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【日本酒のつくり】仕込み編① 奇跡の生化学「並行複発酵」と東西発酵史の交差点|日本酒のカタチ 第十六回


これまでは、酒を腐らせる雑菌の脅威からいかにして環境を守り、無敵のエリートである「清酒酵母」を純粋に培養するかという「二酛(酒母・酛造り)」の壮大なドラマを追ってきました。

いよいよ今回から「三造り」、すなわち【本仕込み(醪:もろみ)】の世界へと突入します。 完成した酒母をベースに、巨大なタンクの中で本格的なアルコール発酵を行わせ、私たちが飲む「日本酒」を生み出すクライマックスの工程です。

日本酒の仕込みタンク(醪)の中では、世界中のあらゆる醸造酒を見渡しても類を見ない、極めて特殊で奇跡的な生化学的プロセスが採用されています。それが「並行複発酵(へいこうふくはっこう)」です。

今回はまず【無料部分】として、日本酒の教科書に必ず載っている「ワインやビールとの決定的な違い」を解説します。

そして続く【有料部分】では、時間を一気に約9000年前に巻き戻し、「麦の西洋」と「米の東洋」が全く違う発酵の歴史を辿った「東西発酵史の分岐」を探ります。

さらに、一つのタンクの中で繰り広げられる「糖化」と「発酵」のミクロの綱引き、最新の『炭素安定同位体比』分析が暴いた真実、そしてこの数百年前の伝統技術が現代のバイオマス産業のモデルになっているという、驚愕の生化学的深淵へと皆様を導きます。

第1部 世界の酒類と「並行複発酵」

1. 糖化と発酵 ── なぜ「米」からお酒ができるのか?

お酒(アルコール)を生み出す絶対的な主役は「酵母(Saccharomyces cerevisiae)」という微生物です。酵母が「糖分」を食べることで、アルコールと炭酸ガスを生み出します。 しかし、ここで一つ大きな問題が生じます。日本酒の原料である「米」の主成分はデンプンであり、そのままでは分子が大きすぎて、酵母は食べることができません。

米からアルコールを造るためには、まずデンプンを酵母が食べられる小さな「糖(ブドウ糖)」へと分解(カット)してあげる必要があります。このデンプンを糖に変えるプロセスを「糖化(とうか)」と呼びます。

日本酒造りにおいては、「麹菌(Aspergillus oryzae)」が分泌する酵素(アミラーゼ)がこの糖化の役割を担っています。つまり、米からお酒を造るには「①デンプンを糖に変える(糖化)」と、「②糖をアルコールに変える(発酵)」という2つの異なるステップが絶対に必要となるのです。

2. 世界の酒類における3つの発酵スタイル

お酒を造る際、この「糖化」と「発酵」をどのように行うかによって、世界の醸造酒は大きく3つのカテゴリーに分類されます。

  • 単発酵(ワインなど)
    ブドウなどの果実には、最初から酵母が食べられる「糖分(果糖やブドウ糖)」がたっぷりと含まれています。そのため「糖化」のステップをスキップし、果汁に酵母を加えるだけで直接アルコール発酵が始まります。最もシンプルで自然に近い発酵です。

  • 単行複発酵(ビールやウイスキーなど)
    麦などの穀物を使う西洋の酒類は、日本酒と同じくデンプンを糖化する必要があります。ビールの場合、まず大麦を発芽させた「麦芽(モルト)」の持つ酵素を用いてデンプンを完全に「糖化」させ、甘い麦汁(ウォート)を造ります。そして、糖化工程が完全に終了した後で、その甘い麦汁だけを発酵タンクに移し、後から酵母を加えて「発酵」させます。つまり、糖化と発酵を「別々の工程(直列)」で行うのです。

  • 並行複発酵(日本酒)
    日本酒は、仕込みタンク(醪)の中に、蒸した米、水、麹菌の酵素(米麹)、そして酵母をすべて一緒くたに投入します。タンクの中で、麹菌の酵素が米のデンプンを溶かして糖を造り出す(糖化)と同時に、生まれたばかりのその糖を、すぐ隣で待機している酵母が次々と食べてアルコールに変えていく(発酵)。この2つのプロセスが「同一のタンク内で、同時に(並行して)」進行するのです。これが並行複発酵です。

3. アルコール度数20%の秘密 世界最高到達点

この並行複発酵という仕組みは、日本酒に驚くべき特性をもたらしました。それが「極めて高いアルコール度数」です。

一般的に、単発酵のワインのアルコール度数は10〜15%程度、単行複発酵のビールは5%程度で、原料に含まれる糖分を使い果たすため発酵がストップします。もし、日本酒と同じ高アルコールを生み出せるだけの大量の糖分を最初に一度に与えると、酵母という生き物は高濃度の糖環境(浸透圧ストレス)によってダメージを受け、発酵できなくなってしまいます。

ウイスキーや焼酎などアルコール度数が40%を超えるお酒は、発酵が終わった液体を火にかけてアルコール成分だけを集める「蒸留(物理的な濃縮)」を行っているためです。

しかし、日本酒は蒸留という人為的な濃縮を行うことなく、純粋な微生物の発酵(醸造)の力だけで、最大でアルコール度数20%という、醸造酒としての世界最高到達点まで発酵を進めることができます。 なぜ日本酒の酵母だけが、自らの限界を超えてそこまでアルコールを出し続けることができるのか?

【ここから有料部分へ】

ここまでが、「並行複発酵」の基本です。 しかし、「なぜ西洋のビールのように別々にしないで、同じタンクで同時に行うのか?」という歴史的な謎と、「同時に行うとタンクの中で何が起きるのか?」という生化学的な謎が残されています。

ここから先の【有料部分】では、古代中国の遺跡から辿る「東西発酵史のパラダイム分岐」、日本列島における「口噛み酒から散麹への進化」、酵母を死なせない究極のストレス回避システム、そして最新の『炭素安定同位体比分析』が暴き出した分子レベルのダイナミズムまで、知的好奇心を極限まで刺激する深淵へと皆様をご案内します。

第2部 発酵の世界史
「麦の西洋」と「米の東洋」の分岐

並行複発酵のメカニズムを理解するためには、そもそも人類がいかにして「穀物(デンプン)」を酒に変えてきたのかという、世界的な技術の系譜を追う必要があります。

第1章 約9000年前の分岐
「麦芽と煮沸」vs「カビと蒸きょう」

穀物からアルコールを造る営みは、人類の農業の歴史と完全に軌を一にしています。中国南部の長江流域に位置する橋頭遺跡からは、約9000年前の土器が発掘され、その内部から米やハトムギを用いた穀物発酵酒の痕跡と、カビや酵母の残留物が発見されています。

穀物のデンプンを糖化する手法において、世界史は大きく「西洋系譜」と「東洋系譜」の二つの系譜に分岐しました。気候風土と、そこで栽培される穀物の特性が、全く異なる発酵のアプローチを生み出したのです。

① 西洋系譜(麦・発芽・煮沸・液体)
中東の三日月地帯を起源とする大麦や小麦を中心とする文化圏では、穀物自身の「発芽の生命力」を利用しました。大麦を水に浸して発芽させると、種子内部に自然にデンプン分解酵素が生成されます。これを砕いて温水に浸して糖化させ、得られた甘い麦汁を「煮沸」して酵素の働きを止め、殺菌してから酵母を入れます。すなわち、西洋の醸造は液体の状態で、糖化と発酵を切り離す(単行複発酵)道を進みました。

② 東洋系譜(米・カビ・蒸きょう・固体)
一方、モンスーン気候の恩恵を受ける東アジアの米作文化圏では、米が自ら発芽する際の酵素力が大麦に比べて弱かったため、外部の微生物である「カビ(麹菌)」の力を借りる技術が発達しました。
カビを健全に繁殖させるためには「固体培地」が必要であり、そのために米を「蒸す」技術が徹底的に磨かれたのです。米を液体の粥状に煮沸するのではなく、固体のまま蒸し、そこにカビ(麹)を住み着かせ、そこに水と酵母を加える。必然的に、同じ容器の中で糖化と発酵が同時に進行する「並行複発酵」の土壌がここで形成されました。

第2章 日本における進化史
口噛み酒から「散麹」の完成へ

この東アジアの系統の中で、日本列島の酒造りはさらに独自の洗練を遂げていきます。

① 人体による糖化「口噛み酒」(縄文後期〜弥生時代)

稲作が伝来した初期、日本の人々はカビを利用する技術を持っていませんでした。そこでデンプンの糖化の役割を担ったのが、人間の唾液に含まれる消化酵素(アミラーゼ)でした。加熱した米を口で噛み、唾液と混ぜて容器に吐き出し、空気中の野生酵母によって発酵させる「口噛み酒」。これは極めて原始的で非効率な並行複発酵の原型と言えます。

② 大陸からの技術伝播「餅麹(もちこうじ)」(古墳・飛鳥時代)
5世紀初頭、大陸から「餅麹」の技術が伝来します。麦や米の粉を水で練ってブロック状に固め、クモノスカビなどを繁殖させたものです。これにより、唾液に頼らず大量のデンプンを一気に糖化することが可能になりました。

③ 気候風土が育んだ究極形態「散麹(ばらこうじ)」(奈良時代〜)
しかし、大陸の餅麹は固まりの内部に空気が入りにくく、日本の風土には必ずしも最適ではありませんでした。そこで日本の醸造家たちは、高温多湿な気候を利用し、蒸した米の一粒一粒の表面に直接好気性の黄麹菌(Aspergillus oryzae)を繁殖させる「散麹」という独自の技術を完成させます。

この「散麹」の完成こそが、日本酒における「並行複発酵メカニズムの完成」を意味していました。米粒の中で強力な酵素を生み出す麹菌と、アルコールを生み出す酵母が、一つのタンクの液中で完璧に共生する基盤が整ったのです。

第3部 ミクロの動的平衡と最先端バイオテクノロジー

歴史的に獲得されたこの「並行複発酵」は、現代の生化学的な視点から見ると、酵母を極限まで働かせるための極めて合理的なメカニズムとして機能しています。

第1章 酵母を死なせない「究極のストレス回避システム」

もし日本酒をビールのように、最初に米と麹だけで完全に糖化させ、極限まで甘くなったシロップのような液体を造り、そこに酵母を投入したらどうなるでしょうか? 日本酒の原料割合(米に対して水が極めて少ない高濃度仕込み)でこれを行うと、酵母は瞬時に全滅してしまいます

その原因が「浸透圧ストレス」です。 周囲の液体が極端な高糖度になると、浸透圧の原理によって、酵母細胞の内部から水分が強制的に奪い取られてしまいます(原形質分離)。強烈な浸透圧ショックを受けた酵母は、活動を停止し、死滅してしまうのです。

並行複発酵は、この致命的な事態を完璧に回避します。 タンクの中では、麹菌がデンプンを少しずつ糖に変えていきます。そして糖が生まれた端から、酵母がすぐにそれを食べてアルコールに変えてしまいます。

つまり、タンク内の遊離糖分の濃度は常に一定の「低いレベル」に保たれ続けるのです。糖度が高くならないため、酵母は浸透圧ストレスを受けることなく、安全な環境で発酵を続けることができます。

第2章 ミクロの綱引き
「動的平衡」の生化学的メカニズム

麹菌が「糖を造り出すスピード」と、酵母が「糖を消費するスピード」が、完全に釣り合っている状態、これを生化学の用語で「動的平衡状態」と呼びます。

  • 糖化が早すぎる(溶けすぎる)場合
    酵母が食べるスピードが追いつかず、タンク内に糖が溢れ返り、酵母が浸透圧ショックを受けて発酵がストップしてしまいます。

  • 糖化が遅すぎる(溶けない)場合
    酵母が餌不足で飢餓状態に陥り、発酵が止まってしまいます。アルコール度数は上がらず、未発酵の米が残った味気ない酒になります。

杜氏の最大の仕事は、仕込み水の温度や米の溶け具合をコントロールし、この目に見えない「ミクロの綱引き」のバランスを維持することです。

この完璧な動的平衡状態が維持されるからこそ、糖の高濃度蓄積による酵素の働きへのブレーキ(基質阻害)を防ぎ、酵母は自らの限界に近い20%という高濃度まで、力尽きることなくエタノールを生成し続けることが可能となるのです。

第3章 「炭素安定同位体比」が暴く分子レベルのダイナミズム

近年、独立行政法人酒類総合研究所を中心とした研究機関において、最先端の分析化学的手法を用いた並行複発酵のメカニズム解明が進展しています。

中でも極めて重要な研究成果が、「炭素安定同位体比」を用いた物質動態の追跡です。

自然界に存在する炭素には、質量の異なる同位体(^12Cと^13C)が存在し、原料米も特有の同位体比を持っています。

分析の結果、麹菌による「糖化」の段階では同位体比はそのまま保持されますが、酵母による「発酵」の段階で奇妙な現象が起きます。

酵母は質量が軽い同位体(^12C)を優先的に消費してアルコールに変えるため(速度論的同位体効果)、もろみの中に残された「残存グルコース(糖)」には消費されにくい重い同位体(^13C)が相対的に濃縮され、同位体比が高くなるのです。

醪の内部では、「糖化による新しいグルコースの継続的な供給(同位体比を低く保とうとする力)」と、「酵母の発酵によるグルコースの継続的な消費(同位体比を高くしようとする力)」という相反する二つの力が絶え間なく働き、せめぎ合っている状態が、この安定同位体比の数値という形で明確に可視化(証明)されました。

この分析によって明らかになった最大の発見は、これまで杜氏の「経験と勘」でしか捉えられなかったミクロの綱引きが、「正確な数値」として計算可能になったことです。

単に糖を消費するだけのビールやワインの発酵では、この同位体比の数値は右肩上がりに上昇し続けます。しかし日本酒の醪では、数値が途中でピタリと安定する「定常状態」に達することが判明しました。

これはつまり、職人たちが感覚で受け継いできた「究極の動的平衡(供給と消費が完全に一致した状態)」が、単なる概念ではなく、物理的な事実としてタンク内で成立していることの科学的証明に他なりません。

数百年前に確立された日本酒の醸造システムが、いかに完璧な生化学的コントロールの下に成り立っているかが、最新の分析化学によって裏付けられたのです。

第4章 現代のバイオ産業へ
「同時糖化発酵(SSF)」のモデルとしての日本酒

驚くべきことに、古代から中世にかけて日本の職人たちが経験則だけで築き上げたこの「並行複発酵」のメカニズムは、現代の最先端バイオテクノロジーの領域において、最も効率的なプロセスとして世界中から再評価されています。

現代のバイオ燃料(バイオマスエタノール)生産や、微生物を用いた有用物質の生産プロセスにおいて、植物バイオマス(セルロース等)を酵素で糖化させながら同時に微生物に発酵させる技術は「同時糖化発酵(SSF:Simultaneous Saccharification and Fermentation)」と呼ばれています。

SSFは、生成された糖が即座に消費されるため酵素の「生成物阻害」を防ぎ、単一の反応槽で完結するため設備コストを削減でき、かつコンタミネーション(雑菌汚染)のリスクも低いという究極のシステムです。

日本酒の並行複発酵は、まさにこのSSFの歴史的かつ最も成功した実践例に他なりません。数百年も昔の日本の酒蔵で行われていた技術が、現代の持続可能なバイオエコノミーの実現を目指す最先端プロセスのモデルケースとして研究されているという事実は、日本酒がいかに「生命科学の結晶」であるかを物語っています。

結びと次回予告
奇跡を支えるプロセス工学「三段仕込み」へ

いかがでしたでしょうか。 「並行複発酵」とは、言葉で書けば単に糖化と発酵を一緒に行うというものですが、実際はそんなに単純なものではありません。

それは約9000年前の「麦の西洋」と「米の東洋」のパラダイム分岐から始まり、日本の風土の中で独自の進化を遂げた歴史の結晶です。そして生化学的には、酵母を浸透圧ストレスから守り、動的平衡状態を保つことで、生命の限界を超えるアルコールを生み出す奇跡のシステムなのです。

しかし、ここで一つの大きな疑問が残ります。 「そんなにデリケートなバランス(動的平衡)が必要なら、何千リットルもある巨大なタンクの中で、どうやってそのバランスを破綻させずに保っているのか?」

その答えこそが、次回のテーマである【極限のプロセス工学「三段仕込みと醪(もろみ)」】です。

酵母をショック死させないため、そして雑菌から守るため、江戸時代の伊丹の職人たちは「1 → 2 → 4」と幾何級数的に材料を投入していく驚異のアルゴリズム「倍増方式」を編み出しました。

生化学の奇跡を、大規模な工業生産レベルで確実に完遂させるための、極限のプロセス工学の歴史に迫ります。お楽しみに!


奇跡の醸造メカニズム「並行複発酵」Q&A

Q1. ワインやビールと日本酒は、お酒の造り方がどう違うのですか?

A. 「糖化(デンプンを糖に変える)」と「発酵(糖をアルコールに変える)」の進め方が決定的に異なります。

ワイン(単発酵)
ブドウには最初から糖分が含まれているため、糖化の工程が不要です。果汁に酵母を入れるだけで直接発酵します。

ビール(単行複発酵)
麦芽の酵素でデンプンを完全に糖に変え、甘い麦汁を造ってから(糖化を終えてから)、後で酵母を加えて発酵させます。2つの工程を別々に行います。

日本酒(並行複発酵)
ひとつのタンクの中で、麹菌が米のデンプンを糖に変えながら、同時にその糖を酵母が食べてアルコールに変えます。2つの工程が同一タンク内で同時に進行するのが最大の特徴です。

Q2. なぜ日本酒は「蒸留」をしなくてもアルコール度数が20%まで上がるのですか?

A. 酵母が「浸透圧ストレス」を受けず、常に健康な状態で働き続けられるからです。
酵母は、高すぎる濃度の糖分にさらされると、浸透圧によって細胞の水分を奪われ死滅してしまいます。日本酒のように「少しずつ糖が造られ、造られたそばから酵母が食べてアルコールにする」という仕組み(動的平衡状態)であれば、タンク内の糖分濃度は常に低く保たれます。これにより酵母へのストレスが回避され、醸造酒としては世界最高クラスのアルコール度数に到達できるのです。

Q3. この「並行複発酵」は、日本で独自に発明されたものですか?

A. 起源はアジア大陸にあり、日本の気候風土に合わせて独自の進化を遂げたものです。
中国南部の橋頭遺跡からは、約9000年前の土器とともに、カビを用いた穀物発酵酒の痕跡が見つかっています。東アジアの「米を蒸し、カビ(麹)を生やして糖化する」という技術をルーツとし、日本に伝来した後、高温多湿な気候を活かして米粒の表面に直接カビを繁殖させる「散麹」という究極の技術が奈良時代以降に完成しました。

Q4. 日本酒のルーツと言われる「口噛み酒」も並行複発酵なのですか?

A. はい、極めて原始的ですが並行複発酵の原型です。
古代の人々はカビ(麹菌)の働きを知らなかったため、人間の唾液に含まれる消化酵素(アミラーゼ)を利用していました。口の中で米のデンプンを糖化させ、それを吐き出して容器に溜め、空気中の野生酵母によって同時に発酵させる仕組みです。

Q5. 最新の研究で「並行複発酵」について何か新しいことが分かったのですか?

A. 杜氏の「勘と経験」で行われていたミクロのバランスが、最新の化学分析で「数値化」されました。
独立行政法人酒類総合研究所などの研究により、「炭素安定同位体比」という特殊な分析手法が用いられました。その結果、糖の供給(麹の働き)と消費(酵母の働き)が完全に釣り合っている状態が、単なる概念ではなく、タンク内で物理的な定常状態として成立していることが科学的に証明されました。これにより、見えないタンクの中の「発酵スピード」を正確に計算できるようになったのです。

Q6. この伝統的な酒造りの技術は、現代科学の役にも立っているのでしょうか?

A. はい、最先端のバイオエネルギー産業で「究極のエコシステム」として高く評価されています。
植物資源からバイオエタノールなどを造る際、酵素で糖化させながら同時に微生物に発酵させる技術を「同時糖化発酵(SSF)」と呼びます。これは設備コストが低く、効率が良い理想的なシステムですが、日本酒の並行複発酵は、まさに数百年も前からこのSSFを経験則によって完成させていた「歴史上最も成功した実践例」として、世界中の研究者からモデルケースとされています。

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