ずっとそばにいるもの
忘れていた
引っ越しのたびに人生の棚卸しをしている気分になる。
「なんだろう、これ」
クリアケースの書類に埋もれた小さなポチ袋。
裏を返すとそこには手書きで「おばあちん(ちゃん)より」と書かれている。
ああ、そうだこれは祖母がくれたものだ。
10代で東京での一人暮らし
高校卒業と同時に進学のため東京へ引っ越した私。
初めての一人暮らしに四苦八苦しながら、楽しい学生生活を送っていた。
父が「大学と付く場所なら(一人暮らしを)許す」と言ったがゆえ
「じゃあ『短期大学』も大学って付くからいいよね!!」
と高校の担任、美術教員を巻き込んで突然の芸術短期大学進学を果たした私。
そして東京都下と呼ばれる23区外の場所へ居を構えた。
卒業後は養成所に通ったものの、演劇界の厳しさと自分の覚悟のなさに一般企業へ就職。
9:00〜20:00(みなし残業が含まれていたため、当時は残業している感覚すらなかった)勤務で、クタクタになりながらも必死に日々を生きていた。
そんなある日、実家から一報が入る。
危篤の知らせ
「祖母が危ない状態だ」
寝耳に水だった。
どうしてだろう、家族というものはいつまでも一緒にいてくれるものだと思って、20歳そこそこの自分は、それを「失う」という概念がなかった。
その日は新幹線で往復。
もちろん後悔はない。
結果、祖母も持ち直したが肝が冷えた。
なにせ病魔は祖母をだいぶ蝕んでおり、余命宣告まで受けていたのだから。
心配になった私はこまめに実家に帰ることにした。
往復の新幹線代は祖父がいつもくれた。
ありがとう、と受け取りつつどうして私は一人暮らししているのだろうとも思いながら。
寸志
そう。
見つけたポチ袋は、私が東京に行くと実家を出るときに祖母がくれたものだ。
頑張りなさいね、と何かあったら使いなさいと1枚の千円札が入っている。
東京にいるときはいつもそれを「絶対に使うまい」としまい込んでいた。
絶対に頑張る、と心に決めて。
だから忘れていた。
いまだにそのお金だけは絶対に手を付けないと決めている。
こんな風に決めたお金はこれだけ。
頑張る原動力になるお金、そんな初めてのお金をくれた祖母。
たまに夢に出てきてくれてもいいんだけどな、と思いながら今もポチ袋を眺めている。
さて、もう少し頑張りますかね。
