『週刊 ゆきおとこ』 第75号
第 75号 2026/6/8 刊 ▲ 雪男の記事一覧
― シャール 『イプノスのノート』 より
イマージュされた時間
視界より消えた時間
存在とは別ものの
永遠にきらめくイマージュ
存在と時間を越えたもの
■ 連載夜話 ― 『ジェットドリーム』
~ 嬉しい不幸
【あなたのオープニング】
オープニング曲 :「ミスター・ロンリー」 by フランク・プゥルセル
今日という一日の最後を飛び立って
今では あの街の喧騒も はるか雲の下へと置いてきました
遠く なつかしく見える灯は さて いつの記憶のものでしょう
今宵の空のスチュワードは
旅路をしずかに見守る月の明かりと
そして 星々はさらに雲海に煌めいて
この夜間飛行を 安らかに導いてくれています
最高の夜に あなただけのジェット気流に乗って
あこがれの旅へとテイクオフ
今夜のフライトのお供をするのは
パイロットの ○○○(あなた)
そして 不思議の国の王子たちが
旅先のご案内役をつとめてまいります
【モンマルトル】
イル・ド・フランスの中心 パリ
そして そこは 今でもヨーロッパ精神の中心地
世界中で この町を知らない人はいません
そして この町に憧れない人も
トゥリストにとって
これほど一生分の旅の思い出を持たせてくれる町はないでしょう でも
ここに住もうと思う人々には 少々 事情が違うようです
この町に憧れてやって来る人たち
画家や 音楽家
バレエ・ダンサーに
今では アフリカからやってくるジャズ・ミュージシャン それに
ジュェル・デ・フゥトボリェ
そんな人たちに混じって モンマルトルの丘に立つと
かつて そこで苦難したボヘミアンの
エミール・グドーの幽霊船が 坂を登って来る気がします
でも今では それは ただの憧れでしかないのかも
かつて ルノワールが描いた明るいパリは もう・・・
ただ苦悩するだけの 貧乏画家のアパルトマンも・・・
もしあなたが 今でも芸術を目指しているのなら
まずは このモンマルトルで見た事 すべてを
捨てるところから 始めなければならないでしょうね
【今夜のアルバム】

Paul Desmond - Alto Saxophone
Gene Cherico - Bass
Connie Kay - Drums
Jim Hall - Guitar
Glad To Be Unhappy
雨 煙のように むせぶ
女 傘をさして 遠くを見つめて動かない
誰かを待っている風ではない
そこに佇んでいる事が 目的のような
時々 傘が揺れて 考え事の中身を回す
煙のような時間
雨が止んで
赤い傘が ひとつ閉じて 消えた
Poor Butterfly
あとには 蝶 濡れたマリーゴールド
一頭が戯れに オレンジ色の女の子に 声を掛ける
やあ 話しかけてもいい?
そう言って マリーの周りを くるくると
ときどき そばまで近づくけれど マリーは知らぬふり
ねえ ボクとお話し しない?
そう 雨上がりの朝に消えた女の子の話 とか
でも マリーは知らぬふり
鮮やかな深緑の葉が揺れて 玉雫がひとつ
柔らかい土に落ちて 消えた
Stranger In Town
宵の時間が ゆっくり
町に 忍び寄ってきた
人々は 誰にも気づかれないように こっそり
夜の時間に時計を合わせる
無人のカフェ
燃えるような黄色い灯に紛れて
話し声だけが 外に漏れてくる
そんな 空蝉の街に よそ者がやって来た
彼は そっと足を忍ばせ アルセーヌの街に侵入したつもり
でも 街の皆は はじめから彼を捕えてる
彼が 川辺のベンチに腰かけると
赤く タバコに火が点いた
真っ暗な町並み
真っ暗な河の流れ
赤い火が浮いている
よそ者は 黒い流れに浮かびながら
オフェリアのように カフェの上のアパートを見上げる
このあたりでは 古いアールヌーボー
4階建て
昔は 有名な女優も住んでいたらしい
A Taste Of Honey
それは 蜜の味がした午後のこと
裸で過ごす夏 ~ 風に揺れるカーテン越し
遠くで 教会の鐘が鳴っていた
河を下る観光船
岸に手を振る観光客
しかし 岸には誰もおらず
ただ ハトが飛び立っただけ
この街の午後には 何もいらなかった
今はただ 蜜の味がほしい
Any Other Time
もっと他に やる事はないの?
絵描きが キャンバスに 肌色の油を伸ばしていく
緑色したブロンズ・モデル
お茶を運びながら 口をすべらせる
絵描きは その腕を捕まえて ポーズをつける
絵描きの頭のなかで
その腕が ポキっと折れた
その瞬間
枯れたユリの香が その部屋で唯一の存在をアピールする
絵描きが 透き通った曲線を
躊躇いなく キャンバスに走らせた
筆の先から 次の時間が飛び出した
Hi-Lili, Hi-Lo
まるで 白雪姫が遊びに来たよう
何もかもが 夢の世界のままでいてくれる
そんな 来客たち
話した言葉は
次から次へと 窓から飛び出して ガラパゴスの囀りに変わり
窓の外には
花咲く古代の森が広がる
猛烈な速さで流れてゆく雲
星が瞬き また
あっという間に 太陽が燦燦と輝く
それから
テーブルの下や
カーペットの裏から 歌声が聞こえてくる
天井裏
暖炉の煙突の穴の 上からも 下からも
Angel Eyes
気づけば ボクは
天使の 鉛の瞳の中にいた
天使は
ボクを見つめたまま 空に飛びたつ
天使は
何処までも高く 昇っていく
鉛の瞳は ボクが育った街を見下ろしていた
ボクの街は こんな色をしていたのか と
ようやく今になって 気づく
生まれた時から流れていた川は
教えられたとおり 山の向こうへ消えていた
街はやがて
ただの土色の塊になり
苔色に覆われて
猫が引っ掻いたような傷跡が残っているだけ
見上げると
天使がボクを置いて 昇っていくのが見えた
天使はもう ボクのことなんか見ていなかった
パリの空
ボクと一緒に 雨が降り始めた
【あなたのエンディング】
エンディング曲 :「夜間飛行」 by レーモンド・ルフェーブル
さて 夜は
すっかり 夢の中へと溶け込んでいきます
遠くに聞こえた歌は 幻でしょうか
それとも 明日の予告編でしょうか
そんな素敵な物語が きっと
あなただけの旅の始まりとともに 扉を開けて待っています
さあ あともう少し
不思議のつづきを あなた自身の夢の中で
今夜 お送りしたアルバムは
ポール・デスモンドで 『グラッド・トゥ・ビー・アンハッピー』
フライトのお供をいたしましたパイロットは
わたくし ○○○ でした
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