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【少女マンガ断想】 少女漫画で少女と少年が果たす役割

先日、「少女も少年も出てこない少女漫画について考える会」というトークイベントを開催しました。

少女漫画において主要キャラの八割方を占める少女と少年は、読者にとってどんな意味を持つのかをまず考え、
それを踏まえて、少女も少年も出てこない少女漫画にはどういったものがあるのか。またそれらの作品はどのように少女漫画たり得ているのか、の仮説を立ててみるという内容でした。

後半の“少女も少年も出てこない少女漫画”についてはまだまだ研究の余地ありで、参加者の方と交わした様々な意見からまた考えを深化させていきたい部分でもあるのでひとまず置いておきます。
この記事では前半部分の、少女漫画における少女と少年の意味について、わたしの思ったことをつらつらと書き連ねておこうと思います。

少女漫画についての解像度を深める助けとして今後も活用していきたい、基本的な認識のところなので異論や思うところがあればコメントして頂いて、ブラッシュアップしていかれれば幸いです。

○少女漫画の定義

少女漫画=少女のためのもの
(もちろん誰が読んでも良いし、大人が読んでも楽しめる作品も数多あるけれど、大前提として)少女が楽しめるものでなければならない

→とはいえ想定されている読者の少女像も時代によって変わっているし、最近は特に漫画のジャンルがシームレスになっていて、正直明確な区分は存在しない。
強いて言えば少女漫画雑誌に連載、もしくは少女漫画レーベルからコミックスが出ている作品が少女漫画であると言えるだろう。

○今回対象にした範囲

わたし自身が最近の漫画はよく知らないため、基本的に昭和の少女漫画を対象としました。トークイベントでは一部1990年代の作品も取り上げましたが、2000年以降にはノータッチ。

○少女漫画における少女の意味

少女が楽しめる内容にするためには、読者である少女が共感しやすい、同年代の少女が語り手だと話を作りやすい。またそういった話の方が良いだろうという作り手・売り手側の共通認識がある。
概ねこんな理由で、少女が主人公の作品が大半を占めているのでしょう。

そういった背景も頭に入れた上で、少女漫画に出てくる少女の、読者にとっての意味を考えてみると、これらの3つが挙げられるのではないでしょうか。
(もちろん1キャラ=1つの意味というわけではなく、複数の要素が絡み合っている場合が多い)

☆画面の華やかさ
きらびやかなファッションや巻き髪などの髪型、大きくてキラキラした目はカラーでは特に映えますし、そこまで派手でなくても”綺麗”や”可愛い”はぱっと目を引きます。

分かりやすい例で言えば池田理代子「ベルサイユのばら」のマリー・アントワネットとオスカルとか。
※ちなみにベルばらは来年劇場版アニメが公開されるです。ドキドキワクワク。

バレエに代表される身体美・装飾美なども、モノクロの紙面でも華になりますよね。(バレエ漫画は初期から少女漫画の一大ジャンル)

ちなみに少年メインの作品にサブキャラとして女の子が出て来る場合も、この効果が期待されているように思います。
個人的に印象深いのは、少年たちの学び舎・全寮制のギムナジウムの面会日に訪れる、学友の誰かの親類である綺麗な少女の存在。話のメインになることはなくとも、ギムナジウムものには大抵美少女が一度は登場する気がします。

☆共感
少女漫画で最も重視される要素が、この共感ではないでしょうか。
描かれているものが読者の現実に近ければ近いほど「分かる! そうだよね〜」とか「ヒロインを応援したい!」という心理になりやすく、作品に好感を抱きます。

もう少し細かく見ると、共感する対象は
シチュエーションと心理の二つに分けられます。

・キャラクターの置かれている状況に共感する場合
家庭内の問題や友達とのいざこざ、恋愛の一進一退など。
現実に近い世界を描いている作品は、ストーリーや設定に自己投影しやすいです。
代表的なのは学園ラブコメですよね。

(共感とはまた違うけれども、同情や可哀想な姿を見たいという嗜虐的な心理に訴えかける場合もありますね)

・登場人物の心情を表現したポエジーに共感する場合
これは少女漫画ならではな要素、かつ少女漫画の醍醐味だと思っています。
思春期に悩みがちな哲学的なこととか、日々の些細な悩み事を詩的な言葉で表現しており、読者はそれに同調して陶酔できるのです。

ただし成長すると、「こんなこと思ってたんだ」と羞恥したり、もはや心情を理解できなくなってしまったり、しばしば共感は嫌悪にもなり得ます。
また少女漫画を読んでこなかった人の中には、このポエジーが理解できないという人も少なからずいるようです。

☆憧れ/もしくは優越感
自分もああなりたい、と憧れを抱く存在や設定も大切な要素ですよね。
もうちょっと詳しく見ていきます。

・なりたい人物像への憧れ
美しさ、気高さ、強さ、ひたむきさ、優しさ……。
自分にないものを人は求めるものです。

全てを兼ね備えたスターのような(少なくとも表面上はそう見える)存在が登場する作品は多数あります。
この場合、そのスターにヒロインが憧れを抱いているパターンがセオリーで、ともすると姉妹愛や百合へと発展しがち。”共感”とセットで描かれることの多い”憧れ”です。

また反対に、「こうはなりたくない」「わたしの方がイケてる」と読者に優越感を感じさせるようなキャラクターが登場する場合もあります。
こういうキャラクターは、時間を経て読者の好感度がアップして共感や憧れの対象になることもままあります。
個人的には昭和の作品は優越感とともに同情を誘う話が多く、平成以降の作品には身近な”ブサイク少女”を彼女の側から描いて共感を呼び起こす傾向が強いように思います。

ちなみに少女漫画の”ブサイク”論を説いたこんな本もあります。

・シチュエーションへの憧れ
こんなことが起こったらいいな〜と、身近なシチュエーションから純ファンタジーまで、憧れる状況は様々あります。
少女漫画あるあるだと、何の苦労もしてないのに平凡な女の子が芸能界入り! とか、親の再婚で急に兄弟ができた! とか……。
まあありえないよね〜とは思いつつ夢を見させてくれる部分です。

似たところでは特殊能力への憧れもあります。
超能力だけでなく、スポーツや芸術などに関する何か秀でた才能など、”持てる者”への憧れですね。

○少女漫画における少年の意味
一方の少年にはどんな意味があるかと言えば、一言で言ってしまえば少女にとっての身近な異性であるということ。

・恋愛対象や頼れる存在
男女の恋愛を描いた作品では少年は、そのキャラクター性よりまず少女の相手役であることが大切です。
多くの場合ヒロインは”恋に恋する”状況で、相手の少年がどんな子か分からないまま好きになっているなんてこともありがち。
そんな時、彼らは少年(もしくは青年)という記号的な意味を持っています。

・美しさ
少女に華やかさが求められるのと同じように、少年にも見た目の美しさが求められます。
その上で、特に少年愛には退廃的な耽美さがありますよね。
わたし自身は竹宮惠子をはじめとするがっつりBLは読まないので、あくまでブロマンス的なものを想定していますが、憂いのある美少年が並び立つ画面など、少女には出せない魅力があるものです。

・未知の存在としての期待(憧れ)
しばしば少女の方が現実的で、少年の方がロマンチストだと言われます。
現実では個人差がありますが、少女漫画における少年はこの”少年らしさ”を象徴しているキャラクターが多いのではないでしょうか。

少年の意味する純粋さや、それゆえの不完全性、危なっかしさ。
容易に理解できないからこそ惹かれる性質を、少年たちは有しています。
逆にある種の弱さや切なさを備えていない少年キャラだと共感しづらく、少女漫画でも少年漫画っぽいなあなどという感想を抱きがちです。

また、作中の少女と全く異質な存在だからこそ、少年は少女を成長させるための壁やサポート的な役割も果たします。
(この辺り、少年にざっくり青年も含んで考えてしまいましたが……)

ちなみに”少年”を描く意味について、少女漫画の神様・萩尾望都がこんなことを語っています↓

おてんばな女の子というのは何かするたんびに言いわけをしなきゃいけない。だから、非難されなきゃいけない、大声出したり、ちょっと木登りしたりするだけで。ところが、男の子は平気なんですね、何をしても、すごく自由で。私は、自分が女だからって不自由をしたことは一回もなかったのに、自分で自分にこんなに規制をかけていたのかと思ってしまって、それで男の子が出てくる話を描くのがすごくおもしろくなった。


こんなところが、今回考えた少女漫画における少女と少年の概観です。
当てはまらない少女漫画もちらほらあり、それの一部が「少女も少年も出てこない少女漫画」に繋がっていくわけですが、今回はこんなところで、締め切り迫った創作大賞に滑り込もうと思います。

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