見出し画像

ようおこしくださった

なんだか…
西の方からコンチキ聞こえてきて、気がついたら高速バスを予約していた。
流れ着いたみやこ。おかえり~と京都タワー。
僕らが旅に出る理由は…大体毎日100個ぐらいあるな。
人生は1本映画を作るようなものだから、ハイライトはなるだけ作っておかなくちゃ。

蝋燭のような佇まいが好き

なんせ10年近く住んでいたものだから、かなりの郷愁に駆られるのである。灼熱の盆地だと身をもって分かっていながらも、飛んで火に入る夏の虫のように、でも確実にワクワクすることは決まっているので「今日もえらい暑いなぁ~」と言いながら降り立った。
とりあえず烏丸付近や、あそこにいけばなんとかなるやろという気持ちでバスに乗り込む。乗り込んだ後に気が付く。あかん、バスより鉾が優先されるゾーンやんかあそこ。
何年も住んでても、身近な行事すぎるので毎回これをやらかしてしまう。
いつもよりのんびりな市バスに揺られて、月鉾がきらーんと見えてきた。

いつ見ても惚れ惚れ

月鉾はなんだかべっぴんさんなのである。
毎年どこの粽にしようかなと悩み、毎度べっぴんさんにやられて月鉾になっている我が家。
動く美術館と言われているほど、豪華絢爛で鮮やか。

この提灯、玄関に欲しい

以前鉾に搭乗させていただいた際に見た、円山応挙作の金地彩色草花図には目を見張った。
何代も何代も受け継がれてきたその意味に心を寄せる。
月のきらめきを背に菊水鉾を目指す。

厳かな風が吹く

歩いていると、保存会の事務所が所々にある。
いろんな事務所を見て回るのもそれぞれの個性が出て好きなのだが、イチオシはこの菊水鉾。
なんだか厳かで好きなのだ。
ぽつりとある事務所。ただし、守るべきものが確かにあるぞと、その場の空気がピリッとする。
昨年通りがかった際に、風も吹いていない蒸し風呂の様であったのに、透き通った白い紙垂が静かに揺れていた。
手招きのようで、目印のような。
京都の街はなんだかヘンテコで、たまに「あ!神様いるな…?」と感じる空気が流れるのである。
なんともいえない雰囲気が本当に日常にあるのである。

そして見えてきた菊水鉾。

狭い路地にどっしりと根を張る
これも玄関に置きたい

予行演習である曳き初めには町内のちびっ子たちがわんさかいて、このお祭りを小さい頃に経験出来るのは大変羨ましいなぁと思う。

どこもかしこも楽しませてくれる

登り鯉がなんとも粋である。
「えんやらや!えんやらや!」と暑い盆地がさらに熱くなるような掛け声が聞こえてきて、心が踊る。
厳かな風格を保ちながら、ろうじ(路地)をゆっくり動く夏の風物詩よ。
観光客や地元の皆様がごった煮になって綱を引っ張る、家も外も関係あらしません。
皆のピカピカの笑顔が眩しい。

これが男の後ろ姿や

祇園祭のよさは、働く男衆のかっこよさも見逃せない。
その浴衣、ぜひグッズ化を…!と心の声が漏れそうになりながら、その仕事を見守る。
その姿にときめいて、今年の粽はここにしよう!と、粽を買うと搭乗券がついてきた。毎回これも驚きながら、ありがたく受け取る。
なんだか贔屓にされた心地。

この紙にもこだわりが

翌日、暑さが優しい朝を狙って搭乗。
これ、毎年やってコンプリートしたいなとオタク心をくすぐられる。

鉾、上から見るか下から見るか
朝の優しい光に照らされる提灯

中は撮影禁止なので、上から見た提灯をば。
夜に提灯が光ると、昼間の姿と打って変わって、なんだか妖怪絵巻に出てきそうな、ぬらっとした鉾が見れる。
ぜひ昼間の姿と夜の姿、両方楽しんで欲しい。

王の風格、長刀鉾

最後に長刀鉾を一目見て、その力強さに圧倒されながら、今年もなんとか無病息災でいれたらいいなぁと思う。
祇園祭というものが、これからもどうかこのまま伝統を守りながら、街と共に在れたらそれはとんでもないことだ。
生きている人間はいつか死がやってくるけど、文化は残り続けるから、そこに価値があるなと思う。

食べることも生きることに欠かせないけれど、文化も私にとっては心の栄養素のようなものだ。
さて、来年はどんな景色が見れるか。

このお話に、皆様ようおこしくださった。

いいなと思ったら応援しよう!