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諦めないで!って本当に勇気がわく🌸「諦めた私」から「自分で決めて生きる私」へ

菜桜(さいさくら)です。
この記事に触れて下さりありがとうございます。


諦めないで!

ほんとにくじけそうで迷っていて自分は前に進んでるの?
ここにいていいの?こっちで合ってる?

なんて、いつもいつも揺れる心にズバッと入ってくる言葉。

諦めないで!

そうです、そうなんです。
ここで、諦めたら終わりなんです。

自分のこれまでも、これからも、そして一番大事な、今も
全てが、終わりなんです。

自分自身を、生きられるのは、自分だけなんです。
私だけが、私を生きられる。

生きる為の私を、与えてもらっている。

いつまでも迷っている、一歩踏み出せない、この愛すべき私。

ほんまに!いつまでやんねん!!って準備ばっかり、様子をうかがってる私。

だからと言って、諦めてはいけません。

そう!諦めないで!わたし


定年まで働くと決めて、何があっても、どんなときても走り続けてきました。
なのに、私は、定年まであと3年というところで仕事を辞めました。
何か強い意志があってでもなく、次があったわけでもありません。
直接の理由は、乳がんが再発したからです。
がんが再発してから、諦めきれない私は、復帰を目指して、治療して、リハビリに励みました。
そんな毎日は、否応なく自分と向き合う事になりました。

生きる事、本当に生きることとは?
自分で生きるとは?
本当に、生きたいのか?それはどうやって?

治療中は3週間ごとに、問われます。「このまま続けますか?」
どういう状態で、どういう気持ちで生きたいですか?

私は、生きる?どうやって?今までは??これからは?

迷いに迷いました。

そして、残された人生を、自分を生きる為に使おうと、仕事を辞めました。

定年まで走ると決めた、その道を諦めました。

諦めたと認めたくなくて、わたしは、「自分を生きる為」と、周りの人に言っていました。
「自分を生きる為」の選択、それは嘘ではありません。

長い努力が無駄になったことを、見るのが嫌で、諦めた自分を認めたくありませんでした。

全力でやってきた、だから後悔はない。これも噓ではありません。本当にそう思っています。

でも、諦めたって気持ちがどこかにあったのです。


仕事を辞める決断にまだ迷いがあった頃に、新たな友人ができました。
同年代の方なのですが、やってきた仕事も、生活も、違う。
けれど、何故か、話が通じた。

二人の共通点は、今まで仕事や生活を、真剣に一生懸命にやってきたということ。

だから、今の迷いも、これからの不安も、あまり多くを語らずとも通じたのです。
長く勤めた会社、好きな仕事、でも続けるのは簡単ではなかった、たくさん努力した。

だからこそ、今やめる意味、諦めることの悔しさが、どうしても心に迫ってくる。

そこで、彼女が言ったんです。

「それは、諦めたんじゃなくて、時期が来たら、自分でそう決めたんだよ」

「辞めて良かったかどうかって、辞めた後が充実してたら、それは良かったことになるんじゃないかな。
だから、今、わからないのは当然で、次に進むだけだから、何も諦めた事にはなってないよ」

彼女は、私の迷いの本質を突いたことを、さらりと言ってくれました。


会社人生を諦めた私 から 自分を生きる事を決断をした私

自分の人生を、生き方を自分で決める。
いろんなものを持って、背負いながら、決める。
それは、それはとても大きなものでした。

そして「自分を生きる為」に歩み始めた私。
希望や明るい日を過ごす事もあれば、ほんとにこれでいいのかと思う日もある。

体調がわるいと、途端にメンタルも弱くなり、小さくなってしまう。

お天気にも翻弄され、今まで、これ、どうやって乗り越えていたのかわからなくなる。

何かしないと焦る、やりかけたのにやり切れず気になる、もう流されようと諦めたくなる。

いろんな自分が、真正面から自分に、自分だけに迫ってきます。

自分で選択することに臆病になって、このまま進んでいいのかと言い訳を考えたり。
もう、やっぱり無理だと、諦めてしまおうと、投げ出してしまいそうになったり。

いやいや、いやいや。
それは違うでしょ。
という、自分が居て。

ほんとにもう!!面倒なんです!
この堂々、堂々、堂々、いつまでも堂々巡り!

だからもう!これだけにします!
これだけ!

諦めないで!

何があってもなくても!

自分を諦めないで!

自分を!決して!諦めない!

私は、自分を、生ききることを、決して諦めない!

それだけにすることにしました。





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