一茶両吟 父玖ノ巻 (89)
【表六句】
夏 松のセミ どこまで鳴いて 昼になる
夏 短い夏の いのち燃やせば
夏 夕立や 樹下石上の 小役人
雑 隠した舌の 乾かぬうちから
秋の月 界隈の なまけ所や 木下闇
秋 ちんちろのぞく 出でし月かも
【裏十二句】
秋 まかり出でたるは この藪の 蟇にて候
恋 醜くありとも 恋は銭なり
恋 雲を吐く 口つきしたり ひきがへる
雑 たらり鏡に 惚れ薬かな
雑 昼がほや ぽつぽと燃える 石ころへ
雑 からめた運も ここでつきたり
夏 蟻の道 雲の峰より つづきけり
夏の月 運べよ餅よ 月の臼より
雑 母馬が 番して呑ます 清水かな
雑 守る尻尾の 苔となるまで
花 なでしこや ままはは木々の 日陰花
秋 匂ひ忘れね 石も背中の
【名残表 十二句】
夏 起き起きの 欲目引つぱる 青田かな
雑 茂ってこいよ 夏はまうすぐ
秋 けさ秋や 瘧のおちた やうな空
雑 名も無きわれに 又の風ふく
秋 うそ寒むや ミミズの唄も 一夜づつ
雑 われ喰いつきて 土にかへらん
雑 稲妻に へなへな橋を 渡りけり
恋 飛び込む先は 蛇の穴かな
恋 蟾どのの 妻やまつらん 子泣くらん
雑 夫かへせと 言わるが華よ
秋 露の玉 つまんで見たる 童かな
秋 溶けて消えたる 鬼のつめさき
【名残裏 六句】
秋の月 名月や 膳に這ひよる 子があらば
雑 膳を引き寄す 芒手もあり
雑 啄木鳥も やめて聞くかよ 夕木魚
雑 心悸とひびく 捕られた雛の
花 虫の屁を 指さして笑ひ 仏かな
春 ゆるむ春こそ かぐわしきけれ
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)
