紅羽さんのこと
祖母の家の隣にはフェアリーゴッドマザーが住んでいる。名を紅羽(くれは)さんという。
フェアリーゴッドマザー(妖精の名付け親)といっても、実際には赤ん坊のわたしに名前をつけてくれたなんてことはなく、この場合重要なのはフェアリーの方。要するに、おとぎ話に出てくるよき魔法使いのような存在だということ。シンデレラに南瓜の馬車を仕立ててくれたり、ロバの皮に忠告してくれたりする不思議なひと。紅羽さんの家にはそこそこ広いお庭があって、祖母の家の二階から眺めることができた。そのうちの奇妙に凹んだ一角には、岩がいくつも敷き詰められている。母によれば昔は小さな池があって、錦鯉がゆらゆらと泳いでいたのだという。周りには枸橘やら紅葉やら紫陽花やらの定番の庭木に加えて、わたしにはわからない諸々の樹々が思いつくままに配置され、その下にはこれもまた無秩序に風信子や牡丹などが顔を覗かせていた。よく見れば、樹々のなかに、花の間に、ちょっと違和感を覚えるはずだ。妙にのっぺりとした色つやの葉や、形の揃いすぎている花が紛れていることに。紅羽さんは見事に茂る草木の合間になぜか造花を配置していた。
「まあ、チューリップったら、開きすぎちゃって。ばかねえ」
そう言って、近くの木から下がるプラスチックの葉をつつく。彼女は本物の花と造花の両方を等しく愛していた。
紅羽さんは夜中によく近所を散歩している。
「いまね、お月さまと話しながら歩いていたの」
真顔でそんなことを言う。たぶん、本当に話しながら歩いていたのだ。
「紅羽さんは昔からのお隣さんだし、いい人なんだけど、ちょっとねえ」
祖母はそんなふうに言って、軽く眉間に皺を寄せた。庭に造花をあしらったり、変わった言動が目立つ彼女のことを「ちょっと」と思っているのだ。
でもそれが自然なんだよ、きっと。紅羽さんはそういうひとなんだから。そういう生き物と言ってもいい。
母はこんなことも言っていた。
「まだ家を出る前、二階の自分の部屋で寝ていたら、紅羽さんの家の方から時々『ばさり、ばさり』って音がしてたのよ。ものすごく大きな鳥が羽ばたくような音」
まあ、そんなこともあるだろう。巨大な鳥(あるいはそのようななにか)がいることも。
二階からは、紅羽さんの家の一階の大きな掃き出し窓が見えた。たまに、なにか書き物をしている姿も。わたしは詩を書いているのだと思うことにしている。実際には家計簿なんかつけているのかもしれないけれど。でもあのひとなら詩のかたちの家計簿をつけるだろう。
いまは掃き出し窓のレースのカーテンはほぼ閉じていて、紅羽さんの姿は見えない。
わたしが東京で労働なぞをしている間に、紅羽さんは亡くなったのだという。でもそうは思わない。古風な引き戸の門の脇には相変わらず赤と白の斑模様の椿が見事に花を咲かせているし、初夏には夏みかんの花がむせるほど香る。紅羽さんはまだあの家にいて、なにかと喋ったり、なにかを書いたりしているはずなのだ。
少しだけ開いたカーテンの隙間から、顔のないのっぺりと白い陶器の人形がこちらを見上げている。
