20代で始めた3000坪の山暮らしは、30代の今もままならない
はじめに.山暮らしを語る前に
「山暮らし」と聞いて、どんな暮らしぶりを思い浮かべるだろうか。
丁寧な暮らし。
美しい暮らし。
自然と共にある暮らし。
けれど、我が家は丁寧というよりも手探りで、庭に出ればだいたい汗だくで、振り回されて暮らしている。
それでも、おもちゃ箱のような日々だと思っている。
夫婦ふたり、猫とニワトリと、目を離した隙にすぐに雑草や竹林が暴れ出す広大な3000坪の山庭。

5年かけて、ようやく畑は野菜も育つようになってきた。
切り倒した木は薪になり、テーブルやベンチにもなった。
勝手に伸びる草花や木々も、ネットで見たら立派な値段で売られていた。
ニワトリの卵もあるし、こないだクマに襲われて失ったが、ミツバチがいた頃は蜂蜜もあった。試しに販売してみたら、ちゃんと売れた。
厄介な蔦も、編みかごの材料になり、フォロワーさんから「お宅の山庭は、たぶん陶器が作れるような土質ですよ」と教えてもらった。私、陶芸家にもなれるチャンスがあるのか。
贅沢に持て余している、私の山庭だ。
一方で、よく心配もされる。
「老後もその家で暮らし続けるつもりですか」
「地震が来たらどうするんですか」
「土砂崩れは大丈夫なんですか」
「そんな広い土地、いつまで管理できるんですか」
フォロワーさんからも、身内からも、友人からも、何度も聞かれる。私が思っている以上に、この暮らしはずいぶん危なっかしく見えているのかもしれない。
そしてたぶん、どれも正しい。
夫は歳上だから、いつか介護を引き受ける日が来るかもしれない。
でも、シルバーカー代わりに、芝刈り機を押せないだろうか。この家で夫と一緒に歳をとる未来を、まだ諦めたくないと思っている。
もし地震や土砂崩れで、せっかく耕した畑や果樹が一からになったとしても。それはもちろん悲しい。
たぶん泣く。
しばらく何もしたくなくなるかもしれない。
でも、泣きながらでも、前より早く、畝の一本くらいは作れる気がしている。最初の一回目よりは、少しだけ迷わず、手を動かせる気がしている。
まだまだ整っていない山庭で、思いつき、失敗し、やり直し。
たまに調子に乗りながら、この愛しい暮らしと、長く付き合っていきたい。
第1章.理想100坪の土地探しが、3000坪に
広い庭があって、ニワトリがいて、畑があって、薪ストーブがあって。
今の暮らしを切り取ると、自然との暮らしに憧れて山へ来た人に見えるかもしれない。
けれど、そんなことはこれっぽっちもない。
ただ普通に、家を建てようとしていただけだった。
結婚を機に、家を建てようかという流れになった。土地を探すが、共働きだから通勤時間は大事だし、買い物や病院への距離も気になる。利便性の高い住宅街も、当然候補に入っていた。
ただ「ここがいい」と言い切る決定打が、お互いになかった。
反対に、「ここは嫌だよね」という感覚だけは足並みが揃っていた。
隣の家がすぐ真横に迫っている場所は苦手だよね。
主要道路に面した家も、街ゆく人や車からの視線が気になる。
車社会な地方なので、駐車場も考えると100坪くらいあれば理想か。
それでも田舎なら、予算内で買えるだろう。
情報収集は夫の方が長けていたので、私は連れ出されるまま、売地や住宅展示場を巡っていた。あそこの展示場でもらった焼き菓子は二番目に美味しかった、と助手席で順位づけに忙しかった。
そして「これは」と思う土地をついに見つけた。
田園の中にある、広めの土地。予算も、道路からの距離も悪くない。
さらには、売主さんが大事に手入れしてきた庭木があった。
つまり、新築の家も、綺麗な庭もそのままゲットできる。最高じゃないか。
夫がいうには、もう何年も売れ残っていて、価格も下がってきたらしい。
それならば。
まずは工務店探しを固めよう。有力候補だった工務店が「その土地を一緒に見に行きましょう、家の具体的な構想も考えやすいので」と言ってくれた。日程も決めた。
その翌日、工務店から連絡があった。
「あの土地、買い手が現れたそうです」
小さい声が出た。
何年も売れ残っていたのに。
私の頭の中には、庭木を活かした最強の間取りプランがもうあったのに。
なぜ、このタイミングで。
諦めきれなかった私たちは、ここだけの話、連絡先を書いた紙をこっそりと空き家の玄関に挟んでおいた。
あの庭木を手入れしていたおじいちゃんに届け。なんだったら、値下げ前の価格でも買うから。大事に手入れをしている庭木、私たちも大事にするから。まだ少しでも可能性があるなら、どうか連絡をください。
そんな念を込めて挟んだ。
もちろん、連絡はこなかった。
そこから、静かにまた土地情報を漁りまくった。土地情報サイトだけでは物足りず、Googleマップの衛生写真から、PC画面を血眼で隅から隅まで、売地看板や空き家物件を探した。
その結果、次は見晴らしのいい丘の上の土地を見つけた。
今度こそ、と思って工務店に見てもらったが、
「ここは水道管の引き込み工事が必要で……多分それだけで1000万円は見ておいた方がいいと思います」
土地の安さが田舎のいいところなのに。
その土地を買って、家を建てる前の準備だけで1000万。
白目で、即撤退した。
もし私たちのような土地を探しているひとがいたら、購入前に工務店やハウスメーカーにも相談することをおすすめしたい。
見つけた土地は本当に家を建てられるのか。
水道、道路、造成、解体、地盤。
素人には見えていない費用やリスクが、土の下にはいくらでも隠れている。
そして結果的に、我が家の場合は工務店に助けてもらうのが一番の近道だった。
そうこうしてるうちに、「好きそうな土地を見つけてきました!」と候補を持ってきてくれた。もちろん、家を建てるうえでの大きな問題はなさそうな土地らしい。でもなんだか、よそよそしい。
「ただ、振り切りすぎているというか…とりあえずまずは実際に見てほしくて」
そうして夫と共に向かったのが、今の山庭だった。
最初に見えたのは、崩れた茅葺き屋根の旧家。
その家を取り込むように、雑草と木々が伸びていた。
私の身長は157センチほど。
その私の鼻先ほどにまで、草が伸びていた。
雑草って、本気出すとこんなに伸びるんだ。

さらに旧家の奥を工務店の担当さんが草をかき分けて進む。夫は、足元の雑草をはこまめに踏みながら歩いていく。私はその後ろを、見失わないようについていく。
虫もいる。
鋭めの葉が腕に当たる。
荒れている、というより、長いあいだ人間の暮らしから離れていた土地。
その雑草トンネルを抜けた先で、急に視界がひらけた。
顔の前にあった草がなくなった。足元が明るくなった。空が広がった。
なんでも前の所有者が、山を削って土を売っていたんだとか。そのおかげで、山の中にぽっかりとひらけた場所が残っていた。
眩しいぐらいの青。
車の音は何も聞こえない。人の気配もしない。
風が通って、草が揺れる。木々が少し遅れて枝を揺らす。
「ここ、いいじゃん」
夫も、たぶん同じように感じていたと思う。でも、私に遠慮しているようだった。
当時の私は賃貸暮らしで、猫がベランダで捕まえたセミにとんでもない声量で叫んでいた。私が草刈り機を持つ姿なんて、夫は見たこともない。休日は街中に出かけたり、買い物をしてばかり。
この鼻先まで草が伸びた山の土地を気にいる私を、夫はすんなり思い描けなかったのかもしれない。
でも私は、迷いがなかった。
「ここに家を建てようよ、すごくいいよ、ここ」
そこからはとんとん拍子で、話が進んだ。
あとから聞けば、その土地は売りに出されていた土地ではなかった。工務店が、これまでの施主さんや地域の人たちに声をかけて見つけてくれた土地だった。
田舎には、売地情報には出ていないが、持て余されている土地があちこちに眠っているらしい。「欲しい人がいるなら手放してもいい。むしろ買ってくれるなら、早く売ってしまいたい。」と。ネットも衛生も、たぶんAIも太刀打ちできない入口を初めて見た。
3000坪で数十万円。
最初に目指した理想100坪の土地とは、あまりにも違うけど。
実家の両親には「田舎が嫌だって地元を出たのに、こっちより田舎じゃない」と笑われてるけど。
でも、あの時「ここにしようよ」と言った自分を、今のところまだ後悔していない。
人目を気にしなくていい土地ならば、と壁一面を大窓で設計してもらった家をだいぶ気に入っている。

第2章.食べることを、少しだけ自分たちの手元に戻す
「これだけ土地があるんだし、まずは無難に家庭菜園でもやりますか」
陽当たりもいいし、水やりも雨がある。雑草があれだけ育つんだから、野菜だって育つはず。
そのくらいの安易すぎる、ゆるさから始まった我が家の家庭菜園。
ところが、荒れ果てた山庭は全く畑向きではなく、雨が降ればぬたっと重くなる粘土質だった。長靴で踏み抜くと、長靴だけが土に持っていかれる。
土というより、もはや罠。
それでも近所の方にすすめてもらった牛糞堆肥を入れ、ニワトリたちの鶏糞も混ぜ、近所のジェントルマンからもらった鍬とシャベルで土に向かった。
「耕す」というより、土との格闘。
そんな日々を乗り越えて、ようやく「実りある畑」と言ってもいいくらいになってきた。そんな畑に、最近は少し真面目に向き合っている。

理由は、物価高騰の波。
米も、肉も、魚も、牛乳もいる。食卓のメイン級は、簡単には削れない。
けれど、味噌汁に少しほしいネギ。
冷奴に乗せたい大葉。刻む音が心地いいみょうがやニラ。
彩りや副菜にトマトや葉物もあればいいけど……
その「少し」のために、買うかどうかを今の物価では考えてしまう。
さらに私は計画的に使い切るのが得意でない。
となると、「この値段だし、今日は買わなくてもいいか」と、せっかくの旬のものも棚に戻す。
そうやって、食卓から少しずつ香りや彩りが減っていく。
節約よりも、小さく諦め続けることに疲れてきたのかもしれない。
ネギのない味噌汁は飲めるし、大葉のない冷奴も食べられる。
トマトがなくても、食卓はなんとかなる。
でも、暮らしの土台、衣食住。御三家のひとつだ。
物価高とか、猛暑による不作とか、後継者不足の離農とか。多方面から揺れる時代だが、なおさら「食」を、疎かにしていいわけがない。そう思った。
私も夫も、まだまだ働き盛りの現役世代。
毎日の仕事あるし、畑仕事も、草刈りも、薪割りも、遊びも、パワーを出し切らねば。
夏の夕方に、きゅうりを一本。トマトをひとかじり。
暑くて、身体が重くて、食欲が落ちる日でも、水分を含んだ野菜なら入っていく。切って、冷やして、塩を振るだけでもいい。
冬の鍋に入れる大根を、一本。白菜を一つ。
ざくざく切って、鍋に入れて、薪ストーブの上に置いておく。
そういう食卓があると、なんとかなる気がする。その季節に育つものを、身体もちゃんと欲しがっている。ご飯はやっぱり、白米片手に、もりもりと食べてこそだ。
物価高騰の波が、これからどうなるのか私にはわからない。世界情勢も、自然災害も、天候も、大きなことは何もコントロールできない。
でも、自分の手が届く範囲なら。
夫婦二人と、猫一匹と、ニワトリたち。
その小さな範囲だけでも、穏やかに、お腹いっぱいな食卓を続けたい。
自給自足なんて、そんな大層な目標は、重荷になるので掲げない。
ただ、「食」を少しだけ自分たちの手元に戻せたら。
とはいえ、スーパーで並ぶ綺麗な野菜を作る難しさは、畑に真面目に向き合うほど理解させられるし、生産者の方に感心してしまうけど。
でも、不揃いなものでも、多少ニワトリたちに突かれた痕があっても、夫婦2人の食卓には十分すぎる。
だから、もっと力を入れて畑に向き合えたら。
自分の庭で、食卓をつくり出せる。
その頼もしさがあると、これからの暮らしの心持ちは今とは随分と違うんじゃないか。
その延長線上で、最近は自家採種にも挑戦している。
種を蒔いて、育てて、収穫して。
そして、また来年のために種を採る。
また来年も、夫と賑やかに育てられますように。
また来年も、夫婦二人と、猫一匹と、ニワトリたちが毎日お腹いっぱいに食べて、元気に騒がしく暮らせますように。

第3章.賑やかなニワトリ子分たち
私には、この山庭で守らねばならない子分たちがいる。
よくスーパーで見かける赤玉子を産んでくれる、もみじに、烏骨鶏に、アローカナ。爆発頭が可愛いポーリッシュに、どっしりとしたブラマ。
卵の色も、性格も、それぞれ違う。でも私の後ろを走って追いかけてくるところは、みんな一緒だ。
そんなニワトリのいる日々は、いかにも「自給自足を目指して」「循環する暮らしを考えて」みたいに映りがちだが、そろそろお察しの通り、こちらもそんな立派な始まりではない。
きっかけは、夫との晩御飯での雑談で。
職場の方のご実家でニワトリを飼っているらしい。
そこで私は、夫に意外な一面を見せたくなった。
私、ニワトリ飼ったことあるよ。
保育園でひよこから育てて、小屋だって先生たちと作ったし。捕まえるのも誰よりも得意だったんだから。
あの頃、先生に言われた「さきちゃん、小屋作り手伝ってくれてありがとう、釘を打つのも上手で早いね」と褒められた言葉を、今でも覚えている。
東北の中じゃ、かなり都会な街出身の夫は、ひどく感心していた。
そして得意げに話した数日後、夫から連絡が入った。
「先輩の家で、ひよこが生まれたって。今日もらいに行こう」
もう飼うことが確定だった。
どうやら夫は、「妻が飼いたがっている」ということで話をつけてくれていたらしい。
私が得意げに話した保育園の思い出は、いつの間にか「妻がニワトリを飼いたくてアピールしている」ということになっていた。
そうして、ひよこが我が家に来た。

ひとまず保育園時代の記憶を思い出しながら、段ボールハウスを作り、ひよこ電球をつけた。次は大きくなる前に、ニワトリ小屋を用意しなければ。
するとそこで、夫が「せっかくだから山の木を切り倒して作りたい」と言い出した。山暮らしに慣れてきて、男のロマンも育ってきた頃だった。
でも、明らかに遅い。
夫はひよこの成長速度を何もわかってない。
けれど、この山庭に丸太を使ったニワトリ小屋があれば。赤い屋根のシルバニアファミリーの家ならぬ、ニワトリファミリーの家。
絶対に可愛い。もうやるしかない。

窓枠も扉も山の杉を使った。
段ボールから温室へ移したりしながらしのぎ、どうにかこうにか完成した。
その後、卵から孵化させたり、またひよこをもらったりしながら、あれよあれよと今は10羽のニワトリ子分が私の傘下にいる。
日中は、小屋で過ごす時間と、山庭に放す時間が半分ずつくらい。木々の間を歩き、草をつつき、土を掘り、暮れの柔らかな光の中で過ごす姿は、なかなか絵になる。
だが、綺麗に作った畑の畝を崩し歩く。
植えた野菜苗の葉を食べ尽くす。
なんだったら、鋭い爪で掘り返す。
オス同士の喧嘩も、なかなか激しい。
ある日、血まみれになっている子を見つけて、半泣きで傷を止血した。
キツネには最低でも年1で襲われる。空からはタカ。卵を丸呑みしに来るヘビは、年5ぐらい来ている気がする。
こんなの、保育園で教わってない。やってない。
園長先生、それとも、私が砂場で遊んでる裏で、こんなに1人で対応していたんですか!こいつら、子分たちと言うより、ほぼ小さなギャングです!
立派な卵で帳尻が合っているはず、という大きな顔をして!好き勝手に山庭で幅を利かせています!
夫婦2人だけでは持て余すほどの卵を産んでくれるけど。
ご近所の方が野菜と交換してくれるし、小さなパン屋さんに卸すこともあるけど。
山庭の虫も食べてくれるし、案外ちゃんと働いているけど。
庭の鳥。ニワトリ。
犬のように尻尾は振らないし、猫のように喉をゴロゴロ鳴らしたりはしない。自由で、賑やかで、弱っちい、手のかかる子分たち。
それでも親分として、これからもこの小さなギャングたちを愛し、空から、山から、守っていかねばと思う。

後ろを歩くニワトリたちはその蜘蛛を食べる係。
第4章.人間だけの庭ではない
先ほどのニワトリの話でも触れたが、この山庭にはキツネが平気で現れる。
そしてもちろんクマもいる。
あの大きな身体で器用にほぼ崖とも言える山庭斜面を登る姿は、「こりゃ勝てないわ」と感心した。
他にも、カモシカは何食わぬ顔で庭を横切り、タヌキも、アナグマも、テンも、イタチも、堂々としている。
ここは、登記上は我が家の土地だが、山庭の生き物たちにそんな書類は通用しない。
そして、実際にニワトリは襲われ、失ったこともある。
クマには、貴重なミツバチの蜂蜜を根こそぎ食べられた。
そのせいで我が家ではミツバチは壊滅状態。今はなんとか野生のミツバチを捕まえようと、再起を頑張っているところである。
幸い、うちの畑はまだ被害はないが、近隣のマダムたちの畑では、毎年イノシシが収穫時期を狙ってやってくる。
山暮らしには、ちゃんと獣たちがいる。

でも怖いのは、獣がいることそのものではない。
私が大事にしているものも、なんなら私自身も、彼らは「食べもの」として見ていることが厄介なのだ。
もちろん、なんでも好きにさせるわけにはいかないので、クマにはカプサイシンが効くと聞けば、唐辛子の苗の数を増やしてみた。
キツネが庭に現れたら、とりあえず追いかけ回す。
タカがくれば、人間がいるぞと手を大袈裟に振ってみる。
ヘビは捕まえて、ハンマー投げの要領で遠くの草むらへ投げ飛ばす。
我が家の平和は、体育会系で守られている。見せてやる、元卓球部の底力。
見かねたフォロワーさんから「電気柵をつけた方がいいですよ」と助言をもらうこともあるけど、今はまだ気が乗らない。
いつか必要になる時が来るかもしれないが、それでも山庭をぐるりと囲って「ここから先は人間だけの場所です」と線を引くことに、まだ踏み切れずにいる。
山庭にある桑の木は、ニワトリ小屋近くのはいちばん実付きがいいのは私たちがもらうとして。山庭の端のものは、カモシカや野鳥たち用に残しておく。
柿の木は、高枝鋏を使って届く範囲だけで夫婦2人にはちょうどいい収穫量だ。
それより上は、器用に木に登れる方々の分。
熟れて落ちた柿は、地面を歩く方々の分。

誰が食べているのか全部を見ているわけではないけれど、きっと誰かのお腹に入っている。
優しさとか、遠慮とかでもない。
なんだったら、向こうは全く遠慮もない。
でも全部が、こちらのものだと思わない方がいい。
どこまでが私たちの暮らしで、どこからが彼らの暮らしなのか。その境界は、少し曖昧な方が楽な気がする。
家の中から、庭を歩くカモシカをサファリの気分で見守ったり。
我が家の猫の毛を巣材にした野鳥の子育てを見守ったり。
昨日と比べて減っている柿の数を数えたり。
冬にはいろんな動物たちの小さな足跡が出てくる。
私が寝ている間に、誰かがこの山庭に来て、何かを食べ、どこかへ帰っていった跡だ。

もしかしたら向こうも、人間の跡を見て何か思うこともあるのだろうか。
守るべきものを守るために、獣対策は常に考えていくことだが、これからも追い払ったり、残したり、見守ったりしながら、この山庭でのいい感じの間合いを探していけたらと思う。
第5章.夫婦で退屈している暇がない
色々と書いてたら、楽しくなってきた。
これを書いてる頃は、東北もようやく梅雨入りへ。植えた野菜苗たちが、雨を浴びて、ぐんぐん成長してる。収穫の時期も、もうすぐ。やっぱり畑の醍醐味は収穫だ。
雑草も負けじと伸びているが、明日は晴れるらしいので芝刈り機で一気に刈ろうと思う。
高さを揃えて刈ると、それっぽい緑の絨毯になる。
そこをニワトリたちがコケコケと歩き回っている姿を撮るのも楽しい。
そういえば、庭の青山椒は今年もいい匂いをさせている。去年はジンに漬けたら、最高の夏になった。蜂蜜漬けにしておくと、スパイシーなはちみつドリンクを冬でも楽しめた。

そして今年は、山庭でホップを見つけた。ホップの実をビールに入れるだけで、とんでもなく美味しいらしい。合法レシピ、やるしかない。
梅雨が明けて、もう少し気温が上がったら。
ウッドデッキにスピーカーを運んで、大音量で音楽をかけたい。
フェスの配信動画なんかをつけておくと、なお盛り上がる。
いつかピザ窯を作って、自家製トマトソースとバジルで、庭で焼きたてのピザを食べる。燻製小屋も作って、ハムやソーセージなんかも作る。それをピザにのせたら、もう絶対においしい。絶対に楽しい。
山暮らしには、そういう「いつかやりたい」がいくらでも出てくる。
今も書いてるだけで、ワクワクする。
けれど、その楽しい妄想をカタチにしようした途端に、急に現実が顔をだす。
ピザ窯を作るには、かなり悪質な粘土質な庭を整地しなければならない。水平をとって、基礎を作って。材料を用意するためには、何がどれだけ必要かの設計図も必要だ。
どうせ作るなら、この先何十年も使えるように耐久性も考えて。
そうなると、屋根も作った方がいいし、風向きや方角も計算に入れた方がいい。
決して私が真面目な性格なのではない。勢いで済ませられるなら済ませたいし、あつ森のようにぽん、と置いた瞬間に形になればどれだけいいか。
でも、安易な考えでカタチにしたものは、この山庭ですごく浮いてしまうのだ。そして夫は、そういうところを見逃さない。「作り直したほうがいい」と容赦なく伝えてくる。
山暮らしを始めて数年。いまだに、こういうことばかりだ。
客観的には、2人で試行錯誤の暮らしを楽しんでいるように見えるかもしれない。でも、一度カタチにしては、難が見つかり、壊して、また作って。
この一進一退が続くのは、なかなかしんどい。
その日だけ楽しむなら、多少の雑さも勢いで押し切れるが、ここは毎日見る山庭で。朝も夜も、雨の日も、雪の日も、疲れてる日にも。
何十年先の自分たちも愛せる庭を。
写真を撮る一瞬だけ可愛いものなんて、ここには必要ない。
誰かに急かされているわけでもないし、手を動かしさえすれば、いつかは私たちの暮らしと山庭に馴染むカタチになるはずだ。
少しずつ、少しずつ。
暮らしながら考えて。
使いながら直して。
季節を跨ぎながら作っていく。

誰かに見せるための、完璧な庭や家を作りたいわけではない。
私と夫と、猫と、ニワトリたちのための暮らしを。
無理をしすぎず、でも投げ出さず。
「夫婦仲良くて素敵です」とありがたい言葉もいただくこともあるけど、喧嘩なんかで立ち止まっている暇がないだけなのでは?と思ったりもしている。
エピローグ.まだまだ整っていない山庭で
「ここ、いいじゃん!」と勢いで始めた山暮らしのくせに、私はこの場所で何度も言ってる。「思ってたのと違う」と。
何かやるたび、大体1回はそれが起こる。
安易に考えていた畑は土を「畑向けの土にする」という、種まき以前のところからのスタートだし、ニワトリは想像以上に上からも横からも襲われるし、大雨で我が家までの道路が冠水して孤立したこともある。
私は特に顔に出やすいタイプなので、その度に夫から「今思ったでしょう、思ってたの違うって」と笑われている。
歩いてコンビニにいける場所に住んだ方がよかったのかもしれない。
庭のない家の方が、汗だくな休日にならずによかったのかもしれない。
老後のことを考えたら、もっと違う選択があったのかもしれない。
災害や獣や草や雪や薪の調達のことを思えば、この暮らしはずいぶん手がかかる。
でも、正しさだけで選んだ暮らしでは、
ここまで毎日、退屈もしないことだけは、ハッキリと言える。

まだまだ整っていない山庭で。
畑では、ニワトリがまた苗を荒らしている。何かに使えそうだと積み上げた枝は、雑草に飲まれかけている。途中で置いたままのシャベルもたぶん庭のどこかにある。
とはいえ、時間はあるし、今のところ、鍬を持てる丈夫な身体もある。隣には、容赦なく「それは違う」と言ってくる逞しい夫もいる。
これからも私は、思っていたのと違う暮らしを続けていくのだと思う。
わめきながら、笑いながら、たまに白目をむきながら。

