秋の平和:天高く
天高く馬肥ゆる秋――平和を考える
「天高く馬肥ゆる秋」という言葉は、今の日本では「空が澄んで高く、食べ物がおいしく、心も穏やかになる季節」という意味で親しまれています。
まさに秋の代名詞といえることばです。しかしその起源をたどると、この美しい言葉の背景には、少し緊張感のある歴史が隠されています。
もともとは古代中国。北方の騎馬民族が草の豊かな秋に馬を太らせ、冬にかけて南へ攻めてくる――その警戒を示す言葉だったのです。
空が高く澄み、草原が豊かになる季節は、同時に「戦いの季節」でもありました。
秋は豊穣の象徴であると同時に、「争いを引き寄せる季節」でもあったのです。
それが日本に伝わると、意味は大きく変わっていきました。
戦いの記憶は遠のき、残ったのは「空の高さ」と「収穫の喜び」――。
空気は澄み、作物が実り、おいしいごはんを食べられる季節。
いつのまにかこの言葉は、「心も体も満たされる季節」の象徴になっていきました。
この変化には、とても深い意味があるように思います。
同じ言葉でも、戦いの記憶と結びついていたものが、平和な時代には「実り」と「喜び」を語る言葉に変わっていく――。
それは人間の記憶のやさしさであり、平和のなかでこそ育まれる“ことばの変化”なのかもしれません。
考えてみれば、「おいしくごはんを食べられる」ということ自体が、平和の象徴です。
戦が続けば畑も焼かれ、台所にも火が灯らず、家族が一緒に食卓を囲むこともできません。
だからこそ、湯気の立つごはんを前に「おいしいね」と言い合えることが、なにより尊い日常なのです。
秋の高い空を見上げながら、ふと想います。
この穏やかな空気は、誰かの犠牲や努力のうえにあるのではないか。
かつて「天高く馬肥ゆる秋」が戦の合図だったように、平和もまた永遠ではありません。
だからこそ、平和であるいまを大切に噛みしめたい。
美味しいごはんを食べ、互いの笑顔を見つめられる時間を、軽んじずにいたいのです。
澄んだ空を見上げて深呼吸をすれば、少しだけ心がやわらかくなります。
それは季節の力であり、平和の力でもあります。
「天高く馬肥ゆる秋」――かつて戦いの季節を告げたこの言葉を、
今、私たちは「穏やかな日々のしるし」として語り継いでいます。
それこそが、何よりの平和の証なのかもしれません。
今日も元気だご飯がうまい!(故:林家こんぺい師匠)
衣食足りて礼節を知る
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