精神病棟が刑務所以下で4日で脱獄した話
皆様おはよう、こんにちは、こんばんは。
今日も息をしているだけで偉いです。ですが、息をする事すら嫌になる日もありますよね。
今回もダイナマイトエピソードをお披露目していこうかと思います。
2025年春頃、私はflyをtryしまくった。が、I can't fly。窪塚洋介はすごい。flyした上に大きな後遺症もなく生還している。常人ではとても考えられない。respectが止まらない。
とにかく、私は飛び降りようと何度もしてしまったため、2025年春に精神病棟へ入院することとなった。
家族のためにもそれが最善だと思った。
いつ癇癪を起こして自死を試みるかわからない不安の中にはいさせたくなかった。どこまでいっても人に迷惑をかけたくない、甘え方も頼り方もわからない、そんな私だった。(今は家族仲は良いし甘えまくりビッグベイビーとして過ごしている。)
入院初日。カウンセリングとやらを受けた。
とにかく脳みそが最高潮にキチガイだったのであまり覚えていないが「はよ死にたいだけです」「全部こいつらのせいです👉(家族を指差しながら)」「しょうもねえなお前ら(家族)」と繰り返していた。
そしてドクターが胸に手を添えながら言った。
「私が必ずあなたを救ってみせます。」と。
ヒーローか?
しかし結果的にこの日以来ドクターとは一度も顔を合わせていない。ボケカス。しょうもねえのはあいつだった。
閉鎖病棟へと案内され、個室の病室に入った。説明もされないまま薬を飲まされ、その日から2日間はほぼ寝てばかりだった。何を飲まされたのだろうか。おそろしい。
食事は本来食堂で食べるらしいがなんせ頭が回っていないのでルールもしらない。特別に病室へ運んでもらっていたが、くそほどまずい。刑務所の飯の方が美味いと思う。ありえない。なぜ金を払ってあんな飯を食わされていたのか。税金で賄われている刑務所の飯よりまずいだなんて、グルメな私は未だにこれは許せない。
3日目、ようやく意識がはっきりとしてきた。そしてキチガイ賢者タイムを迎えた私は本来の常識があり郷に入っては郷に従え精神を取り戻した。食事、風呂。なんの説明もないため戸惑った。しかし側から見るに院内は圧倒的人手不足であった。
それもそうだ。認知症のジジババ達とキチガイが混合されていた病棟だったのだ。ふと目が覚めた時にジジババの合唱が聞こえてきていた理由がわかった。
誰も彼も忙しそうだ。風呂キャンしまくりだったので風呂も入りたかったが、説明を受けるタイミングも失い、困った。
そして最大のストレスが襲ってきた。
ニコチン切れだ。
入院時にアイコスも紙タバコも回収されてしまったため、手元にない。夜中に何度も「たばこ…吸えませんかね…。」と交渉へ向かったが返事は「ごめん、先生に止められてるから。」の一択。「そうですか…。」というやりとりを2,3回繰り返した。
しかしヤニカスというのはニコチンに支配されている。ニコチンが切れ、深い眠りにつく謎の薬も飲まされなくなったため、とにかくたばこが吸いたくてたまらない。段々とイライラが止まらなくなってきた。
そして思い返せば主治医にもカウンセラーにも入院時以外に会っていないことに気付いた。今思えばその日は日曜日だったので、きっと土日休みだったのだろう。我々キチガイに曜日などという概念はない。
私は発狂しはじめた。キチガイの再来だ。
ナースステーションに向かっては「たばこ返せや‼️」「充電器返せ。死なねえからよ‼️」と怒鳴り散らした。スマホの充電器のコードも対策で回収され、逐一看護師にスマホを預けて充電してもらう仕組みだったが、何もすることがない、何もないここでスマホが弄れないのは地獄。赤色になってから数分だけ預けたりしていたが、すぐにバッテリーがなくなるので大変厳しい状況だ。
それでも返ってくる返事はひとつ。「先生の許可がおりてないので。」だ。
ここへ入院してから私は何もしていない、されていない。絶望した。どこにいったんだ俺のヒーローは。
そしてニコチン切れがMAXになり怒りと悲しみで支配された私は脱獄を決めた。
朝イチに母親に迎えに来てくれと5回ほど電話をした。
私は自分含めうちの家庭はクレイジーだが、嫌いではない。幼少期のトラウマが溢れ出してしまったがために揉めてしまいここへ来ることになったが、母も父も兄も好きだ。
日曜日なので主治医の許可がないと面会も退院もできないの一点張りだったらしいが、普段穏やかな父親が九州男児を丸出しにして「本人が出たいって言いよるったい‼️会わせろコラ‼️」と若い女性の看護師に怒鳴ってくれ無事再会した。看護師、ごめん。でもありがとうファザー。
4日ぶりに父と母の顔を見た私は安心した。私は見捨てられていなかったし、愛されていると感じた。
そして当直医に「まじ死ぬ気ねえしここにおる方が狂います。」とごねて無事に脱獄に成功。
私は精神病棟のクソさに大変ご立腹だったので扉を出てすぐにあったベンチで念願の紙タバコを一服し、はじめてポイ捨てをした。それは人間として大変申し訳なかったが、キチガイだったので許してほしい。私もお前らをこの罪に免じて許す。
こうして自宅へ戻り、紹介状をもらって次の週に近所の精神科へと受診することとなった。
今のドクターティーチャーとは半年以上の付き合いである。幸いにも初めて受診したドクターが相性が良かった。調子の良い時はふたりで思想の強い話ばかりをして20分ほど過ごしている。医者ってやっぱり変わり者だ。
結論、精神病棟はゴミ。入院しなくていいならば絶対にしないほうがいい。私はすぐに脱獄した身なので、一概にはそうとは言えないだろうが。だがこのノートのネタにできるくらいには良い経験にはなったかと思う。
さて本日は尼崎G1の準優戦である。尼崎はイン逃げ水面。私のエルカンターレ茅原様、頼みますよ。
こうして自由にダイナマイトボートレースを楽しめる今に感謝である。
ところで、あの医者は誰かのヒーローになれたのだろうか。気になるところだ。
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