一茶両吟 父捌ノ巻 (88)
【表六句】
夏 手をすりて 蚊帳の小すみを 借りにけり
夏 われ逃したまう いのち一夏
春 留守中も 釣り放したる 紙張かな
雑 中に居座る 知る知らぬ顔
秋 閨の蚊の 初出の声を 焼かれけり
秋の月 生まれた家に つきは無きかも
【裏十二句】
秋 浮草の 花からのらん あの雲へ
恋 水面にゆるる 蜻蛉のひと
恋 人形に 茶を運ばせて 門すずみ
雑 ともに年寄れ 腰曲がるまで
雑 おのが里 仕廻うてどこへ 田植え笠
雑 烏が嗤ふ 取られた案山子
冬 ままっ子や 凉み仕事に わらたたき
冬の月 うつらうつらら 出でし月かも
雑 一つ蚊の だまってしくり しくりかな
雑 わが顔だけが 叩かれ損よ
夏 麦秋や 子を負ひながら いはし売り
花 泣かれた母の 背は強かりき
【名残表 十二句】
春 ひいき鵜は またもからみで 浮きにけり
雑 喰い損ずなば 鮎も成仏
夏 白山の 雪きらきらと 暑さかな
雑 午睡の腹に 風鈴一ツ
夏 銭なしは 青草も見ず 門凉み
夏 ただ団扇だけが もの言わぬ友
雑 一人通ルと 壁にかく 秋の暮れ
恋 振られた袖の なみだ渇かじ
恋 寝並んで 遠夕立の 評議かな
雑 いつまで降るや しとしとの仲
秋 暑き日に 面は手習ひ した子かな
秋の月 帰った月に やつは居るらむ
【名残裏 六句】
秋 大蛍 ゆらりゆらりと 通りけり
雑 いつまでも気に なる母ごころ
雑 米国の 上々吉の 暑さかな
雑 稔れよ吾の 爪の先まで
花 とべよ蚤 同じ事なら 蓮の上
雑 唱えて堕ちる 羯諦羯諦
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)
