月灯りのミウ 3/16
(第3話)マコトの話
何だかキツネにつままれたような気持ちではあったが、とにかく僕はまたミウと出逢うことが出来て、何かに導かれた様に、この渋谷のホテルに来てしまった。
部屋に入ると記憶が甦った。あの晩、月灯りに照らされた仔猫のようなミウの姿を見たのは実にこの部屋ではなかったか。
「あのね、マコトさん、実はね、ちょっとあなたに話したいことがあるのよ」
部屋に入ってソファに座り、少しの間休んでいたら、ミウが澄ました顔でそう切り出した。
「話したいこと? う〜ん、何かな?」
僕は笑って答えた。
本当の事を言えば、こういう状況で随分と僕の胸中は期待で膨らんでいた。前回来た時は酔い過ぎで意識が朦朧として記憶も定かで無い。何しろせっかくホテルに来たというのにミウとの肉体的な触れ合いさえ全く記憶にないのだ。
今夜もハイボールを飲んで、少しは酔っているのだが、これくらいは大丈夫、意識はしっかりしている。まあ時間はたっぷりあるから話を聞くくらい大したことでは無い。それにしてはミウが妙に真剣な顔付きをしてるのが多少は気になる。
「最初にお断りしておくけど、色っぽい話ではないのよ」
「え、だったらさ、そんな話は後にして、まずはシャワーでも浴びて来ない?」
「シャワーを浴びるのは別に構わないけど、この後しばらくの間、この部屋にいて欲しいのよ」
「え、もちろんそのつもりですよ」
僕はいささか調子に乗っていたのかも知れない。
その後のミウの言葉を理解するのに少し時間がかかった。
「私、あちら側の世界へ行きたいのよ」
「あちら側? どういう事?」
何の話をしているのか、分からなかった。
「もしかすると行けないかも知れないし、行けたとしたら私はここから居なくなるわ」
ますます混乱する。
「あれっ、もしかして、イクとか、イケないって、そういう意味での話?」
「言葉通りの意味よ」
「そりゃ僕もイキたいよ。あちら側の世界に」
ここは話を合わすしかない。
「あなたは別に行かなくてもいいのよ。それじゃ午前3時まで待っててくれる?」
「え、そんなに待つの? まだ全然時間あるじゃん」
「その前にね、前回のこと、ちょっと謝らなけりゃいけないと思って」
「前回の何を? あ、謝るとしたらこっちの方かも。何しろあの時は酔い過ぎちゃってね。もしかしたら上手く出来なかった? 申し訳ない、覚えてないんだ」
「そうじゃないの、あれは私が仕組んだ薬のせいよ」
「薬?」
僕は驚いた。
「2軒目に行った BARでマコトさんのドリンクに睡眠剤を入れたのよ」
「睡眠剤? どうしてそんな事を!」
「ごめんなさいね。悪かったわ。ちょっと実験したい事があったのよ」
ミウは謝罪の言葉を口にしたが、その口調や表情は平坦で、心ここにあらずという感じがした。
「人を眠らせて実験とは、穏やかでないね。そういうのが趣味?」
僕はほんのちょっぴり怒りを覚えた。
「あなたには何もしてないわ。眠ってて欲しかっただけ」
「どういうこと?」
何だか雲行きが怪しくなって来た。
「あちら側にいくために、この部屋に来る必要があって、そのためには誰か一緒に入ってくれる人が必要だったの」
「ますます分からない。あなたはここで一体何を実験しようとしたんですか?」
「だから、あちら側に行くことよ」
「一体何? あちら側て」
「そう、私もあの時はまだよく分かってなかったの。でも向こうに行ってユタカから聞き出した事によると、入り口はこの部屋の午前3時、月灯りの中なのよ」
「ハッ? 今、何て言いました?」
「入り口はこの部屋の午前3時月灯りの中」
ミウはハッキリと同じセリフを繰り返した。
「僕、帰らせていただきます」
「いや、そう言わないで」
「ユタカって誰?」
「私の、元カレなの」
「元カレに会いに行くために僕を利用するわけ?」
こういう展開になるとは想像していなかった。少し頭に来てしまった。
一気に酔いも醒めて、僕は腰を浮かしかけた。
「そう言われれば謝るしかないわ。ごめんなさい」
ミウはすがるように僕の腕を掴んだ。僕を見詰めるその眼は真剣そのものだった。
「あ、いや、そんなに素直に謝られても……」
どうするべきか、僕は迷った。
女性と2人でホテルに入ってこんなに迷うことなんて初めてだ。
「実は他の人でも試してみたの。でもダメだったわ。マコトさん、あなたが何かのキーを握っているみたいなのよ」
「なんで僕が、そんなキーなんて握ってないよ」
「あの時、前回、私が消える前にマコトさん、チラッと私のこと見なかった?」
そう言われて、思い出す。
そうだ、夜中にウトウトと目を覚まして、月灯りに照らされているミウの姿を見たんだ。
「すると、あの後、君は消えて、あちら側に行ったと言うのかい?」
「ええ、あそこの鏡の中へ入って行ったの」
「ええ!?」
僕は驚いて部屋の壁にある大きな鏡を見た。
どういうこと?
それからミウはこれまでの長い話を僕に聞かせた。
続く
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