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『週刊 ゆきおとこ』 第78号

第 78号   2026/6/29 刊                  ▲ 雪男の記事一覧



― テニソン  『追憶の詩へのプロローグ』 より

 
 そうです この知識を
  いやまし 大いならしめ
  畏敬を  大いならしめ
 やがて
  心と魂が 知識と信仰が 調和し
  昔の調べを奏することを
 
 

■ 連載夜話 ― 『ジェットドリーム』

      ~ 泉と河



【あなたのオープニング】

 オープニング曲 :「ミスター・ロンリー」 by フランク・プゥルセル

 今日という一日の最後を飛び立って 
 今では あの街の喧騒も はるか雲の下へと置いてきました
 遠く なつかしく見える灯は さて いつの記憶のものでしょう

 今宵の空のスチュワードは
  旅路をしずかに見守る月の明かりと
  そして 星々はさらに雲海に煌めいて 
  この夜間飛行を 安らかに導いてくれています

 最高の夜に あなただけのジェット気流に乗って
 あこがれの旅へとテイクオフ

 今夜のフライトのお供をするのは
 パイロットの ○○○(あなた)
 そして 不思議の国の王子たちが
 旅先のご案内役をつとめてまいります
 

 
【アンダルシア】


地中海に臨む
 ジブラルタルを挟んだ スペインの城壁
ローマ帝国 ― イスラムから レコンキスタまで ―
 ここは 征服し 征服された歴史を繰り返した地でした
そのせいか
 この地には 重要な世界的遺産が数多く遺されています
  アルハンブラ宮殿 ~ コルドバ
  それらは イスラム世界を 当時そのままに残しています
 13世紀レコンキスタの 象徴的な建物であるセビリア大聖堂
  あるいは
  タリファ岬の先
 蜃気楼のように浮かんだアフリカ大陸の遥かからは
  カルタゴの匂いが漂ってきます
さて アンダルシアでは 闘牛が有名ですが
 スペインのいくつかの都市では 今は禁止されています
かの血なまぐさい 殺戮ショーは
 カルメンなどの 映画の世界だけとなるのでしょうか
一方の フラメンコは
 町の人々の間で 今でも脈々と受け継がれています
それは アンダルシアから流れ出した精神の奔流
 と言っても過言ではないでしょう
彼等の魂の根源で 悠久の遺伝子は 踊り
 そして 歌います
あなたが この街で触れるフラメンコは
 単なる観光客向けのエンターテイメントなんかではなく
 彼等の生命そのものの歌であり
 心臓の鼓動なのです 
 


【今夜のアルバム】

Paco de Lucia     - Flamenco guitar
Ramon de Algeciras - Flamenco guitar

 
Entre dos aguas (Rumba)

川ふたすじが交わるところの
 古い石橋の上で 彼等は出会った
偶然だった
パコは
 今晩の 自分の店で料理するチョップを仕入れに出かけた帰り
ラモンは ただ
 恋人に誘われて彼女のアパートまで行ったが 彼女は留守だった
ひとすじの川
 せせらぎには静かに川の藻が 底岩に摑まれて不自由に漂っていた
もうひとすじの川からは 風に飛ばされた落ち葉が一枚
 幸せな刹那に背中を抱かれて 舞っていた
川ふたすじが交わるところ
落ち葉はふと 記憶を失いかけた
気が付くと ゆれる川藻の腕に支えられていた
 

Aires choqueros (Fandangos de Huelva)

その夜
 ラモンは パコの居酒屋に招待された
ラモンには 何の取柄もなかったが
 フラメンコだけは得意だった
だから ラモンは
 自慢の黒ケースを一抱えして パコの店をおとずれた
パコの店は 乱暴な酔っ払いで繁盛していた
常連だろう
 空いている椅子をお構いなしに渡りあるく ヒゲづらのおとこたち
どのテーブルも みな親戚のように酒をおごり そして
 食事を少々 失敬してまわる
ラモンは 椅子を一脚借り
 膝をまげて 一回り小さめのフラメンコを抱えた
その瞬間
 店は驚きのことばで めずらしく 長く 沈黙した

 
Reflejo de luna (Granaina)

昼間の熱風がうそのように
 インディゴ・ブルーの夕刻が 街から色を奪っていった
ただ一つ パコの店から漏れる 黄金色をのぞいて
 ― そして フラメンコのひびき
いつしか 打つ手の拍子が加わって
 「オレ!」の掛け声がかかる
表通りの噴水は とうに今日の仕事をおえて
 ゆるり はじめの一杯をはじめたところ
空に高く まっさらな月
噴水の落ちたプールの水に
 ほろ酔い アンダルシアの月が浮かんで ゆれている
 

Solera (Bulerias por Solea)

いつの間からだろうか
 たしかに フラメンコが二つ聞こえる
すでに耳に馴染んだ ラモンの
 すこし甘く
 女の子を熱心に口説くようなセリフ
しかしそこに
 落ち着いた大人の
 世界をゆっくりと諭す 老練な物語りが被さる
 若さと成熟
 緩と急物語の巧みさに
 今宵の有り余った熱が 寄せては離れて
その巧みな語り手とは パコ
彼の店は 年期の入った酒樽のように
 しぶく そして期待 あるいは
 冗談さえも 飛ばして転がった
二すじのフラメンコのレブヒートが
 今宵の月を 上等に酔わせる
 

Fuente y caudal (Taranta)

ふたすじの魂
 それは どこで生まれたのだろう
遠い先祖のむかしに
 まだ見ぬふたりが出会ったことを 誰が知り得よう
しかし魂は
 生れ出でて山を下り
 岩をあらい
 深緑の森に口ずさみながら
 我らが時代へと辿り着いた
神すらも予定しなかったこの出会いに
 人々は最高の酒とともに 二人の精霊の出会いを祝う
そして 二つの魂
 二つのフラメンコが ふたたび溢れ流れだした
たとえそこが 不運の堰にとがめられようとも
 枯れた砂漠の時代であったとしても
精霊は 空を舞い
 雲となって浮かび
 風を盟友として 次の酒場を探すのだ
 

Cepa Andaluza (Buleria)

いまでも カルタゴの風が舞う
 グラナダの石畳
 精霊たちをひきつれた商隊の影が 渇いた街道にゆくとき
その雑踏の中には
 まだ ゴート人の叫び声が聞こえるような気がする
征服と服従の
 アンダルシアの歴史が切り倒された
 その切株に腰かけて 悠久を追憶する時
 すべての調べは アルハンブラの門に膝まづく と
 

Los Pinares (Tangos)

どこまでも続く松林の
 緑の絶えない海岸線をゆく このとき
 風のことばが初めて理解できた
じりじりと 肌を焦がす赤い太陽の
 容赦ない その針撃のなかで
 砂の城に潜る 雨に流された不運と
 諦めた日々の
  破れた町に生まれた緑の森
  ささる太陽をも受け入れた生命
よろいのごとき幹に刻まれた皺は
 幾千の争いに流された血の筋だろうか
 

Plaza de San Juan

さて 二人の精霊は ヨハネの島まで飛んでいく
もう 誰にも邪魔をされないジェット気流に乗って
いつかの赤い太陽が 大西洋に沈もうとも
 彼等は もはや聖者に付き従うのみ
背中では 征服の大砲が鳴り響いている
大船団の白い帆が 水平線を渡る時には
 「ふたたびか」 と海鳥が泣く
そんな悲しい気持ちになったときには
 いらっしゃい パコの店に 
 


【あなたのエンディング】

 エンディング曲 :「夜間飛行」 by レーモンド・ルフェーブル

 さて 夜は
 すっかり 夢の中へと溶け込んでいきます

 遠くに聞こえた歌は 幻でしょうか 
 それとも 明日の予告編でしょうか

 そんな素敵な物語が きっと 
 あなただけの旅の始まりとともに 扉を開けて待っています

 さあ あともう少し
  不思議のつづきを あなた自身の夢の中で

 今夜 お送りしたアルバムは 
 パコ・デ・ルシアで 『二筋の川』

 フライトのお供をいたしましたパイロットは
 わたくし ○○○ でした

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