月灯りのミウ 4/16
(第4話)ミウの話
私がユタカと初めて会ったのは、まだ学生時代の頃。2つ年上のユタカは私の良き相談相手であり、親切な先輩だった。
それが恋人と呼ばれる関係に変わったのは出会いから3年後、お互い社会人になってからだ。
その頃私は都内の商社でOLとして働き始めていたし、ユタカはある雑誌社で編集の仕事をしていた。しかしある事がきっかけでユタカはあっさりと会社を辞め、小さなBARを始める事になった。私がそれを聞かされたのは渋谷のホテルだった。いつもの様に愛し合いシャワーを浴びてソファに寛ぎながらシャンパンを傾けていたとき、実はね、とユタカが話を切り出した。
彼は一大事を私に打ち明けるかの如く幾分真面目に硬い口調でその事を私に告げたが、私にはそれはそんなに意外な感じはしなかった。いつかそうなるだろうと特に意味もなくそんな予感がしていたから。出版社の編集の仕事がユタカに合わないと思った訳ではないが、何となくそれに嵌まり込んでしまう人間ではないという気がしていた。ユタカは自由人としてのイメージが出会った頃からずっと私の心の中にあったからである。
破天荒とまでは言わないが、どこかひとつの型に当て嵌まる様な人ではない、常にそんな気がしていた。その事に関して私は、分かったとだけ伝えた。ユタカは一瞬はにかんだ様な表情をし、嬉しそうに笑った。
ユタカが始めたのはアメリカンロックの流れるカフェバーだった。広くはないが店内には楽器も置いてあり、ビリヤード台、ピンボールなどのゲーム機、そして壁にはダーツのボードが掲げてあった。ビンテージ物の革ジャンやレスポールのギター、ロックミュージシャンのポスターなどが張り巡らされ、店内には常にアメリカンロックが鳴り響いていた。それはいかにもユタカの趣味で溢れるイカした店だった。
私たちは毎晩の様にその店でお酒を飲みゲームを楽しんだ。週末には2人で渋谷のホテルに出掛け、朝まで一緒に過ごした。ユタカが選ぶのは毎回同じホテルの同じ部屋だった。そこの何が気に入っていたのか知らないが、それ以外の部屋は選ばなかった。それでも私は常に満足していたし、ユタカとの日々は愉快でかけがえのないものだった。
今思えばまるで夢の様な毎日だった。一日一日は寄り添いながら幾つかの季節を通り過ぎて行った。だけどその時私たちはまだ気がついていなかった。夢はいつか覚めるものだと、年の瀬が押し迫ったある夜、ユタカは店を売却する事を私に告げた。そして数日後、店は人手に渡り、ユタカは私の前から突然姿を消した。
それは渋谷のいつものホテルの一室での出来事だった。置手紙を残したまま、ユタカは溘然といなくなってしまったのだ。眠りの世界を行き来していた私は深夜、朧げで夢うつつの状態で月灯りに照らされるユタカの後ろ姿を見た気がした。そしてその場でユタカの姿は消えた。ただ、それが現実のものであるのか夢だったのか、判然とはしなかった。
それから私はまたそのまま深い眠りの世界に入り、目覚めた時にはユタカはもう部屋には居なかった。窓辺のテーブルの上に残された置手紙には、『ミウ、楽しかったよ』の一言だけが書かれてあった。
それから数ヵ月後、今やアメリカンロックの店は静かなJAZZ BARに生まれ変わり、店内の様子もすっかり変貌していた。ただひとつカウンターの横の壁にダーツのボードだけが忘れ去られた様にひっそりと残されていた。
私は週に一度位の割合いでその店を訪ねた。もしかしたらユタカがそこにいる様な気がして、一縷の望みを託してひとりカウンターでほんのひとときを過ごしていた。
そんなある日私はダーツを楽しむひとりの青年に興味を惹かれた。彼がどことなくユタカの面影に似ていたからかも知れない。私たちはカウンターでハイボールを飲みながら他愛無い会話を楽しんだ。ふと彼が冗談半分にもしもダーツの矢がボードの真ん中に刺さったら、この後もう一軒別の店に付き合ってくれないかというので、思わず私は「良いわよ」と答えてしまっていた。
そして矢は中央に刺さった。
続く
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