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1歳の娘が見ている世界を尊重すると、私の世界まで豊かになった

天職だと思っていた仕事だけど、私はもう立ち止まるしかなかった。

これが私の天職だ。そう思いながら保育士という仕事を10年と半年続けてきた。娘を産んで5ヶ月後、新しい環境で保育の仕事を再開。だけど、少しずつ、少しずつ、私の心は苦しくなっていった。

子どもたちの行動の奥にある思いを想像する前に大人の都合で評価してしまう瞬間や、子どもにとって心地よい環境とは?を考え直す時間がないくらい余裕のない現場に私は少しずつ息ができなくなり、心と体が限界を迎え、適応障害となり現場から離れることになった。

突然終了した保育士人生だったけれど、どこかこれでよかったんだ・・・と思っている私もいる。なんたって当時0歳児の娘と過ごす時間が私にとって楽しすぎる世界だったから!正直働き始めてすぐに心がバクバクしてずどんと重苦しくなった感覚を覚えている。でも娘と一緒に過ごす時間はずっと心がホクホクしてその苦しみをほどいてくれていた。

私の心が悲鳴をあげていることなど知らない娘は「未知の世界」へ手を伸ばし続ける。そんな姿を見ながら「この小さな頭の中には、どんな世界が広がっているんだろう?」とじっくり娘の眼差しの先を見つめているうちに、私が求めていた時間ってこういう瞬間だったよな。と再確認することができた。

子どもを「生まれたときから学ぶ力をもった存在」として尊重し、その探求に大人が謙虚に寄り添う『レッジョ・エミリア・アプローチ』という乳幼児教育に数年前から強く惹かれていた。この先保育園で働く選択肢はもう私にはない。これは断言する。だけど、この思想や哲学を我が子に向けることはできるし、もしかしたら別の形で体現することができるかもしれない。最近はそういうことを考えることが楽しくて仕方ないのだ。


※このnoteのおわりには仲間をつくりたい私の気持ちも書いているので、よかったら最後まで読んでもらえるとうれしいです!

「光と影と水の入ったペットボトルと娘」

我が家は季節にもよるけれど、朝の限られた時間帯しか陽の光が入ってこない。この日も朝の時間帯にやわらかな光が差し込んできていたので、空になったペットボトルやほんの少しの水が入ったペットボトルを光の当たっている場所に置いて娘がどんな反応をするのか眺めていた。

空になったペットボトルと少量の水の入ったペットボトル。娘は水の入ったペットボトルに触れ、ゆさゆさ触っていた。そのたびに揺らめく水を見つめる娘。水は光を集めてキラキラ輝いていた。
覗く場所を変えて眺めている。ペットボトルの底から覗く水はは側面から覗く時とはまた違って見えるのかな?(実際に私も覗いてみると、曇ってよく見えなかった)娘は言葉も発さず、ただただじーっと眺めていた。


子どもの言葉や行動を、メモや写真・映像などで記録することを、保育の現場では「ドキュメンテーション」
と呼んでいる。私はこの営みをあくまでも個人的な子育てのたのしみの一つとして、そして娘を知るツールとして家庭に取り入れたいと考えている。(だけど、そういうことをする時間があまりないっ!けどやりたい!)

「豊かな子ども」とは?そして、豊かな子どもに関わる大人が受け取るもの。

探究において最も大切なことは何でしょうか。それは、子どもの見方を、「豊かな子ども」 という見方へと転換することです。幼い子どもは、未熟で弱く、保護され教えられるべき存在として捉えられてきました。人間の乳幼児が、身体的にも社会的にもヴァルネラブルな(傷つきやすい) 存在であることは事実です。しかし探究では、子どもを「豊かな子ども」として捉えることが大切になります。
「豊かな子ども」という言葉が意味しているのは、すべての子どもは生まれた時から学ぶ力をもっており、すでにつねに自ら世界の意味を構成しているということです。それは、 リナルディの言葉を借りれば、「有能な存在として眼差してくれる大人がいる子ども」(1)リナルディ 2019) でもあります。探究は、子どもを知性的に信頼すること、大人が尊重と謙虚さをもって子どもに耳を傾けるところから出発します。

アトリエからはじまる「探究」日本におけるレッジョ・インスパイアの乳幼児教育 
浅井幸子・津田純佳 渋谷区立渋谷保育園

娘の姿を眺めながらも、娘の近くに転がるペットボトルの影があまりにも繊細で私はたまらず「ねえ!影を見て!」と指さしながら興奮気味に伝えた瞬間があった。 だけど、娘はチラッと私の顔を見上げた後、視線は再びペットボトルの中で揺らめく水に戻っていった。

はっっっ!!!

ああそうか、同じ空間にいて、同じ光を浴びていても、どこを見て、何に夢中になるのかは私と娘では違うんだ。その事実を、ものすごく美しい形で突きつけられた瞬間だった。

「私が美しいと思ったもの」を差し出しても、娘は自分の意志で「自分が見たいもの」を見つめつづけている。

でも、その違いをありのままに受け入れたとき、私は私が見つけた「影の美しさ」だけでなく、娘の眼差し越しにある「水のゆらめきの美しさ」までも同時に味わい、さらに、それを見つめる娘を美しいと感じることもできた。

娘の「探求」を隣で見つめ、私自身もそれを「探究」することで、私の世界が豊かになっていく。

「豊かさ」って何だろう? きっとその定義は無数にあって、人によっても違うはずだ。でも、今の私にとっての「豊かさ」のひとつは、「視点の多様性」なのだと思う。

ひとつの物事を、どれだけ多様なレンズを持ち、いくつの視点で捉えられるか。

それは、見慣れたリビングに転がるただのペットボトルから、ずっと眺めていたくなるようなふしぎで美しいものを見つけ出してみせる『想像力』でもある。 そして、その視線を向ける対象が人(娘)であれば、「私とは違う世界を見ているんだな」と、その違いをありのままに受け入れる『思いやり』にもなる。

大人はつい「こっちの方が面白いよ」「こう遊ぶのが正解だよ」と、自分の単一のレンズから見える景色を分からせようとしてしまう。でも、「私に夢中になり、娘は水のゆらめきに夢中になっていた」という違いを目の当たりにしたとき、同じものを見ていなくても、同じ空間でそれぞれの「夢中」を同時に味わい、心地よく共存できるのだと知った。

そして赤ちゃんは何でも触れて舐めて確かめる。娘はよくおもちゃを耳の近くに持ってきて振り、わずかな音も確かめている。匂いも嗅いでるかもしれない。器官をフル活用して世界を捉える赤ちゃんから気付かされることはとても多い。私もかつて赤ちゃんだったのでそうやって世界を楽しんでいたはずた。だからその感覚は取り戻せると思った。

この気づきをもらってから、私の中で「子どもと一緒に世界をおもしろがる」ためのアイデアがふつふつと湧き出してきている。

先日は思わず、プラスチックのサイズ違いの容器、ステンレスの計量カップ、アルミの水差し、プラスチックの色付きコップ、ガラスの容器など、素材は違うけど、形が少しだけ似ている容器を衝動のままにたくさん集めてしまった。レジにいた店員さんから「素敵なラインナップですね、それぞれ素材が違って、きれい・・・」という感想をもらい、ううううれしい!どんなところがきれいって思ったの!?もう少し詳しく聞かせて!話そ!という気持ちをぐっとこらえて「ありがとうございます。子どもとの遊びに使おうと思って・・・」と伝え「へえ・・・子どもと!?」と少し驚かれたりもした。

それぞれは違う物なのに、少しだけ似ている部分があるだけで仲間に見えてくるね。

これを娘の手の届くところに置いたら(ものを落とすことにハマっている娘なので、ガラスの容器はしばらく引っ込めます)、もしくは公園の明るい自然光の下に並べて娘の遊び道具として登場させたら一体どんな発見が生まれるだろう。ただ触れるだけでもわかる素材による温度の違いに彼女はどんな反応を示すのだろう。そこに水も登場させたら?想像するだけでワクワクしちゃう!

さりげなく立てた今年の目標は「仲間をつくること」

保育園で働くということから離れた私の頭の中は、本当に夢中になりたいことで溢れるようになった。レジの店員さんに思わず熱く語りかけたくなったように、今の私の頭の中は、一人では抱えきれないほどの「問い」と「ワクワク」で大渋滞を起こしている。

保育という現場から離れて心に余白ができた今、娘という小さな人間の隣で湧き上がる「なぜ?」「おもしろい!」を、私ひとりの頭の中だけで終わらせたくないのだ。「こんな見方もあるよね」「うちではこうだったよ!」と、あーだこーだ言いながら一緒に面白がってくれる話し相手が、今の私には猛烈に必要らしい。

それは単なる「ママ友」というより、一緒にこの世界を二重にも三重にも味わってくれる「共同探究者」のような存在かもしれない。そんな私がいま、仲間たちと語り合いたい・頭の中をぐるぐる巡っているテーマはこんな感じ。一番下にこの記事の出口としてXとマシュマロを用意しているので、もし気になる内容があれば気軽に話しかけてね!

いや、そもそもれもんさきってどんな人なのよって思っている方に向けて夫が撮ってくれた写真集を載せておきます。(2023年の私はいまより痩せています。ダイエッ友も募集中)


いま気になっているキーワード/頭の中をぐるぐる巡っていること


※増えたり・減ったり・変わったりします(最終更新2026年3月31日)

気になってるキーワード
【レッジョ・エミリア・アプローチ】
↳まちの研究所さんと森ビル株式会社さんが共催しているFAMILY GREENアトリエというワークショップの単発スタッフを行いながら、この空間を通してこどもたちがどんな想像力を広げ、親子でどんな関わりが深まっているのかを観察している。いまはこの単発のしごとしかしてない。はい、暇です。

【こどもてつがく】
↳年長児クラスを担任したときに行っていた「こどもかいぎ」でのこどもたちが日頃どんなことを考えているのかじっくり聞くことで子どもへの理解が深まった。そして子どもの発想力に改めて魅了され、こども哲学おとな哲学アーダコーダのファシリテーター養成講座(基礎編)受講した。

【大人と子どもの会話の分析】
↳いつか娘との会話を分析してZINEにまとめたいと思っている(娘が許可してくれたらだけど・・・)

【日記・交換日記】
↳下北沢にある日記屋月日さんの『日記をつける三ヶ月 ファシリテーター:pha』というWSに参加したことをきっかけにGoogleドキュメント上に約2年半日記をつけつづけている。そしてWSに参加したメンバーと今も日記を共有し互いに読み続けている。今年から5年日記もはじめた。ごくごく小さな日記と対話のサービス作れないかなとぼんやり考えている。

〜れもんさきの作品〜
『あなたは怒られたことがないでしょ』(ひよって30部しか作らなかったけど、すべて完売した。うれしいいいい)
『妻のさきちゃん(短歌集)/妻日記』夫の小泉スロウとの共作(売れ残っているので2026年5月の文フリで販売予定)

〜みんなの日記サークル ファシリテーター:phaの作品〜
『15人で交換日記をつけてみた』
『どこでもいいからどこかへ行ってみんなで旅日記を書いてみた』
『まだまだみんなで交換日記をつけてみた』
・・・現在2026年5月の文学フリマに向けて仲間たちと交換日記をしている

これまで文学フリマで売ったZINEたち

頭の中をぐるぐる巡っていること

  • 娘の姿を観察したい私とただただ遊びたいだけの娘について

  • 娘の遊びを邪魔せずカメラを向けることの難しさについて

  • 子育てという言葉がしっくりこない。幼い人間と暮らすということとは?

  • 自宅にあるおもちゃや様々な日用品・道具・食べ物と娘はどう関わっているのか、そして関わり方が変化していく過程

  • 泣き声とコミュニケーション

  • これから訪れる「イヤイヤ期」とどうやって向き合っていくか

  • 叱る・叱らないの間について

  • 他人にはしない言動を家族にはしてしまう理由と対策




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れもんさき|子どものまなざし探究家|千葉 ここまで読んでくださり、ありがとうございます🍋 もし「これからも読みたいな」と思っていただけたら、お気持ちを託していただけるとうれしいです。いただいた応援は、学びや探求を深め、子どものまなざしを記録し届ける活動に大切に使わせていただきます。

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