一茶両吟 匆ノ巻 (50)
【表六句】
春 しなのぢや 雪が消えれば 蚊がさわぐ
春 欲の熱きに 冷たさ忘れて
春 さをしかに 手拭かさん 角のあと
雑 折れた心も 春あたらしや
春の月 ちる花の わらぢながらに ひと寝かな
雑 西向く月よよ われも誘はれ
【裏十二句】
秋 木母寺の 花を敷き寝の 蛙かな
恋 今生燃やしぬ 恋も終わりぬ
恋 むきむきに 蛙のいとこ はとこかな
雑 しかれど此と 鉦はうつらん
雑 悠然として 山を見る 蛙かな
雑 仙人前世 かえるが十方
夏の月 陽炎や 臼の中から ま一すぢ
夏 流れて姫の なみだ忘れじ
雑 春雨や 食われ残りの 鴨が鳴く
雑 われ葱ならん ととさんかかさん
花 庵の猫 玉の盃 そこなきぞ
春 吾輩の夢も 散りなむ春は
【名残表 十二句】
春 菜の花も 猫の通ひぢ 吹きとぢよ
雑 わが春野ゆく てふの短かゆ
雑 すりこ木の 音にはじまる かすみかな
雑 汁なし椀さへ 朝のならひの
春 手枕や 蝶は毎日 来てくれる
雑 御息うらむや あの日のことを
雑 春風や 鼠のなめる 隅田川
恋 山谷のかべに ぬける益荒男
恋 山寺や 明日そる稚児の いかのぼり
雑 切れた結びの 唄を忘れじ
秋の月 西山や おのれがのるは どのかすみ
秋 月の迎への 鈴よ待ちませ
【名残裏 六句】
秋 月よ梅よ 酢のこんにゃくのと けふも過ぎぬ
雑 歌だけのこす わが釣瓶落ち
雑 梅の木に 花と詠める しめしかな
雑 月のかげから 誰が袖かほり
花 泣くな子供 赤いかすみが なくなるぞ
春 籠いっぱいの 母の背こひし
【引用】『新訂 一茶俳句集』丸山一彦校注 (岩波文庫)
