『週刊 ゆきおとこ』 第59号
第 59号 2026/2/16 刊 ▲ 雪男の記事一覧
― ディキンソン 『形式だけの感情』 より
鉛の時間
生きのびたなら 記憶に残ろう
凍死する人が 雪を思い出すように
冷気
それから 麻痺
そして 一切を放棄する
■ 連載企画 ― 負けの神様
~ ユウキ
ユウキは もうダメだと思った
瞼の上は 右も左も切れていて
鉄くさい血と
薄荷臭のワセリンで ベトベトとしていた
前のRで ダウンを喰らったボディが
今頃 膝に降りてきやがる
限界だった
でも セコンドは「行け!」と催促してくる
タオルなんて毛頭考えてない
ファイターの体よりも 金(カネ)
「お前ってのがよく分かったよ」
最終Rのゴングが鳴って
「 チキショウ! 」 と
死ぬ気で 相手のリーチに飛び込んだ
相手の目が チャンスを射止めた鷹のように光った その時
ユウキは 目の前が真っ白になり
誰かに引っ張られて 宙に浮いた
「君の負けだな」
耳元で 誰だか知らない声で そう言われた
10時間後
ユウキは 懐かしい人の温かみを掌に感じて 目を覚ました
病院のベッドの上だった
トレーナーが 試合の最後を説明した
どうやら 相手のパンチを食らったのではなく
独りで 崩れ落ちたらしい
その ギリギリのタイミングで
相手の渾身のアッパカットは 空振りしたらしく
それを食らっていれば
もっと重篤なダメージを受けただろう と
ユウキは その横で泣いている妻を見た
「負けた か」
ユウキは それを最後に引退した
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