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自称サイコパスによるサイコパス論。「思ったよりマシだが思ったよりヤバい」

僕はサイコパスだ(自称)。

自称サイコパスがサイコパスだったためしがないとは思うのだが、自覚してない人よりマシだと思うことにしている。

そもそも自慢じゃない。イキってるわけでもなく、困っているのだ。

サイコパスというのは何かと大変だ。
たとえば学校の国語の点数は悪かった。「筆者の考え」はまだマシだが、「登場人物の気持ち」などわかる由もない。

この記事では、僕の経験に基づいてサイコパスの現実について述べようと思う。僕のサイコパス以外の要素が絡むため、一概には言えないということをあらかじめ述べておく。

共感性は欠如しているが、共感できる。

ICD-11において反社会性の中核的特徴は、

  • 共感性の欠如

  • 他者への無関心

  • 社会規範からの逸脱

だ。

共感性の欠如、また他者への無関心はよく言われることだ。

勿論、それは正しく、僕も周囲に対して特に興味はない。それが恋愛対象であっても変わらないので不思議なものだ。

しかし、共感できないわけではない。共感できるというと語弊があるが、共感しているふりはできるのだ。

要するに、経験則的に相手が何を考え何をしようとしているかは概ねわかってくるのだ。

ので、サイコパスであっても、必要な時には相手の意思をくみ取ることができるのだ。完ぺきとは言えなくてもだ。

多少しんどいが、慣れると大丈夫になってくる。

自己中の極み

これも、誤魔化せる要素である。

先ほどの3つのうち最後の一つ、社会規範からの逸脱だ。

勘違いしないでほしいのは、サイコパスが意味もなく違法行為をすることはあまりないということだ。

なぜなら、法律に反することというのは概ね自分の利益にならないからだ。犯罪が発覚すれば捕まるか、逃亡生活を送るか。ほぼ確実に、犯罪をしないより損だ。

では、なぜ社会規範からの逸脱が特徴のひとつとして挙げられるのか。

それは、目的があれば手段を選ばないからだ。

上に貼ったサイトによれば、反社会性の具体的な表現形は以下のようなものだ。

  • 他者の権利や感情の無視

  • 操作的な対人関係

  • 誠実さや責任感の欠如

  • 攻撃性や敵意の表出

  • 自己中心的な態度や行動

要するに、必要があれば相手を操作し攻撃することに、罪悪感や後悔を感じず、衝動的にそうすることもあるということだ。

もちろん、そういう傾向があるというだけで、完全にそうというわけではない。

情緒不安定

サイコパスというのは、一方的に共感性がないわけでもないし、一方的に冷徹なわけでもなく、一方的に社会規範に反するわけではない。

ただ一つ言えるのはバランスがおかしいということだ。

自分の心に訴えかけられ閾値を超えると感情は簡単に出る。しかし閾値を超えない限り、何も響かないし、何も感じない。

実際、周囲の人が冗談をいったとき、気分的に笑うことを許容し若しくは笑いたいと思っているときは、どんなにしようもない冗談でも大きく笑うことができる。しかし、何も考えていないと、どんなに面白い冗談でも笑うことがない。周りの人が全員笑っていても、自分は笑わない。

だから例えばいきなり大きな音がしたりして、周りの人がビクッとしているのを見ると、不思議な気持ちになる。なぜなら僕の場合、音がした数秒後に、あぁ音がしたなあ、と思うだけなのだ。これに関しては、もはや生物として生存能力が低いのではないかとも思うが、ともかくこういう時にサイコパスを自覚する。

0か100かの調節しかできない、要するに感情のコントロールが下手なのだ。

巷のサイコパス診断へ

これを読んだ皆さんは、自分がサイコパスかどうかを確かめたくなったかもしれない。

しかし、ネットにあふれるサイコパス診断を真に受けるのはお勧めしない。多くの場合、それらにはおおむね科学的根拠がないといっていい。

僕は医学的というよりは現実的な話として、岡田斗司夫の話が気に入っているので気になる方は見てみてほしい。個人的には無料でみれるサイコパスに関するコンテンツの中で一番わかりやすい。

この記事の出典も大きくここにある。

まとめ

サイコパスを自覚するのは大事なことだ。
自覚するだけで、生活上の問題は大きく減ると思っている。

そして、自分がサイコパスかもと思ったとき、落ち込んだり怒ったり否定したくなるかもしれない。

もしそうなったとしたら、おめでとう。あなたはサイコパスではない。

岡田斗司夫の述べていたことで最も共感したのは、この点だ。サイコパスは自分がサイコパスであることに気づいたとき、納得する。サイコパスにとって、サイコパスであることは分類の一つ、多様性の一つでしかない。

そして最も重要なのは、サイコパスという特質が自分にどんな影響を与えるか、それによって何を得られるかということだ。

その人がサイコパスであることと、その人が社会に貢献しているかを切り離して考えるべきだ。

逆に優しければよい人だろうか。一般に、優しいから悪い人というのは成り立たないだろうが、同じことだ。サイコパスだからといって良い人ということには絶対にならないが、必ずしも悪い人ともならない。

時にサイコパスは革命を起こし、進化をもたらす。スティーブ・ジョブズ然り、マーク・ザッカーバーグ然りだ。

そして最後に、上にも書いたが改めて、この記事があらゆる特定の個人に対する中傷ではないことを明記しておく。

以上。

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