東大理三タイムアタック: 半年1000時間で日本最難関に挑んだ日々の戦記
はじめに
「これから、どうしよう」
夜の研究室で、冷たいキーボードを打ちながら、私はときおり自問していた。
このままの人生で終わってしまって、本当にいいのだろうかと。
修士課程2年の夏。就職活動は終わり、進むべき道はおぼろげながら形を帯び始めていた。
けれど、その穏やかすぎる未来に、私は妙な息苦しさを覚えていた。
そんなある日、研究と論文執筆を進めている日々の中で、胸の奥から湧き上がる衝動があった。
もう一度、自分の限界に挑みたい。
かつて夢見ながらも遠ざけしまった「理三」の門を、今度こそ、自分の手で開けてみたい。
本記事は、その衝動に突き動かされ、私が選んだ「狂気の挑戦」の記録である。
5年の大学受験のブランク。修士の研究と並行しながら、半年間でのチャレンジ。
そして、目指すは日本最難関、東京大学理科三類。
客観的に見たら、どう考えても無謀な挑戦だった。
インターネットでは、多くの顔も名前も見知らぬ人から、無理に決まっていると、鼻で笑われた。
私の知るかぎり、数年以上の受験ブランクを経て、修士論文や研究を並行しながら、半年未満という極めて限られた時間で東京大学理科三類に合格した先行事例は、日本において1件を除き存在しない。[注1]
だからこそ私は証明したかった。
「不可能に見えるもの」ほど、やってみると案外あっけないこともあるのだということを。
本記事では、その挑戦をありのままに、克明に記す。
もしあなたが何かに挑戦しようとしているのなら、
もしあなたが、限られた時間の中で何かを成し遂げねばならない立場にあるのなら、
この記録は、きっとあなたの背中を押す力になると思う。
対象読者
■ 何かに挑戦したい人
心のどこかで、ずっと追いかけていた夢がある。
でも、現実は忙しくて、年齢も立場も、昔とは違う。
そんなあなたに伝えたい。遅すぎる挑戦など、存在しないということを。
■ 全てのペーパーテスト受験生
この世界に存在する試験という試験は、すべて「紙の上の戦い」だ。
正しい準備と、正しい時間の使い方で、想像を超えた結果を手にできる。
点数という冷たい数字の裏には、必ず「戦略」と「意志」があるのだということを。
■ 何かと両立しながら、勉強に向き合う人
研究、仕事、家庭。それでも、学びを止めたくない社会人の方。
限られた時間しかなくても、やり方次第で、「届かないはずの場所」に手が届くかもしれない。
それは、私自身が身をもって証明したことだ。
再受験の決意 ― 2022年8月11日
夏の午後、湿った風が研究室の窓を撫でていた。
私は静かにPCの前に座り、東京大学の制度に関するPDFを開いていた。
調べていたのは、「東大に入学と同時に休学することは可能か」という、奇妙で少し背徳的な問いだった。
7月くらいから、医学部再受験をしたいという気持ちはあったが、心の奥底では諦めていた。
5年のブランク。修士課程の研究や論文執筆。そして何より、経済的な現実。
仮に合格して入学しても、すぐに無職となり、学費も生活費も出せない。
「医師になる夢」は捨てきれなくても、現実の重さ、経済的な問題は、夢よりもはるかに重く私にのしかかっていた。
だから私は既に決めていた。
まずは就職する。
会社で職能を磨き、貯金をし、経済的な自立を果たしてから、
もう一度、どこかのタイミングで医学部に挑戦しよう、と。
しかし、その日。
私の中に、一つの悪魔的な発想が芽吹いてしまった。
「医学部に合格し、入学と同時にすぐに休学して働けばいいのではないか。」
これは制度的にも許されている。
もし合格さえしてしまえば、休学して学費を貯める時間が生まれる。
つまり、経済的リスクを抑えながら、医学部という夢に再び手を伸ばすことができるのだ。
その一手が、「現実」と「夢」をつなぐ唯一の橋に見えた。
失敗すれば、そのまま就職。
合格すれば、休学して就職。
いずれにせよ、進路が変わることはなく、損をすることはない。
ならば、かつて手放した夢に、もう一度手を伸ばしてみよう。
どうせ挑むなら、この国で最も難しい大学学部である東京大学理科三類に真正面からぶつかってみよう。
そうしてこの日から、私の東京大学理科三類再受験が、静かに始まった。
初めての東大模試 ― 2022年8月28日
再受験を決めたとはいえ、私はあまりに孤独だった。
家族にも、友人にも、研究室の誰にも話していない。
すべてを心の奥にしまい込んで、たったひとりで始めた挑戦だった。
だから、まず私はTwitterアカウントを開設した。
@Saki_remed。[注2]
このアカウントには、二つの目的があった。
ひとつは、最前線を走る現役トップの受験生たちの情報を知るため。
もうひとつは、名前も顔も知らない誰かと、ほんの少しでも繋がることで、
この孤独な戦いにぬくもりを与えるためだった。
再受験を決意したとはいえ、私には確信がなかった。
本当に半年で、東大理三に合格できるのか。
それを測るために、まず自分の「現在地」を知る必要があった。
そこで私は、8月末の東大模試にとりあえず申し込んだ。
この模試の結果で、理三に挑むか否か、最終決定を下すつもりだった。
当時はまだ、勉強らしい勉強はしていなかった。
唯一、手をつけたのは、記憶が怪しくなっていた化学と物理。
1日3-4時間。静かに、淡々と、2週間。
研究の合間を縫って、勉強を積み重ねた。
そして、迎えた東大模試。
結果は、2週間、42時間の勉強で偏差値70。理科三類B判定だった。
Q:東大理系院生が、医学部再受験を思い立ったら2週間でどれくらいの学力になりますか?
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) September 7, 2022
A:東大模試で理科三類B判定でした。2週間で理科だけ勉強し、勉強時間は物理15時間、化学26時間でした。
進路に悩んだ東大理系院生は、理科三類を受けましょう! pic.twitter.com/WTtHFU3959
信じられなかった。
信じたかった。
まだ始めたばかりのこの戦いに、わずかでも光が射した気がした。
その瞬間、私の中で、決意が固まった。
これはもう、やるしかない。
やるべきだ。やれるはずだ。
私は、理三を獲りにいく。
たとえ、半年間しか時間がなくても。
たとえ、修論執筆と並行しながらであっても。
この「現実離れした物語」を、私自身の手で現実にする。
そう、決めた。
東大模試を受けて立案した戦略と勉強時間
東大模試を受けたことで、私の課題は浮き彫りになっていた。
英語:偏差値60
準備ゼロで臨んだ割には健闘と言えるかもしれない。
だが、理三を目指すなら偏差値70は取りたい。
特に英語は、安定して点を取れるようにならなければ話にならない。
数学:偏差値75
これもノー勉での結果。
現役時には偏差値90を超えていたことを思えば、まだまだ伸びしろはある。
しかし、数学は得点が安定しないので、ここに時間を割くよりも、他の科目に時間を割いた方が良いだろう。
物理:偏差値56
一番ショックだったのは、ここかもしれない。
現役時は偏差値80台だった。
にもかかわらず、ここまで下がってしまった。
化学:偏差値69
ここは比較的記憶が残っていた。
現役時代は80を超えていたので、ここもきちんと積み上げ直せば武器になる。
国語:偏差値65
現役時とほぼ同じ。可もなく不可もなく。
ただ、古典はやや曖昧になっており、要復習の状態だった。
戦略立案
こうして、私の課題は明確になった。
英語・理科・古典。この3つに、勉強時間というリソースを集中投下する。
限られた時間、限られたエネルギー。
その中で最大効率を叩き出すには、「やらないことを決める」必要があった。
数学は比較的得意な科目だったため、
「軌跡と領域」「複素数平面」「二次曲線」「整数」など、
典型的かつ自分が忘れていた単元に絞って効率よく復習する方針を取った。
勉強時間
戦略が決まれば、あとはどれだけ机に向かえるかの世界だった。
再受験を本気で決意してからは、私は勉強時間を急激に増やした。
1日あたりの学習時間はおおよそ7時間。
これに加えて、修士課程の研究と論文執筆に1日6時間。
合計13時間超ほど稼働していた。
睡眠と食事、風呂と移動を差し引けば、
ほぼ休みのない一日が毎日続いた。
気力は、いつも限界ギリギリだった。
でも、不思議と心は折れなかった。
それは、目の前に明確なゴールがあったからだ。
半年後、東京大学理科三類に絶対に合格する。それが、多くのものを犠牲にして、筆記試験に捧げてきた20数年間の人生に対する、せめてもの餞だろうと。
2回目の東大模試の絶望 ― 2022年10月16日
秋が深まり始めた頃、私は2度目の東大模試に挑んだ。
前回の模試から、およそ1ヶ月半。私は英語と理科に重点を置き、粛々と、日々の勉強を積み重ねてきた。
研究と論文に追われながらの勉強は、決して楽ではなかった。
けれど、模試が近づくにつれ、確かな手応えが、自分の中に生まれていた。
「今回は、いける」
そんな静かな確信とともに、試験当日を迎えた。
ところが、数学が爆死した。
自分の最強の武器になると思っていたその科目が、全く解けなかった。試験が終わった瞬間、「これは終わった」と本気で思った。帰りの電車の窓に映った自分の顔は、ひどく疲れて見えた。
東レで鬱になって10時間寝込んだ
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) October 17, 2022
だが、数日後に返ってきた成績表は、想像以上に良い結果だった。
偏差値73。理科三類A判定。
東大理系院生 兼 医学部再受験生と申します。
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) October 25, 2022
2ヵ月の受験勉強で、275点。
東大模試(東レ)理科三類A判定でました!
8月から勉強を開始し、累計勉強時間は270時間です。
引き続き精進します。 pic.twitter.com/VidV8udOqf
思わず目を疑った。
手応えのあった英語と理科の偏差値が、大きく伸びていたのだ。
1ヶ月半の血のにじむようなアウトプットが、見事に結果として返ってきた。
この結果を受けて、私ははっきりと理解した。
「数学に依存しすぎることは、危険だ」と。
どれほど得意でも、どれほど過去に良い成績を取っていても、
数学は、まるで気まぐれな神様のように、私を裏切り、嘲笑う。
一方、英語や理科は、積み重ねた分だけ、着実に応えてくれる。
私が最初に立てた戦略「得点の安定する科目である、英語、理科、国語に時間を投資する」という基本指針は、間違っていなかった。
課題として残ったのは、数学の演習方法だ。
私はそれまで、1問1問を丁寧に解き、復習していて、「実戦で点を取るための訓練」をしていなかったのだ。
そこで、私は数学の学習方針を切り替えた。
この日を境に、東大入試と同じ形式、6問150分のセット演習を、週に1〜2回行うようにした。
教材には、過去の模試や学力コンテストの問題を用い、本番と同じ空気を、自宅で再現することに力を注いだ。
解くだけではなく、
150分をフルスロットルで戦い抜く体力
息の長い計算を高速かつ正確に一発で合わせ切る計算力
絶対に取る必要のある問題を適切に取捨選択する判断力
その全てを鍛える。
それが、私にとっての次なる課題だった。
秋の東大実戦 ― 2022年11月13日, 14日
10月の模試を経て、私の学習はさらに洗練されていった。
1日7時間の勉強時間を確保し、英語、理科、そして古典を含む国語に集中。
特に理科二科目は、知識の確認だけでなく応用力の強化に重きを置き、
過去問を演習しながら「東大らしさ」への感覚を少しずつ取り戻していった。
数学は引き続き、週1〜2回の150分セット演習を実施して、「試験で点を取るための筋力」を着実に鍛えた。
そして迎えた、秋の東大実戦模試。感触は、悪くなかった。
特別な手応えはなかったが、焦りも迷いもなかった。
これまで培ってきたものが、無意識のうちに手と頭を動かしていた。
そして、成績が返ってきた。
偏差値80。理科三類A判定。
第2回東大実戦 総合276点
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) December 10, 2022
偏差値80 全国35位
東大理三A判
今年の夏から勉強を開始し、3カ月修士の研究と両立して、医学部再受験のための勉強をしてきましたが、模試の成績は右肩上がり。現役のときの力を取り戻せつつあります.
このまま学位を取ると同時に,必ず理科三類にも合格してみせます. pic.twitter.com/VsY1K5L0FZ
国語と化学は振るわなかったが、数学と物理は偏差値85近くまで回復。
かつての自分が確かに戻ってきている、そんな実感があった。
「やれば学力は戻るはずだ」
そう信じてきた日々が、ようやく数字として報われた瞬間だった。
このまま進めば、合格は現実の延長線上にあると、そう思えた。
だが、安堵に浸る時間は、あまりに短かった。
このあと訪れるのは、共通テストの対策と修士論文の締め切りが重なった、師走の地獄だった。
地獄の年末 ― 修論締め切り&共通テスト対策
2022年12月後半。この1ヶ月間は、文字通りの地獄だった。
1月上旬に控えた修士論文の提出。1秒でも遅れれば、学位が吹き飛ぶ。
そのプレッシャーの中、私は毎日、朝から晩までパソコンにかじりつき、
論文をひたすら書き続けていた。
けれど、それだけでは終わらない。1月中旬には共通テストが迫っていた。
理三合格を目指す以上、共通テストも疎かにはできない。
だから私は、修論執筆と共通テスト対策を、互いを互いの息抜きとしながら進めるという、狂気の勉強スケジュールを敢行せざるを得なかった。
LaTeXの執筆に飽きたら、共テ模試を解く。
共テ模試に飽きたら、また論文の考察を練り直す。
心を削って論文を書き上げ、思考を止めずにマーク式の問題を解き続ける。
それは、知性というより、忍耐の戦いだった。
そんな地獄の年末を駆け抜け、修士論文を書き終えたのは、2022年12月31日。大晦日の夜だった。
ようやく修士論文書き終わりました❗️
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) December 31, 2022
ここから先は本気で行きます。
2ヶ月で全部倒す❗️ pic.twitter.com/71cTyJMazU
すべてのページをPDFに出力し、提出用のファイルを整え、指導教員に添削依頼のメールを送信したその瞬間、身体から力が抜けた。
静かに、深く、長い息が漏れた。
この瞬間まで、私はずっと半分の力で戦っていた。
研究という重りを背負いながらの受験勉強は、ブレーキがかかった状態だった。
でも、ようやく、その重りから解き放たれた。
これでやっと、100%全ての力を受験に注ぐことができる。
ここから先、私の身体はただひとつの目的のためだけにあった。
東京大学理科三類合格という、ただその一点のためだけに。
共通テスト本番 ― 2023年1月14日
年明けからの私は、ただ共通テストにすべてを捧げていた。
朝から晩まで、1日12時間以上。
苦手科目だった国語と社会の模試の束を消化し、時間配分の感覚を身体に叩き込み、過去問の分析に神経をすり減らした。
研究からも論文からもようやく解き放たれた私は、受験だけに集中できる状態にいた。
そして、1月14日。
いよいよ本番を迎えた。
初日の手応えは、最悪だった。
特に、あまり対策に時間を割けなかった科目である社会と国語で大失敗をした。
結果、初日の失点は89点。
馬鹿なので自己採しました 倫政69点で流石に自分の目が狂ったのかと思った
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) January 14, 2023
理三志望である以上、9割を切ることは即ち「失格」に近い。
それでも、崩れるわけにはいかなかった。
翌日を投げ出すには、ここまで積み上げてきたものが、あまりにも重すぎた。
そして2日目。
歯を食いしばって臨んだ試験で、私は、執念を発揮した。
数学IA・IIB・物理、すべて満点。
合計400点中394点。
最終的な総合得点は805/900。
英語リーディングの配点比重が大きい東大換算では、812/900。
初日で沈んだ得点を、二日目で引き戻した。
絶望の底から、なんとか9割台にすがりついた。
ほんの1点でも多く取ろうとする意志だけが、最後の一歩を支えてくれた。
そして私は、迷うことなく出願先を決めた。
出願先は、もちろん東京大学理科三類。
落ちても、受かっても、就職することは決まっている。
ならば、リスクを取らない理由は、どこにもなかった。
あとは、最も高い壁を、真正面から叩きにいくだけだ。
東京大学理科三類に出願しました、今度は迷わず。
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) January 30, 2023
もう熾烈な競争を続けることは不可能なので、おそらくこれが生涯で最初で最後の理三受験です。もし落ちたら、翌年度は何か別の方法で医師になることを模索します。 pic.twitter.com/Uuu6OuhX3I
入試直前期 ― 2023年2月
共通テストが終わり、重い荷がひとつ下りた。
2月上旬には修士号の学位審査会が控えていたが、学位審査の準備は、すでに提出を終えた修士論文に基づく発表であり、精神的にも肉体的にも、執筆作業に比べれば遥かに軽かった。
その最中、共通テストから1週間後。私は最後の東大模試を受験した。
結果は、偏差値72。ギリギリのA判定。
最後の東大模試も、なんとか理科三類A判定でした。
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) January 31, 2023
以前として一切気は抜けません。最後まで頑張ります。 pic.twitter.com/jsyAu4riXq
判定そのものは良かったが、秋の実戦模試と比べて偏差値は明らかに落ちていた。
「ああ、これは油断すれば本気で落ちる」
その実感ゆえに、私の集中力はさらに鋭くなっていった。
2月上旬、無事に学位審査会での発表を終え、修士課程の卒業がほぼ確実となったとき、私はようやく全時間、全精力を、入試に投下する態勢を手に入れた。
その日からは朝から晩まで、演習と復習に明け暮れた。
英語、理科、数学。このうち2科目を毎日選んで、それぞれセットで解き切る。
単元ごとの復習ではなく、本番形式で点を取る訓練に、すべての学習を切り替えていた。
同時に、古典の対策も急ピッチで進めた。
記述式答案の練習、古文単語、敬語表現。
毎日「鉄緑会東大古典問題集」の付録「古文単語集成」を読みながら、穴をひとつずつ埋めていった。
そして、2023年2月25日。
私は、人生で最初で最後の東京大学理科三類の入試に向かうことになる。
数ヶ月前には想像もできなかった場所に、私は今、立っていた。
何をすれば幸せになれるのかは全く分からないが、少なくとも受験勉強は人を幸せにしないことは分かる
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) February 8, 2023
東大入試本番1日目 ― 2023年2月25日
ついに、この日が来た。
半年間の受験勉強という、極めて短かった旅路の終着点。
現役時代には挑戦することすら許されなかった東京大学理科三類の試験会場に、私は静かに足を踏み入れた。
東大本試験1日目
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) February 24, 2023
自らの過去に決着を付けてきます
国語の試験は、落ち着いて臨めた。
昼休み、私は他の受験生の気配がほとんどない、弥生キャンパスのアネックス講堂へ向かった。
この静かな場所で、私はセット演習のミスノートを開き、過去の演習で犯した誤答を反芻しながら、さまざまなセットの問題パターンを頭の中でシミュレーションしていた。
ただ静かに、ただ集中して、これからの戦いに向けて心を整えていた。
午後。勝負の理系数学。
感触は、3問完答。
手応えは決して良くはなかったが、最低限の役目は果たせたという印象だった。
リップサービスとかではなく本当に難しかった
— Saki@外資系東大理三エンジニア (@Saki_reset) February 25, 2023
得意科目で成功の確信が持てなかったことは、正直、堪えた。
だが、この時点ではまだ当落線上に自分がいるという感覚があり、すべてが終わったとは思わなかった。
全ての審判は、2日目に持ち越された。
東大入試本番2日目 ― 2023年2月26日
東大入試2日目の朝は、静かだった。
空気は張りつめていたが、妙に澄んでいて、私の心も同じように澄んでいた。今日で全てが決まる。そう自覚していた。
最初の科目は理科。
問題冊子が配られ、その表紙を見た瞬間、寒気が走った。
「ページ数が、過去のどの年よりも多い。」
最難と言われた2021年すら上回る物量。
私は身構え、いつものように物理から取りかかった。
しかし、何もかもが噛み合わなかった。
焦り、動揺、混乱。そのすべてが押し寄せ、頭がうまく働かない。
時間ばかりが過ぎ、手応えは消えていった。
「終わったな」
問題を解いている最中に、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
終了直後の感触では、半分取れているかどうかすら怪しかった。
絶望が、静かに、だが確実に胸を満たしていった。
放心状態のまま、私は最後の科目・英語に向かった。
気持ちを切り替えることができないまま、試験が始まってしまった。
英語も、ダメだった。
第5問の長文で解答欄をずらして記述してしまい、貴重な3分を無駄にした。
ただでさえ厳しい東大英語の時間配分で、この3分は致命的だった。
リスニングもまるで耳に入らなかった。
集中できていないことが自分でもわかった。
4Aでは設問を最後まで解ききることもできず、終わった瞬間、身体から全ての力が抜け落ちた。
数学も、理科も、英語も。
本番で最も取りたい3科目すべてで、実力が出せなかった。
普段通りであれば、合格者最低点を30点は上回れるという感覚はあった。
だが、それは本番では幻となった。
私の中には、「落ちた」という確信だけが残った。[注3]
その日の夜、私はTwitterのアカウントを削除した。
積み上げてきた記録も、励ましも、すべてを消した。
面接にも行くのをやめようと思った。
この半年間を、全部何もかもなかったことにして、社会人として静かに働いていこう。理科三類を目指した事実を、私の人生の記憶と記録から完全に抹消してしまおう。
そう思った。
半年間、燃やし尽くしたすべてが、灰になって散ったような夜だった。
東大入試本番3日目 ― 2023年2月27日
本当に、このまま面接を棄権してしまって良いのだろうか。
この半年間の努力を、すべてなかったことにしてしまって、本当に悔いはないのか。
2日目の試験が終わった夜、私は布団の中で延々と思考を反芻していた。
絶望のまま終わるのは、あまりに苦しく、あまりに空しかった。
思考を反芻し続けた末に、私は一つの結論に辿り着いた。
どんなに痛々しくても、すべての物語には終わりが必要なのだと。
私が私の物語にちゃんと終止符を打たなければ、この挑戦はただの逃避に変わってしまう。
そう思い直し、私はようやく目を閉じた。
眠りは浅く、夢も見なかった。ただ静かに、死んだように時間が過ぎていった。
翌朝。
私は鉛のような身体を、地を這う虫のように引きずりながら、東京大学医学部本館へと向かった。
会場の空気は張り詰めていて、そこに座る自分自身が場違いにすら感じた。
面接は、想像以上に厳しかった。
言葉の隙を逃さず突いてくる質問。
詰問に近いやり取りに、私はうまく応じることができなかった。
内心、何度も折れかけた。
「どうせ落ちる」と思っているがゆえに、言葉の端々から気力が抜けていくのが自分でもわかった。
それでも、何とか時間をやり過ごし、会場を出た。
そして、その瞬間。目に飛び込んできたのは、雲一つない完璧な青空だった。
澄み切った空は、何も語らなかった。
ただそこに、静かに、堂々と広がっていた。
試験には、もしかすると敗北したかもしれない。
けれど、少なくとも、もう私は「あの時、理科三類を受けていたら……」という後悔に取り憑かれることはない。
たとえ結果がどうであれ、私はここまで来た。
自らの意志で立ち、選び、最後まで足を運んだ。
その青空は、そんな私の決断と執念と、すべての執着から解き放たれた心を、静かに映し出していた。
最終章 合格発表 ― 2023年3月10日
東大入試が終わったあと、私にはもう何も残っていなかった。
修士論文の最終稿もすでに提出し、研究室の引き継ぎも終わり、
あとは合格発表と、大学の卒業式を待つだけだった。
それでも、3月10日までの2週間は、異常に長く感じられた。
本を開いても内容は入ってこず、動画を見ても何一つ面白くない。
気を紛らわせようと、思いつきで東北へ弾丸旅行にも出かけてみたが、
風景も料理も、どこか現実感がなく、ただ「待つ」という時間だけが重くのしかかった。
そして、2023年3月10日 午前11時55分。
私は、新宿のラーメン屋にいた。
「どうせ落ちてるだろう」と思っていた。
だから、わざわざパソコンの前で待機することもせず、
普段通り、昼飯を食べて過ごすことにしていた。
正午を過ぎ、サーバー混雑が落ち着いた12時15分。
スマホを取り出し、東京大学の公式サイトにアクセスした。
合格者番号の一覧PDFを開く。
理科三類のページは、わずか3行しかない。
番号を、ひとつずつ確認していく。
目を逸らさず、無駄な希望も持たず、ただ現実を受け止めるために。
そして、私は。
自分の受験番号を発見した。
一瞬、時間が止まったようだった。
音も、温度も、すべてが遠ざかっていくような感覚。
私は、東京大学理科三類に、合格してしまったのだった。
不思議なほど、心は動かなかった。
涙も出なければ、ガッツポーズも浮かばなかった。
喜びよりも、戸惑いの方が先に立っていた。
「え? 本当に?」
画面を何度もスクロールし、何度も自分の番号を確認した。
半年間、あれだけ焦がれ続けた合格だったのに、
その現実が、まるで他人の話のように感じられた。
そしてふと、こんな言葉が頭に浮かんできた。
「これから、どうしよう」
再受験を決める前、懊悩していたあの日々と、まったく同じ問いが、
またしても私の胸に沈殿していた。
夢は、ひとつ叶った。
けれどその夢の先には、また別の現実が待っている。
そして私は今、その現実の入口に、また一人で立っていた。[続く]
[注1] 渋幕首席から開成進学もマーチ全落ち→2浪で東大合格し進路に困り4ヶ月勉強したら東大理三合格
[注2] 当時のアカウント名。現在は、@Saki_reset
[注3] 得点開示結果は理科三類最低点+30点だった
