ。人間が、先に疲れた。
今では庭に出ることもない。窓から緑を見て、「まあいっか」と言う。「緑は緑じゃないか」と言う。
ドクダミが、静かに窓の方を見た。
「……感謝している」とドクダミは言った。
「誰に」とスギナが聞いた。
「戦いに疲れてくれた、そらまめっこさんに」
タンポポが、綿毛をふわりと飛ばした。来年の版図を、もう考えていた。
チガヤは黙って根を張り続けた。牧草はまだ自分の立場がよくわかっていなかった。スギナは地下で静かに微笑んだ。
オニアザミだけが、スコップの気配を思い出して、静かにトゲを立てた。
牧草が、おそるおそる手を挙げた。「あの……『緑は緑じゃないか』って言ってくれてるのは嬉しいんですけど……私、牧草なんで、雑草かどうかも微妙で……」
「生えてるんだから雑草だ」とドクダミが言った。
「それ、誰が決めたんですか」
ドクダミが、初めて黙った。
オニアザミが、珍しく笑った。トゲが揺れた。
チガヤが、また黙った。
スギナが、細い葉を揺らしながら言った。「まあ、今年も抜かれなさそうね」
「ええ」とドクダミは言った。地下茎が、庭の隅まで、静かに伸びていった。「そらまめっこさんが哲学を持っている限り、この庭は我々のものです」
タンポポが、綿毛を風に飛ばした。
来年の版図を、もう考えていた。
そらまめっこ77の庭は、今日も緑である。
誰が決めたわけでもなく、ただ、緑である。
ドクダミは、今日も地下を進んでいる。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、Canva月1180円か、Claude月3500円の課金代金の一部に、ありがたく使わせていただきます🌅🐘