『週刊 ゆきおとこ』 第8号 (Free)
第 8 号 2025/2/24 刊 ▲ 雪男の記事一覧
― ヒメネス 『プラテーロと私』 より
ああ プラテーロ
お前は たった一人で過去にいるけれど
過去がお前にやれるものは もう何もない
でも
お前は 永遠の中に生きている
■ 掌編① ― 姨捨そば ―
おもかげや姨ひとりなく月の友
日本の年金システムがついに破綻し
すべての70歳以上の国民は 公認の山 あるいは
島へ 捨てなければならないことを義務付けられた
総理大臣さえも例外ではない しかし
彼らは国外の永住権を取得して
70歳をまたずに国の方を捨て
裳すそをあげて逃げ出していく
もし 70歳以上の家族を匿うようなことをすれば
そのお家は取りつぶされて財産が没収された
町内会には 年金組といわれる小グループが構成され
互いに よその家族に目を光らせている
旧知の付き合いがある家族以外に
ある日突然増えている "同居人" や
"遊びに来ているだけ" の親戚さえも密告の対象になった
さて 事件と区別するために
老後を捨ててもよい山は国によって定められていた
富士山は もっともリクエストの多い山だが
観光スポットとしての商品価値が下がるということで
原生林を含めて富士山には捨てれなかった
高尾山や六甲山も同じく
まだまだ生きているものの為に残す事として
老後を捨ててはいけないことで合意された
逆に 新たな観光産業を目的として手を挙げたのが
函館惠山・陸奥恐山・出羽月山・更科冠着山・嵯峨小倉山・広島不老山・香川鬼ヶ島・大分霊山 それに国が加えた長崎端島・利尻島・硫黄島が「捨て場」となった
それぞれの老後を捨ててよい区画は一応決められていて
その山や島のどこでも良いというわけではない
― 当たり前だ
****
さて 私には
今年の8月15日でちょうど70歳になる叔母がいて
身寄りもなしに岐阜に住んでいた
小さいころ 体の弱かった私は
叔母の背に負ぶってもらって
浅草の祭りなどに連れて行ってもらった
いまでも その優しい背中だけは覚えている
もう何十年も会っていないその叔母から
「いよいよです」
という手紙を受け取った
東京の梅雨が明けた 暑中の真っただ中だった
****
岐阜羽島から名鉄岐阜に乗り継いで 岐阜城
川端康成の初恋のことを考えながら
長良川の川辺を上ること 18 km
なんとなく見覚えのある風景に
いつのまにか増えた四角い塊のかずかずを消去して
記憶の地図を思い出す
「あれが私が生まれた山よ」という
叔母の 本当だか冗談だかわからない話の
誕生山の形を思い出して
小さく縮んだ叔母の家に辿りついた
門先のせまい畑に 見覚えのある背中が丸まっていた
声をかけると 懐かしすぎる顔が満面の笑みで迎えてくれた
その夜は 田舎の御馳走を頂きながら
私の小さかった頃の話を 叔母から
繰り返し繰り返し 何度も聞かされた
私も黙って 何度も相槌を打った
一夜なつかしい話ばかりをし
それから 昔のように叔母と布団を並べて寝た
夢うつつ
天井のシミまでが思い出された
翌朝からは
この家の整理のことや 言伝てなどを引き受けた
家の中のものは ほどんど始末されていて
いやはや 覚悟を決めるとは 凄いことだと
目の当たりにした
昼後に渋いお茶と 私の手土産の千鳥饅頭を食べながら
「場所」の話しをした
何処が好いかと聞くと
更科が好い という
ここらの知り合いは皆
更科の冠着山を最後にするらしかった
今さら 知らない人らの骨とは暮らしたくないらしく
せめてあの世くらいは寂しくなく と笑っていた
それから二人で役場まで出て 『捨人届』 を提出した
いよいよ明日発つこととなると
叔母はご近所に最後の挨拶をして廻った
お餞別だと言われて 色々受け取って帰ってきたが
もう要らないからといって全部私にくれた
最後の夜
叔母は隣の布団で
何やら わらべ歌のようなものを長いこと歌っていた
****
木曽に夏を置き忘れたまま 秋風が立った朝
美濃から瑞浪に出て 中津川に到る
そこから馬籠にて馬を借り
叔母をそいつに乗せて中山道を行った
木曽路では
桟の瀧に涼み
鹿島さんに参り
川底に奇岩を並べた寝覚の床におどろいて上松
さらに 鬼渕の今にも崩れそうな橋を渡ること
四十八曲り九折の難所にもかかわらず
叔母は 馬の上から落ちそうになりながらも
まるで子供のように楽しそうに騒いでいた
福島の宿にて
煙を吐く御嶽山を望みながら温泉につかった
― 今生で最高の風呂だった と叔母は喜んだ
翌 塩尻を経て叔母が是非にという善光寺へ
ここで馬を返し 阿弥陀如来様にお参りした
すると
いよいよ という悲しい気持ちに初めて襲われた
そんな私の感情を察してか 叔母は無心に明るく振舞った
「お蕎麦を食べましょう」
と 叔母が目を輝かせて言った
事前に噂を集めていたのだろう
どこそこの宿の隣の蕎麦屋が美味しい と
グルメ通のように連れていかれた
二人で老舗の更科蕎麦をすすった
二人の会話は かつて私が小さかった頃のものに戻っていた
叔母の声はやさしく そして楽しかった
蕎麦をご馳走になったあと
川中島を下り
叔母とは千曲で別れた
「じゃあね」
と叔母は また来年の夏もいらっしゃいね
という調子で 私に手を振った
私も また次も会えるような気がして 頭が混乱した
叔母はそのまま 冠着山のほうへ上っていった
私は 上田から軽井沢を抜けて東京へ向かった
浅間山には 綺麗な望月が浮かんでいた
(完)
■ 掌編② ― 親子丼 ―
彼女は
ある事務所で経理の仕事をしていたが
少々虚栄心が強かった
ある年の春
彼女の部署にもう一人 事務方である新人が配属された
― その新人は どこかに普通のOLにはない妖艶さを備えていた
先輩である先の女は 本能的にその新人に敵愾心を持った
そして 自分を磨き始めた
― 化粧教室にウォーキング
スポーツジムに英会話
― 彼女も日に日に改造されて
モデルのような雰囲気を手に入れた しかし
出費も加算んだ そして
彼女の収支は とうとうマイナス圏から脱却できなくなって
やがて 彼女の会社では借金取りが応接間を占領し
実家にはいつの間にか知らない家族が住んでいた
彼女は会社を辞めて
夜のネオンサインのある店を転々と変え
最後は ある地方の田舎町に身を隠した
そんな彼女にも 行きずりの恋人が色々とできたが
またすぐに 男たちは演歌の歌詞のように去っていった
最初の会社を逃げ出して十五年目の冬
わたしのお腹には 新しい命が宿った
青年は 二十歳になった
この年の春
辛い事しかない生活の中で青年を育ててくれた母親が亡くなった
母親の葬儀を済ませた青年は
申し訳程度の小さな骨壺をリュックに大切にしまい
旅に出た
青年は 行く先々で日雇いの仕事をしながら放浪したが
いずれの街にも定住しなかった
ある町の食堂に入った時の事
青年の記憶は ガツンとこん棒で殴られたような衝撃を受けた
食堂のレジ横に
直筆のサインが鮮やかに残る
有名な歌手の写真が飾られていた
でも 衝撃は歌手ではなかった
― その横に 笑顔で一緒に写っている母親の姿があった
思わず 古びた食堂の中を隅々まで見渡した
― 青年の目は母親を探していた
「どうぞ」
と言うご主人の声で現実に呼び戻されて
空いているテーブルについた
客は青年一人
年取ったご主人が お茶とおしぼりをもってきた
― 他に店員はいない
― 店は暇らしく 彼ひとりで回しているようだ
親子丼を頼んだ
テーブルからカウンター越しに レジの写真の事を尋ねた
「あの写真は いつごろのことですか?」
ご主人が注文を調理しながら答えた
「昭和〇〇年の冬だね
その歌手がレコード大賞を取った年だった」
青年が生まれる一年前だった
「一緒に写っているのは店員さんですか?」
「いや 女房だ
しばらくして 出て行っちまったけどね」
ご主人が親子丼とお新香を
カキツバタの描かれた盆に載せて運んできた
思わず 青年はご主人の顔をまじまじと見た
そして 右手の甲に自分と同じ黒子があることも
しかし青年はそれ以上 何も聞いてこなかった
食事を済ませ レジに立つ
千円札を渡して レジの写真をもう一度 じっと見た
― 歌手の横でご主人と母が微笑んでいた
主人はおつりを握り
何も言わずに わたしの顔をじっと見つめた
( 2025.2.28 改 )
■ 掌編③ ― 永遠の麦畑で ―
空はブルーグレーで
麦畑がどこまでも続く
その上を渡ってゆく初夏は
ライトグリーン ブルーグリーン
オリーブ ライム ペパーミント
一本の小道が丘を越えていく
その先も 麦畑
自転車の影がひとつ
かげろうに揺らぎながら 丘を越えていく
雲雀が高く舞い上がり ここに近付くなと鳴く
子は隠されて育つもの
いつの日かは お前も高く舞い上がれ と鳴いた
空に高く うろこ雲
もう手の届かない空は秋
渡る風もいつしか冷たく
雲雀が夢に鳴いた夏は どこへ去ったか
麦畑が こんじきの波を打つ
成熟を刈る鎌を待って 頭を垂れる穂ら
畑にはただ一色の絨毯が敷かれ
主役の登場を待ちわびているが
一本の道は何一つ変わらずに 丘を越えていく
灯油の火のように燃える夕陽
黄昏は揺らめき つまずきそうになりながら
刈穂の株あとが 墓標のごとく整然と
丘を越えていく
空がラベンダーの色をリクエストしたころ
来た道を 一台の自転車がゆっくりと 帰ってきた
■ 詩訳 ― 骨拾ひ 原作 川端康成 ―
焼け溶けし銀
しずめて山は 緑を踏みわけし
笹に鼻血がおつる
針一本
何かが崩れそうな 七月の正午
魂がかたまり 発散し すうっと空気に吸い込まれる
ぼうん と 喉仏の何とつまらない
脚やら 手やら 首やら
燃えくずをつめこんだ壺
青い焔の祖父がただよふ
噂にとびおりた神社の屋根
今いた避病院の部屋
村の空にまき散らされた嫌な臭ひ
一番高い場所
一番古い石
どうせ忘らるる石灰質
ぼたり
桃の実がおちて足元にころがった
売ることを承知した屋敷の
蔵の長持ち 箪笥 商売人が手
家は 隣家の狂人が牢なりて
土蔵のなかは いつとか盗まれり
削り取られし墓は 隣の桃山に
仏壇の位牌が 鼠の小便にころがっている
■ 連コラ ― タイトルは最後に決まる [3] ―
そよ風が 残り火をゆり起こし
川の冷たい水を温める
森は考え中 ― 今日は何を与えようか
ブルー イン グリーン
****
空を蹴る 仔鹿の足
ヒゲのような 水草模様
大きく開いた アナコンダの口から
まだ ヒクヒク と
まだ 命を信じている
水草模様のあいだから
カイマンが それをじっと見ている
川辺では 青葉を運ぶハキリアリ
働くアリも 働かないアリも
オオアリクイの長い舌に巻き取られ
ヒクヒク と
****
オリノコの 川波がふるえた
また 奴らがやってくる
サルどもが 騒ぐことを止めた
ピラニアが 川底に身をひそめる
クパリの鳴き声が近づいてくる
カウ カウ カウ カウ ク
黒い川を引き裂いて
カライバのカヌーがやってきた
はじめに シャポリの霊魂
子供が 影を失い そして 死んだ
ウ ウッウー
木の上に ジャガー
黄色い目を光らせて 昼寝中
****
ワイウカペ! ( 敵だ!)
ワイウカペ! ( 敵だ!)
黒い シャマタリ
生まれたばかりの赤ん坊
岩に打ち付けられて そして
あとには 白い何か
母親が 気が狂ったように 泣き叫ぶ
男たち
アロアリ毒矢に射貫かれ
皆殺しにされた
焼かれて 骨にされ そして 喰われてしまう
整えた畑は 焼き捨てられて
女たちが奪われた
知らない男どもが 好き勝手に選びはじめる
「今日からは オレと暮らせ」
それだけだった
誰もいなくなった森に
ヘクラの歌
からっぽの シャボノの空
からっぽの ハンモック
遠く 誰かの子守歌
****
レアホの祭りごと ― いや 謀ごと
世界は ププーニャ・ヤシ と バナナ で出来ている
エペナの幻影が揺れる
ハポヘ ハポヘ ハポヘ
イヤオコ エコエケ
ウ オー
ウ オー
分け合おう と言う者たち
誰にも譲らない と言う者たち
****
ブラックライトの夜
ウィローモスのベッドでは
透き通った恋の ひそひそ話
流星群のような ネオンテトラ
西の空から 東の空へ
さて ダンスをはじめた シクリッド
ウム ドイス トレス
アマゾンソードが戦ぎ
緑の泡が いっせいに さわきたつ
クアト シンコ セシ
空が割れて
大きくて 小さな 足 足
驚いた エンゼルたち
足が言った
いや 僕は天使じゃない
酒瓶が転がるように
酔っ払った コリドラス の親父
夢は ピンク色の カワイルカ
まるで 満月の夜の fairy tale
****
― update 2025.2.23
■ 古典鑑賞 ― 「誰が袖ふれし」 閑吟集 より ―
誰が袖ふれし梅が香ぞ
春に問はばや
物いふ月に逢ひたやなう
閑吟集 8番 より
『閑吟集』は、室町後期 (1518年)ごろの歌謡集だが 作者・編者が不明
なので 歌の政治的背景や人間関係で紐解くのは難しい
さて 「何だか好い香りがした」 とはじまる
ここは 梅ではなく間接的に女性のことだろう
あるいは とてもよく知っている女性に わざと「誰だろうね」と気を引いているようにも聞こえる
「春に聞いてみようかな」 とは 風流人を装っているが
でも 本人が目の前にいるとしたら これは口説き文句以外の何物でもない ― その気がないのに 本人に向かってこんな粋を吐いたりはしないでしょう
「その人の本当の気持ちが知りたい」と 月を持ち出してきて答えさせようとするか
ならば 女性の方はあくまで月が喋った事よ と好きな返事ができるというわけだ
フラれても「ああ 月がそう言ってたのね」と傷つかない ― 上手いね 中世の男どもは
さて 「袖に梅の香」とは何ぞや
色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖ふれし宿の梅ぞも (古・33)
これがはじまりだ という説
誰かが梅の枝を折ったその香りが袖にしみている とは ある人が私の心に触れたよ 忘れられないよ という意味だが
焚きしめた香のかおりで その誰かを特定している喩えのよう
香は平安時代の宮中文化 雅さのステータスのようなもの それが「袖」に抽象化されている
でも 現代の男が ○○の香水の香りがしたよ とか言い出すと 少々ダサイかも
さてでも 先出の藤原定家
梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ (新・44)
からは 袖と涙はセットのようなイメージで出来ている とすると
最初の小唄は 男ひとり 失恋の歌として読んだ方がイケてるように思える わたしには
■ 朝4時の詩歌 ― 一夜官女 ―
狒狒の娘や
荒ぶれ 連れなそ
よどの 神なり
一夜に 捧げ候
舞いりて 矛つるぎに 御守らせ給ふ
野わけ たたず
かき水 よばず
あしの実は しずか
すみよし
漕ぎわたる 舟がみる灯の
青松 しまひまで
( 2023.2.20 の再掲)
■ ジジ雑庵 ― ヒヒ退治 ―
大阪は西淀川区にある野里住吉神社
毎年2月20日に「一夜官女祭り」 というのが行われ 氏子から選ばれた七人の少女が神社に参り 巫女が舞いを奉納する
そこで 実際に見学に行ったのだが 残念なことに今年は町内唐櫃行列のみ 官女や巫女の舞の奉納は中止とのこと ― さらに 行った時間にはちょうど行列は終了していて 普段着に着替え終わった少女らが 手に手に赤白の龍の首をふって帰るところでした
さて この一夜官女だが そもそもは人身御供として いわゆる生贄として少女らが供身された話だと聞く
神社がある西淀川区塚本あたりは 淀川の氾濫に何度も呑み込まれた地域だったと 地図を見れば明らかで その太古には 暴れる淀川の津の神に乙女をささげて なんとか鎮魂をと祈ったのだろうか
そしてその 「生贄を差し出せ」と神託を告げたのが実はヒヒの化け物で これはそれを退治する祭りだとか
さて なぜこのような無惨な話をするかというと 全く違う場所で同じような事が行われていたのを たまたま本で知った
それは 『インカに眠る氷の少女』(ヨハン・ラインハルト著)― 南米ペルー・アンパト山での話
アンパト山はアンデス山脈にある標高 5850m の活火山 数十年に一度噴火して 麓のアレキパや周辺の村に大量の火山灰を降らす ― あるいは 噴石 火砕流もか
その山神の怒りを鎮めるために ここでも少女を生贄に捧げていたという
さらに この本には衝撃的なことが書かれていた
その生贄の少女は地元の村の娘ではなく 別の場所 (パナマとか) から誘拐あるいは売られて来た女の子だったという
わたし この手の話とは その村のシャーマンに 「今年は●●家の娘をさし出せ」とかなんとか告げられて その家の家族が悲しみにくれるという悲劇を勝手に想像していたのだが
このレポートを知って 事実はなんと もっと悲しい話ではないかとショックを受けた
さて そうなると 野里神社の一夜官女もか と思考がフィードバックする
どの親だって 自分の娘を生贄に差し出すなどということは出来ない ならば となると
悲しいかな 人攫いや人身売買がまかりとおる古代社会(今でも存在するが)においては 生娘も動物のようにどこかから調達してくるという結論に行き着くのかもしれない
古今東西 人間がする事の残酷さとは何ともやるせない
そう思いながら 少女らが埋められたという乙女塚に手を合わせてきた 合掌

