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国道40号を駆けぬけた回想

2005年の時の話です。1週間仕事をまるまる休みにして、北海道を道南から道北まで縦走しました。旭川からは国道40号をひたすら駆け抜けました。稚内まで252kmの道のりは自転車では1日で走ることができません。道北において日が沈んでいく中で恐怖を抱えながら走破した話です。

その日、スタートは旭川駅になります。旭川駅前の交差点で国道12号から国道40号に進路を変更し、日本最北の稚内に向かって自転車をこぎました。

旭川の市街地が終わると静まり返った景色、牧草地が広がります。朝一番に目指すは塩狩峠標高263mです。

塩狩峠に向かってはなだらかな上り坂が続きます。道北は標高の高い山が少なく、なだらかな地形が広がっています。

名寄の街並みです。名寄を過ぎるとこのような市街地は稚内までありません。飲食料の補給はここでしっかり行いました。

美深町では広大な牧場がひたすら続きます。

音威子府へは森林の光景が続きます。当時携帯電話は圏外になりました。事故が発生しても連絡が取れないって少し考えると恐ろしいですね。

音威子府は駅周辺しか集落がありませんが、国道40号と275号の分かれ道になります。少し休憩したいので、ラーメンを食べることにしました。

音威子府を過ぎて天塩中川に向かう道はこんな感じ。目的地は果てしなく遠いですね。

天塩中川の道の駅で休憩。この時点で午後5時くらい。そろそろ本日の終着地を決めないと大変なことになります。

少し前後しますが、天塩川は石狩川と異なり、ゆったりと流れます。標高差が無いから?

日は相当傾いてきました。天塩中川の牧場はひたすら続きます。集落が見えてこないので、非常に焦ります。

日没後、まだ明るいうちに幌延駅に何とか到着。本日はここで泊まります。
街の食料品店で買ったかつ丼やアイスクリームで夕食にします。

国道40号2日目です。朝、いきなり土砂降りの雨が降りました。逃げ場がありません。好意で作業小屋に避難させていただきました。人がいなかったらどうなっていたんだろう。

豊富町の看板は荒野の趣があります。確かにここまでくれば北海道です。

サロベツ原野周辺です。管理された牧場とはまた違った景色が広がっています。

稚内市内に入ってきました。風力発電とかたくさん並んでいます。

ついに市街地が見えてきました。待ちに待った街並みです。

当時の稚内駅舎です。今では新しくなって道の駅が併設されています。市内を周遊した後、ここから輪行して幌延まで戻り、そこから留萌までバスに乗りました。

2005年旅の目的地、稚内国際フェリーターミナルのフェリー「アインス宗谷」が見えてきました。

稚内公園です。氷雪の門やはるか彼方に見える?サハリンをバックに写真を撮りました。翌年、サハリンに挑戦することになります。

総括ですが、国道40号の景色の流れはこのような感じです。これは15年近く経過してもそう変わらないと思います。人口密度が低い地域を進むことから避難場所には注意が必要です。また旭川から稚内まで1日で走破することは困難です。途中の宿営地をどこで設営するか考えましょう。



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