残業帰り、駅ナカの角打ちで開いた本
1.今日は、まっすぐ帰れなかった
時計を見ると、もう21時を少し回っていた。
残業と呼ぶには、もう慣れすぎてしまった時間帯。
「今日も一日、お疲れさん」と誰かに言われることもなく、パソコンを閉じて、静かに席を立つ。
頭の中には、まだ仕事の続きを引きずったままの数字や言葉が、うまく片づかないまま残っている。
家に帰れば風呂があって、晩飯があって、テレビがあって、それなりに“整った夜”が待っているのは分かっている。
それでも今日は、まっすぐ帰る気になれなかった。
駅へ向かう足取りが、ほんの少しだけ遅くなる。
帰宅ラッシュのピークは過ぎているはずなのに、改札前は、まだ人の流れが途切れない。
皆それぞれに疲れた顔をして、それぞれの家へ、あるいはそれぞれの夜へと吸い込まれていく。
その流れから、ほんの少しだけ横に逸れる。
駅ナカの一角にある、小さな角打ちが、今日はなぜか、やけに明るく見えた。

2.駅ナカ角打ちという、都合のいい場所
駅ナカの角打ちは、便利で、少しだけずるい場所だ。
改札の外にありながら、「途中下車」と言い訳できる距離感。
店に入る理由を、いちいち説明しなくていい。
暖簾をくぐるほどの覚悟もいらないし、「ちょっと一杯」が、そのまま成立する。
立ち飲みのカウンターには、仕事帰りのサラリーマン、これから夜勤に向かうらしい作業着の人、どこかの店を閉めたあとだろうか、年配のご夫婦。
誰もが、長居するつもりはなさそうで、それでも皆、ほんの少しだけ、ここに留まりたい顔をしている。
冷蔵ケースの前で、数秒だけ迷う。
今日はビールほど軽くはないし、日本酒を腰据えて、という気分でもない。
結局、選んだのは、ウイスキーの小瓶。
紙コップに氷を入れて、セルフで注ぐという、実に簡単な作業。
この簡単さがいい。
頑張らなくていい酒は、残業帰りの身体に、ちょうどいい。
角打ちの片隅に立ち、紙コップを一口含む。
氷が軽く当たる音と一緒に、仕事の続きを考えていた頭が、少しだけ現実に戻ってくる。
そのタイミングで、鞄から文庫本を取り出した。
立ち飲みで本を読む、というのは、決して格好いい行為ではない。
ましてや、駅ナカ。
人の出入りも多く、落ち着いて読書する場所ではない。
それでも、こういう場所で本を開くときがある。
理由は単純で、「家まで我慢できなかった」からだ。
続きを読みたい、というよりも、今の気持ちのまま、何か別の言葉に触れておきたかった。
本を開いた瞬間、周囲の音は、完全には消えない。
電車のアナウンス、グラスが置かれる音、短い会話の断片。
それらすべてを背負ったまま、文字を追う。
不思議なもので、この雑音込みの読書が、妙に心地よい夜がある。
3.酒があると、読書は少し緩む
ウイスキーの氷が、いつの間にか小さくなっていた。
紙コップを軽く回しながら、また一口。
酒が入ると、文章の受け取り方が、少しだけ緩む。
これは良くも悪くも、だ。
論理を追いすぎなくなる代わりに、行間に滲んだ気配や、書かれていない感情に、
勝手に共感してしまう。
この夜も、「そこまで深い意味はないだろう」と思える一文に、妙に引っかかったりする。
けれど、それでいい。
酔いながら読む本は、正解を探すためのものじゃない。
今の自分が、どこに引っかかるかを確かめるためのものだ。
残業帰りの夜は、大抵、自分の弱い部分が、少しだけ表に出てくる。
その弱さを、誰にも見せずに済む場所が、この角打ちであり、この一冊だった。
ふと気づくと、時計は22時を指していた。
そろそろ、本当に帰らなければならない時間だ。
角打ちは、長居する場所ではない。
長居しないからこそ、成立している場所でもある。
最後にもう一口飲んで、本を閉じる。
読みかけのページに、栞を挟むほどでもない。
指で軽く折り目をつけて、また鞄に戻す。
会計を済ませ、店を出ると、駅の通路は、さっきよりも静かだった。
終電までには、まだ少し余裕がある。
「ちゃんと帰る前」に、こういう時間があると、家に帰ったあとの夜が、少しだけ違ってくる。
いきなり布団に倒れ込むのではなく、一度、心を緩めてから、自分の生活に戻れる。

4.家に帰って、続きを読まない夜もある
家に着いてから、続きを読もうと、鞄から本を出すこともある。
けれど、この夜は、そうしなかった。
風呂に入り、テレビをつけ、いつもの夜に戻る。
それで十分だった。
駅ナカの角打ちで読んだ数ページは、もう、物語の続きとしては、曖昧になっている。
それでも、「今日の自分には、これで足りた」という感覚だけは、ちゃんと残っている。
読書というのは、全部を読み切らなくても、成立する趣味なのだと、こういう夜に、あらためて思う。
仕事を真面目にやっているつもりでも、どうしても報われない日がある。
評価されないとか、失敗したとか、そういう話ではない。
ただ、「疲れたな」という事実だけが、どこにも置き場を見つけられない日。
そんな夜に、駅ナカの角打ちで、一杯の酒と、数ページの読書があると、心にクッションが挟まる。
衝撃をゼロにはできないけれど、そのまま床に叩きつけられるよりは、ずっとマシだ。
大人になると、誰も「今日は大変だったな」と、簡単には言ってくれない。
だからこそ、自分で、自分に用意する。
酒と本は、そのための、とても手軽で、とても優しい道具だ。
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