江戸っ子は宵越しの銭は持たない 江戸と日本酒と落語と・・・①
剣菱伝説
江戸の日本酒といえば『剣菱』
日本酒の代名詞、日本酒のアイコン的存在だったそうです。
今でいえば、獺祭と十四代と新政と久保田を足したような存在といえばその一強ぶりを感じていただけるかと。
伝説は数々あります。
・創業500年以上の蔵
・有名な浮世絵「東海道五十三次」の日本橋に剣菱ロゴが登場
・八代将軍吉宗に御前酒として献上
・古典落語にも極上の酒として登場
・江戸流行名酒番付で最高位の東の大関
・社訓「止まった時計でいろ」止まった時計でも一日に二度時間は合う
などなど
書ききれないくらいの伝説の宝庫なのです。
今ではどこにでもある酒、名前は聞いたことあるけど飲んだことない。
というイメージの方が多いかもしれませんが、当時は大人気で
高級酒=剣菱 といわれていて江戸庶民の憧れの酒だったそうです。
ちなみに「止まった時計でいろ」は
剣菱は時代や流行が変わろうとも味は変えない。
止まった時計でも一日に二回は正確な時間を表示するように剣菱が変わるのではなく時代が剣菱に合うのを待つという考え方だそうです。
500年以上の歴史があるからこそ言えるセリフですね。
「下らない」の語源
江戸時代の日本酒は関西の「伊丹」や「灘」が本場で味も実力も圧倒的でした。
対して関東の酒は「地酒」と呼ばれていました。
今では「地酒」は地元の良い酒というイメージですが、当時は田舎のたいしたことない酒という少し馬鹿にしたニュアンスだったようです。
大人気の関西の酒は「樽廻船」という船で江戸に運ばれてきました。
新酒の時期には一番先に江戸に新酒を届ける「新酒番船」というレースをしていたそうなので、めちゃめちゃ楽しみにしていたみたいですね。
なんでもエンタメに転嫁する江戸庶民らしいエピソードです。
樽廻船に限らず当時は関西が「上り」で関東が「下り」でした。
つまり日本酒は下ってきていました。
江戸は一大消費地ですから、良い酒はどんどん下って来てそうでもない酒は下って来なかったそうです。
下って来ないものは良くない物ということで、大したことないことを「下らない」と言うようになったそうです。(所説あるらしい)
文七元結
古典落語の中にも剣菱が最上級の酒だった節がうかがえる話がいくつかあります。
その中でも私が好きな「文七元結」を簡単に紹介します。
(古典落語でも演者さんによって表現や演出が違う場合があります)
文七元結
1. 娘の身売り
腕が良いのに博打のせいで極貧生活を送る長兵衛。ある日、娘のお久が突然姿を消します。 あわてて探すと、お久は吉原の遊郭「角海老(かどえび)」にいました。お久は、自分の身を売って父の借金を返し、改心してもらおうと自ら売られにいったのです。
角海老の女将は、お久の健気さに心を打たれ、長兵衛を呼び出して厳しく説教をします。
「この50両で借金を返し、1年間真面目に働きなさい。お久ちゃんは1年間、店には出さずに預かっておく。1年以内に50両を返して、お久を連れて帰りなさい」
女将の情けに涙を流した長兵衛は、心を入れ替えることを誓い、50両の包みを懐に抱えて家路につきます。
2. 吾妻橋での遭遇
長兵衛が吾妻橋を通りかかると、今にも川へ身を投げようとしている若い男(文七)を見つけます。 必死に引き止めて事情を聞くと、文七は近江屋の奉公人で、お得意先で集金した大事な50両をスリに盗まれてしまったと言います。「旦那に申し訳ない、死んでお詫びをする」と泣き叫ぶ文七。
長兵衛は最初、「そりゃ気の毒だが、俺の知ったことじゃねえ」と断ります。なにしろ手元にある50両は、愛娘が身をていして作ってくれた、命より大切な金です。
3. 男気と究極の選択
しかし、文七の絶望した姿を見た長兵衛の職人気質、江戸っ子の男気が黙っていられなくなります。
「俺の娘は死にゃあしねえ。1年経てば女郎になるだけだ。だが、おめえは今死んじまう!」
長兵衛は、娘の身代金である50両の包みを文七に投げつけ、「これで命を助けると思って受け取れ!」と言い残し、名前も告げずにその場を走り去ってしまいました。
4. 翌朝の奇跡
一文無しで家に帰った長兵衛。事情を知らない妻のお兼は「娘を売った金を博打でスッてきた」と大激怒。家の中は大修羅場になります。
そこへ、立派な身なりの商人(近江屋の主人・徳兵衛)と文七が訪ねてきます。 実は昨日、文七は金を盗まれたのではなく、お届け先に50両を置き忘れていただけだったのです。店に戻って預かっていた金が見つかり、命を救われた文七は、旦那に事の顛末を話しました。
感動した近江屋の旦那は、文七が命を救われたお礼にと、長兵衛の家を必死に捜し当ててやってきたのでした。
5. 結末(サゲ)
近江屋の旦那は、長兵衛の男気に深く感銘を受け、投げ出された50両を返すだけでなく、角海老からお久を身請けして、長兵衛のもとへ送り届けます。さらに、長兵衛の家を新築し、お久を文七の嫁に迎えたいと申し出ます。
その後、文七とお久の夫婦は、髪を縛る紐(元結)を売り出す店を開き、これが「文七元結」と呼ばれて江戸中で大評判になった、というハッピーエンドで噺が締めくくられます。
まとめ
文七元結の中で近江屋の旦那と文七が長兵衛の家にお礼に行く時に持参した酒が「剣菱」です。
最大級のお礼として剣菱が使われています。
また、古典落語では「江戸っ子は宵越しの銭は持たない」「一度出した金を受け取れるか」などの表現がよく出てきます。やせ我慢というか見栄っ張りというかコジらせた人が職人には多かったようです。
当時の江戸っ子気質では50両は素直に受け取ってもらえないかもしれない。
でも、酒それも最上級の剣菱なら受け取ってもらえるだろうという近江屋の旦那の粋なはからいなのかもしれません。
落語や日本酒は日本文化と密接な関わりがあり、当時の文化や様子が垣間見れて興味深いです。
また、この連載で紹介しているものは私が独学で調べているものです。
違う説や修正点がありましたらご意見いただけますと幸いです。
