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著名人からの学び──岸朝子さん


「私の記憶が確かならば…」
このフレーズに懐かしさを覚える方は多いのではないでしょうか。料理記者として40年以上のキャリアを持ち、数々の料理番組やグルメ企画で審査員を務めた岸朝子さん。今のアラフィフ世代であれば、一度はテレビで彼女の姿を目にしたことがあると思います。

私にとって岸朝子さんは、ただのグルメ評論家ではなく、食べることの本質を教えてくれた“学びの先生”のような存在でした。


上品な食べ方と言葉遣い

岸朝子さんの魅力を語る上で外せないのは、その食べ方の美しさです。
一口食べた瞬間に表情がふっと和らぎ、料理に敬意を払うかのように箸を動かす。そこには「食べ物をいただく」という謙虚さと、作り手に対する尊敬が感じられました。

そして、あの名フレーズ。「大変美味しゅうございます。」

シンプルでありながら、相手を立てる尊敬語の響き。この言葉が放たれると、見ている側も自然と微笑みたくなるような温かさがありました。毒舌や辛口評価がもてはやされる今のバラエティ番組とは一線を画す、優しい評価の仕方。それが岸朝子さんの大きな魅力だったのです。

98点と99点の違いを伝える力

さらに、岸朝子さんは“違いを見分ける力”に優れていました。
例えば、98点の料理と99点の料理。そのわずかな差を「ここで素材の持ち味が生きていますね」とか「火加減が絶妙でした」といった表現で伝える。その一言が、料理人にとっては大きな励みになり、視聴者にとっては料理の奥深さを学ぶきっかけになったのです。

ただ「美味しい」と言うのは簡単です。しかし、どこがどう良かったのかを言葉にすることは難しい。岸朝子さんは、その難しさを軽やかに超えていたように思います。

現代との違い──「まず褒める」認める姿勢

今の時代、テレビやネットでは「毒舌」が注目を集めやすい傾向があります。箸の持ち方や食べ方のマナーをあえて取り上げて笑いにするシーンも少なくありません。また、超有名料理人がコンビニスイーツを合否で決めたり、格付けしたり。もちろん、それはそれで娯楽として成立するのですが、見ている人が心地よくなるかどうかは別問題です。

岸朝子さんは決して厳しい言葉を投げかけず、まず褒めることから始めていました。その後に改善点を伝えるからこそ、受け取る側も素直に耳を傾けられる。この「まず褒める」姿勢は、相手とその技術を認めているからこそ、の言葉。教育や人間関係においても大切にしたい学びだと、今でも強く感じています。

料理記者だからこそ見抜けたもの

考えてみると、岸朝子さんがあれほど細やかに料理を評価できたのは、料理人ではなく「料理記者」だったからかもしれません。料理人であれば自分の流儀やこだわりが強く出てしまいがちですが、記者としての立場は「中立」や「客観性」を意識します。そのため、味や盛り付けだけでなく、食材の生かし方や作り手の工夫を、公平に言葉で伝えることができたのではないでしょうか。

職人が心を込めて作り上げた作品を「作品」として尊重し、その価値を視聴者にわかりやすく届ける。これは料理そのものを作らない立場の人だからこそ持てた目線であり、料理人とは違う意味で“職人”だったのだと思います。

私自身の学びと重ねて


この「まず褒め、そして違いを伝える」という姿勢は、私の日本語教師としての仕事や、占い師としての鑑定にも直結しています。授業でも鑑定でも、相手にとって耳が痛いことをどう伝えるかは大切なテーマです。最初から否定的な言葉を投げかければ、誰しも心を閉ざしてしまいます。しかし、まず「ここはよかった」「努力が見える」と認めることで、次に伝える改善点が自然に受け入れられるようになります。

岸朝子さんの姿勢は、教育現場でも人と接する上でも、とても参考になる生き方のモデルでした。

時代が変わっても変わらない幸せ

今は情報の流れも速く、評論もエンターテインメント化し、毒舌や過激なコメントのほうが注目されやすい世の中です。ですが、どれほど時代が変わっても「美味しい料理を美味しく食べられること」は変わらない幸せだと思います。

食べることは生きること。作る人が心を込め、食べる人が感謝の気持ちでいただく。その循環の中にこそ、人の心を癒し、元気を与える力が宿るのではないでしょうか。岸朝子さんの「大変美味しゅうございます」という一言には、その普遍的な幸せが凝縮されていたように思います。

まとめ

岸朝子さんから学んだことを振り返ると、まず「相手や作品を認めて褒める」姿勢の大切さに気づかされます。人は最初に認められると安心して、次の言葉にも耳を傾けられるものですよね。そして、ほんの僅差でも「自分の判断基準がぶれない」姿勢。これは簡単なようでいて、実はとても難しいことです。さらに、上品な食べ方と豊かな語彙力。この二つが合わさることで、人や料理に対する敬意が自然に伝わっていました。

私自身も、まずは褒める、相手を立てる、そして自分の軸を持つ──そんな日々を心がけたいと思います。時代は移り変わっても、美味しい料理を美味しく食べられる幸せ。それを素直に「美味しゅうございます」と言える心の余裕を、これからも大事にしていきたいです。

追記

今回の記事は、バブル末期に大人気を博した「料理の鉄人」という番組を参考に書かせていただきました。オープニングでは、映画「バックドラフト」の荘厳な音楽が流れ、舞台俳優・鹿賀丈史さんが「私の記憶が確かならば…」と高らかに宣言するシーン。今でも鮮明に思い出せます。メインスポンサーはたしか日産自動車。学生だった私の周りでは、バブルで浮かれる年上の方々が華やいでいたことも記憶に残っています。まさに栄枯盛衰。春の夜の夢のごとし。

あれから時代は巡り、栄枯盛衰を繰り返してきました。しかし、形は変わっても「美味しいものを美味しく食べる」幸せは決して色あせません。不易流行とはまさにこのこと。どんな世代であっても、どんな時代に生きていても、料理を前にした「美味しゅうございます」という気持ちは脈々と続いているのだと思います。

この記事は以下の企画に参加しています。


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