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働くこと、稼ぐこと、大事なこと

こんにちは。今日は鎌倉市内の古民家での清掃バイトでした。
9時から11時のわずか2時間でしたが、庭の清掃は本当に大変でした💦庭に落ちているゴミ(主に枯葉)を拾うだけでなく、雑草取りも行い(すべて取るように指示されました💧)、しかも庭園のような場所なので、きれいに仕上げなければという意識が強くなり過ぎました…。
そして、この炎天下での作業で、大汗をかきながら行いました。終わったあとはバテバテでした。だからこんなものを食べて回復させたのです。(笑)

かき氷がふわふわでとても美味しい!

さすがに、ここでのバイトはもうないかな(;'∀')体力に自信がある方には良いと思いますが、私はもう遠慮しようと思います。
マンション清掃もなかなか大変でしたが、こちらは炎天下ではないためまだ続けられますし、人々の暮らしのために必要な清掃を行っているという思いや、仕組みについて学べるという考えが生じ始めたため、こちらは継続していきたいです。

でも、働くことって楽なことは一つもないですね。
7月以降、単発バイトやライティング依頼などをやってきましたが、全くストレスフリーというわけにはいきません。ただ、今のところお目にかかった仕事は、どれもなんとかやり遂げることができています(今日のお庭清掃はさすがに難しかったですが…)。
そして、簡単な作業であっても、決して楽に思ってはいけないと思っています。お金をもらうこと=働くことというのが基本ですが、お金を得るためにはそれなりに汗をかき、時間を費やさなければなりません。それに加えて、先日少し話したように「不労所得」という考えもあり、私も一部これを獲得することを目指しています。

簡単ではありませんよ、これも💦黙っていて不労所得が得られるわけもありません。
それには相応の工夫や勉強が必要で、さらに鍛錬と反復が求められます。ただし、少しずつ不労所得を得られるようになれば、自分の生活や精神にゆとりが生まれます。
ですので、稼ぐこと=働くだけでは必ずしもないわけです。もちろん、前述のように、不労所得を得るまでには、働くことと同様の努力が必要になりますが。


働くことは、お金を稼ぐためだけではなくて

働くことは当然ながらお金を得ること、つまり生活するための資金を得ることであるという基本的な考えは不変です。しかし、お金のためだけに働くと、「モチベーション」が上がらない状態になりがちです。
私も退職前にはまさに「モチベーション」に欠けていました。不当な異動後は完全に失意の状態で、これまでの経験をルーチンワークのように、気が乗らない状態でこなしていただけでした。それでも、一定の収入(おそらく世間の同世代よりやや多かったでしょう)を得ることはできていましたが、その状態では「自分が働いている=稼いでいる」という感覚をあまり持てませんでした。
無職になった今は、単発バイトやライティングの依頼でわずかながらも収入を得ており、「2時間で2900円」といった具体的な時間単位で稼ぐ実感を持つことができています。働くこと=稼ぐことという実感が、少しずつ湧いてきています。

今の私は、「物を書くことで人に何かを提供している」「ビラやティッシュを配って、この会社のことをわずかながらでも宣伝できている」「このマンションの清掃を行って、住人にわずかでも役立っている」という実感を多少なりとも持っています。
自分で手を動かし、足を動かして稼いでいるため、仕事が終わった後は結構疲労しています。ただ、この疲労は以前働いていたときの「精神的なくたびれ感」とは異なる「身体的なもの」です。心地よい疲労感とでも言いましょうか。(今日の庭清掃はさすがに疲労がひどいですが💦)
誰かに役立っているという精神的な充足感、そして「こう配ればうまくいく」「こういう文章を書くために調べ、工夫する」「ここをこうやって掃除しよう」といった工夫する楽しさも、それなりに感じています。

こうしてみると、単に稼ぐためだけでなく、それなりに役立てているという実感が私を突き動かしている面もあります。(大げさでしょうか?(;'∀'))今後やっていく予定の、新たなクラウドワークスを通じた「旅行会社の画像選定や文章ファクトチェック」や「動画編集作業」にも、自分が好きなことを仕事にできる喜びと、人に楽しさを提供できるという思いがあります。ただ稼ぐためだけでなく、働くこと自体が喜びである(苦痛ももちろんありますが)ことが、働く上で大切であり、必要だと思います。

働かなくても収入は得られる

働けばそれなりに収入は得られるし、それが必要であるのは事実です。
しかし、働かなくても収入を得る方法もあります。
以前にも書いたように、いわゆる「不労所得」を得ることができれば、それが理想です。そして、それは決して悪いことではないと思います。もちろん、不労所得を得るまでの道のりは険しく、相応の努力が必要ですが、それを達成した後に一定の不労所得を得られれば、労働所得だけではない収入源を持ち、物質的にも精神的にも大きなゆとりが得られます。
これは非常に大切なことです。

仮に不労所得を得られたとしたら、どうでしょうか?労働所得にプラスして不労所得が一定程度あれば、生活にゆとりが生まれ、次に新しいことに挑戦したり、楽しみを増やしたりすることを考えるのではないでしょうか?もちろん、「不労所得だけで生活できれば、もう何もしないよ~!」という選択もあり得ますが、実はそこに大切なことがあります。
収入にゆとりができれば、新たなモチベーションが生まれる可能性が大きく、そして自分の可能性を広げる好機が得られます。私が目指したいのはまさにここです。自分の可能性を小さく終わらせたくはありません。とはいえ、現実も見据えながら、小さな実現可能な目標を設定しつつ、壮大な目標も掲げて、少しずつ実現に向けて歩を進めていきたいと思います。

本当に大切な事、大事な事

稼ぐことについてあれこれ言ってきましたが、本当に大事なのは、稼ぐことそのものではないと思います。むしろ、重要なのは「人生をよりよく生きること」なのだと思います。

このご時世、年金が本当に予定通り支給されるのか、支給年齢が70歳に引き上げられるのか(私は増税などの形で支給額を変えずに年齢引き上げをしない可能性が高いと思いますが)、政府や行政、そしてこの日本社会に自分たちの生活の安定を期待することは難しくなっています。そうであれば、ゆとりある生活を維持し、さらに向上させるためには、自分たちでやっていくしかありません。心ある人たちと力を合わせて、生活の向上と維持を図るしかないのです。
稼ぐことに躍起にならざるを得ないこの世の中で、稼ぐことが労働であろうと不労であろうと重要だと思いますが、最も大事なのは「良い人生を送ること」にあると思います。そのためには、お金が必要になることは確かですが、一方でお金を稼ぐことだけに目が行き過ぎると、ゆとりある人生にはなりにくいのではないかとも思います。

一見矛盾しているようですが、お金以上に大事なのは「自分の人生の真の豊かさ」にあります。お金を貯めることだけでなく、より良い暮らしや人生のために使うことも重要です。そして、お金だけではない価値観も大切です。お金を稼ぐだけでなく、友人や家族との交友、自分が持っている教養や知識の共有とさらなる向上、そして趣味の充実なども大事です。

稼ぐことは大事です。まずはこれがファーストチョイスになるでしょう。しかし、稼ぐことだけに目が行き過ぎて、本当に大事なことを失いたくはありません。稼ぐことと並行して、真に大事なことも大切にしながら、今後の人生を生きることが重要だと思います。

先日のnoteにも書きましたが、独りミーティングを2時間ほど行い、今後やりたいことを挙げてみました。
稼ぐことに加えて、稼ぎ以外のやりたいこともノートに書き出し、この日の独りミーティングは終わりました。
次回の独りミーティングでは、稼ぐことと稼ぎ以外のことを並行して進めるために、優先順位を付け、時間配分を行う予定です。その結果については来週中に書ければと思っています。ぜひご覧くださいませ。

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ではまた!