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ベランダの手前で、世界とつながる

家の中でいちばん好きな場所

家の中でいちばん好きな場所は、ベランダの前の床。
ベランダそのものではなく、その“手前”にある、わずか数十センチのフローリングだ。

午後の静かな時間や、一日の終わりにそこへ寝転がるのが、最近の習慣になっている。特に何をするでもない。
仰向けになって天井を見上げ、横を向いてベランダの向こうの空を眺めるだけ。
それだけなのに、不思議と心が落ち着く。


“外に出る元気”がなくても

外に出る気力がない日も、ここなら外を感じられる。
ベランダには何も置いていない。コンクリートが剥き出しのまま。

SNSで見るようなグリーンのあるベランダにも憧れるけれど、
今のこの何もない空間が、いまの自分にはちょうどいい。

網戸越しに風が抜けると、光と音と匂いがまじりあう瞬間が訪れる。
その一瞬が、好きだ。


かつては荷物でふさがれていた場所

以前はこの場所に荷物を積み上げ、ブラインドを閉めきっていた。
休日になると「外に出なきゃ」「何かしなきゃ」と焦っていたけれど、
今では、床に寝転がるこの数分がいちばん“自分に戻る時間”になっている。


思考のスイッチをオフにする姿勢

寝転がる姿勢は、思考を静かにしてくれる。
座っているときや立っているときは、どうしても考え事が頭をよぎる。

でも床に体を預けると、スイッチが一度すべてオフになる。
天井のシミや、壁に差し込む光をぼんやり眺めながら、
「何もしないことって、こんなに贅沢なんだ」と思う。

ぼんやりしているうちに、悩みがすっと整理されていたり、
メモに書きたくなる小さな気づきが浮かんだりもする。


同じ場所にいながら、少しずつ変わる景色

ベランダの外の景色は日によってまるで違う。
晴れの日の白い雲、雨の日のしずくの軌跡、夕方のオレンジの光。

その小さな変化を寝転んだまま見ている時間が好きだ。
同じ場所にいながら、少しずつ変わる景色。
そのゆるやかな変化が、いまの自分にちょうどいい。


“整った場所”じゃなくていい

以前は、整ったソファや机の前こそ“お気に入りの場所”だと思っていた。
でも今のいちばんは、何もない床の上。

そこには作業も義務も期待もない。
ただの空間が、こんなにも安心できるとは思わなかった。


生活音がつないでくれる安心

窓の外から聞こえる生活音──
子どもの声、遠くのベル、洗濯物を干す音。

それらを聞いていると、
「ああ、自分もこの街の中でちゃんと生きているんだ」と思える。


静けさの中にある“いま”

お気に入りの場所とは、“静けさを感じられる場所”なのかもしれない。
広くなくていい。おしゃれでなくてもいい。
自分の呼吸が聞こえるだけで、心が整っていく。

寝転んだまま見える空は、窓の縁で切り取られている。
その“限られた景色”が、かえって心地よい。

全部を見なくてもいい。
少しの風と光があれば、それで十分。


おわりに:季節は、ちゃんと進んでいる

どこにも行かなくても、ちゃんと季節は来ている。
床に寝転がりながらそれを感じると、
「今日も、ここでちゃんと生きているんだ」と思える。

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さい(采)  | sai よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!