負けとられん!災害ボランティアin珠洲
令和6年12月になっても災害ボランティアは続いています。特に珠洲市と輪島市は9月の豪雨でも被害を受けたところです。両市ともボランティアの募集が毎日行われています。
輪島市には10月に行きました。土砂災害の復旧として泥すくいを行いました。また11月には仕事で長期出張にも行きました。
珠洲市は3月に長期出張で行ったきりです。その後、何回か行く登録をしていたのですが、天候で中止になったりと再訪が実現できていませんでした。

12月2日月曜日のことです。ようやく珠洲再訪のチャンスができました。名古屋から出発する深夜バスで金沢入りします。

珠洲にはボランティアの送迎バスが出ています。これに乗り、珠洲まで行きます。日が短くなってきたので、未明の出発になります。

12月になるというのにパーキングエリアの売店はまだ営業せず。

のと里山海道の道路復旧もまだ続いています。能登路に向かう最重要道路くらいはなんとかしようよと思わずにいれません。

3月長期出張の際に街路照明がない中で立ち往生した橋。現在復旧中です。まだ復旧できていなかったのね。(泣)

それでも珠洲市内に入ると家屋の公費解体が進み、業者の重機が大活躍中です。倒壊家屋はまだ多く残っていますが、3月に訪れたときに見た倒壊家屋が更地になっているのを見ると徐々にではありますが進捗を感じることができます。

従事内容は土砂災害を覚悟していたのですが、地震災害の後片付けとゴミの分別でした。大量のモノが災害で一瞬にして廃棄物となってしまいます。一人で分別して片づけようとしてもうまくはいかないでしょう。そういうときこそボランティアの出番です。人海戦術でアッという間に作業します。回数を重ねると手際が良くなるものです。

ここからは助手席からの車窓を。「ラポルトすず」は出張時に通りすぎる機会がありませんでした。まだ休館中なのか分からないけど、初めて通過しました。

見附島。通常「軍艦島」。地震や余震。豪雨もあってここまで崩れてしまいました。小高い山になってしまっています。

午後2時30分に作業を終え、3時近くに災害ボランティア本部に戻りました。お土産を道中買う時間が取れなかったので、出張の土産店でいろいろ購入します。

バスの中で食べるおにぎりやステッカーシール。珠洲で生産されたお米を買って帰ることにします。シールほしかったんです。

災害ボランティア本部には全国から寄せられた激励の数々。まさに
「NOTO NOT ALONE! 」です。

ほしかったシール。「負けとられん」です。珠洲の皆さんが奮闘している様子が分かります。

金沢に戻る道中、休憩箇所で夕暮れを迎えました。夕陽が綺麗だったこと。日が短くなっているので、帰り道も暗くなってから金沢に到着です。

いつもと同じように北陸新幹線で敦賀まで。在来線と米原から新幹線で名古屋まで。乗り継ぎが2回発生しますが、しらさぎのときよりも所要時間、実は少ないんですね。午後10時前には名古屋に戻ってきました。

まだ土砂災害の傷跡が癒えていない石川県珠洲市。

それでもなくしてはならない風景があります。里山の景色をなくしてしまったら都市部の住民だって生きていけないでしょう。だからこのような事態では助け合うことが大事なんです。

秋口には米騒動?が発生し、都市部の住民は右往左往したことは記憶に新しです。珠洲のおこめを買って帰ります。都市部を支える農村地帯がここにはあります。

何はともあれ、石川県にたくさん訪れることができました。この1年間は能登なしには考えられない1年でした。仕事で2回長期出張に行き、ボランティアは富山県小矢部市を含めて8回行きました。
今年はこれで締めくくりになりますが、能登への支援は「ふるさと納税」をはじめ、いろいろな方法で支援を続けたいと考えています。
