趣味は「映画鑑賞」って書いてもいいですか?~薄口な映画感想文~#54
映画タイトル:金髪
監 督:坂下雄一郎
出 演:岩田剛典、白鳥玉季、門脇麦、山田真歩、信太昌之、阪田マサノブ、盛隆二、梅田誠弘、足立智充、田村健太郎、前野朋哉、内田慈、本間里彩、浅井陽人、木村日翠、理功、阿久津慶人、坂本いろは、岩上瑞輝、希咲うみ、谷水陽南、佐々木告、米満寧花、後聖人 他
鑑 賞 動 機 :新聞に載っていた映画の紹介文を読んで、面白そうだったから。
ストーリー :30歳になったのに、自分がおじさんである、という自覚の薄い中学校教師の市川(岩田剛典)。ある日彼が受け持つクラスの一部生徒達が突如金髪にして登校したものだから、学校はパニックに陥る。その仕掛け人は、市川が担任するクラスの女子生徒:板禄(白鳥玉季)だった。そしてなんやかんやあって、市川は市と県の教育委員会に睨まれる。板禄は、他クラスの同級生が、地毛の色が元々茶髪なのにも関わらず生徒指導の教諭に髪を染めている、と叱責され、地毛証明を提出するが取り合ってもらえず、髪を黒く染めて黒髪に戻すよう指導された事で不登校になってしまったのを契機に、古い校則の見直しを要求する。この騒動をマスコミが嗅ぎ付け放送すると、全国的な騒ぎに発展し、校則見直しの機運が高まるが、・・・。
☆薄口な感想
物語は主人公:市川の一人語りで進行していく。
その一人語りの発言内容や語り口は、悪い意味での「意識高い系」。
その様子は何か見ていて、片腹痛い、というか、何となくコチラがこっぱずかしい、と言うか。でも、振り返ってみると、主人公と同じ年頃の自分は妙にイキがっていて、周囲からは同じように見えたんだろうなぁ、と自己嫌悪。
話を戻して、騒動の渦中に放り込まれた中学校の教師たちは、教員世界の内輪の論理と市及び県の教育委員会の顔色を伺いながら、この騒動の収束を図ろうとする。
しかし、そこには、騒動を起こした生徒、というか発端となった板禄の動機を知り、場合によってはこれまでの習慣を見直す、な~んて発想は微塵も感じられない。
あくまでも、これまでの慣例を踏襲し、何も変えない、変えようとしない、考えない、という意識・感情が見え見え。
本題から逸れるのだが、何も変えようとしない人の事を保守的、と呼ぶ人がいるけど、それは違います。
そういうのは、頑固者の事なかれ主義者、と呼ぶのが正しいと思う。
本当の保守は、前例を踏襲するが、状況に応じて変化を取り入れ、継続を図る人の事を言うのです。
で、この映画の教師たちは、本質的に事なかれ主義者で、生徒指導教師に至っては、威圧的・高圧的・権柄尽く という言葉がぴったり。子供たちが何に不満を持ち、何を変えたいと思っているのか?を理解しようともしない。若しくは、理解できない?
もっとも、中学教師にとっての優先度は、①自校の生徒を何人難関高校に進学させられたか?、②高校進学率をどれだけ高める事が出来るか、③生徒が高校受験に失敗しないようにする事、なのでしょう。
だから、学校に反抗的な態度を取る暇(いとま)があるなら、受験勉強に勤しめ、内申書に影響を及ぼすような問題行動を起こすな、というのが本音なのでしょう。
またまた、本題から逸れますが、田舎では、私立高校より公立高校の偏差値が高く、勉強が出来る生徒は公立高校へ進学するのが一般的です。(多分)そして、大多数の生徒が推薦入学で進学しているようです。
中学時代に好き放題して内申点が低く、推薦で進学出来なかった、我が愚息は中学3年生の三者面談で、担任教師から私立高校も受験するよう勧められましたが、「水は低きに流れ、人は易きに流れる」そのものの性格なので、逃げ道があると公立高校の受験も失敗するだろうと踏んだ私は、愚息の担任教師に、私立高校の受験はさせない、と宣言しました。→結果は、無事公立高校に合格しました。だいたい、退路を断たないと本気出さない事は分かっていましたから・・・。
そういえば、以前、どこかの中学校だか高校だかの校則が、何十年ぶりに見直しされました、というニュースが流れたことがありましたねぇ。
校則自体は、その学校が存続する限り、何もなければ永遠に存在するのに対し、その校則に拘束される生徒は3年しか在籍しないんだよね。
そりゃあ、短い学生生活の中で莫大なエネルギーを費やして校則を見直し変えよう、等とは思わないでしょうねぇ。
世の中を変えるのは、「若者」「余所者」「馬鹿者」と言われますが、教師の目線では、校則を変えよう、等と思う生徒は「馬鹿者」と映るんでしょうねぇ。
ただ、自分がもし生徒の立場なら、と考えた時、「この校則、何か変!」と気が付いて、「校則を変えよう!」等と、あの3年間の学生生活で思うかなぁ。ボンクラな生徒だったから、何も不思議に思わなかっただろうなぁ。まぁ、実際、思ってもいなかったし・・・。
学校教師というのは、大学を卒業してから(定年)退職するまで、教員以外の世界を知らずに生きている人が多いので、結構世間からずれた感覚の人も多いんですよねぇ(筆者の実体験)。
しかも、周囲の人はその人を若いうちから「先生」と呼ぶので、勘違いしている人も多いような気がします。
だから、学校(自分達が守ってきた世界)の平穏を乱すような事態には反発するし、前例を見直す、なんて事はしないんだろうなぁ。敢えて、同情するなら、教師達は滅茶苦茶忙しいし、世間慣れせず自分たちの世界で生きているから、外部の圧力に弱い、という事かなぁ。
で、結局この映画はどうしたかったのだろう?と考えた時、主人公の成長物語?と言ったら良いのだろうか?私は、何も考えず、笑いたかったんだけどねぇ。ま、少しは笑えましたけどネ。
